握手はしたかったが、現実は知りたくなかった!
霜月も中旬を通り過ぎ、寒さが本格的に進行してくる時期。
学生たちに寒波が容赦なく降りかかる季節だ。
通学路を行く学生たちは制服に防寒具を身にまとい、校門を抜け教室を目指し歩いていた。
「おはようございます!生徒会長 伊座 小太郎です! 本日はあいさつ運動。そこの君も面倒がらず俺と、あいさつ&握手だ!」
そんな学生たちの前で、大柄な青年が声を上げる。
体格は学生服の上からわかる程大柄、顔には鷲鼻、髪はスポーツ刈り。
ハチマキをまけばその姿は応援団長。
左腕にまかれた「生徒会長」のワッペンが辛うじて彼の役職を現している。
「かーいーちょーうー寒いですだるいです眠いですー」
「……気持ちは解るが我慢しろ」
そんな彼は隣で眠たそうに眼を擦る、少女を眺める。
細身の体つき。顔は眼鏡で地味な雰囲気もあるが整っている。
彼女の右腕には「庶務」と書かれたワッペンがまかれていた。
生徒会庶務、二階堂ジナコという。
ジナコは小太郎の対応に、文句があるのか声を上げた。
「はぁ~私、だるいので生徒会室で暖まってきていいですか?」
「ジナコ後輩、このあいさつ運動は絶対にしなきゃならない。それはわかるな?」
「かいちょうが、受け狙いでスピーチに放り込んだからですよね? バカでアホなんですか? 無給で人材をコキ使う憎い慣習を復活させてどうするんですか」
「その言い分だとジナコ。無給でなければいいんだな。学ランにう〇い棒が入ってる。贈呈してやる」
「私あいさつ運動大好き~!いただきます!」
「マンションからずっと忍ばせていたから暖かいぞ……チョコレート味」
「ふぬわぁ!?このクソ会長! 手が汚れましたよ! ……あ、おはようございまーす!」
チョコレートで汚れた手を小太郎の制服にぬすくりつけ、ハンカチで手を丁寧に拭いたあと、登校してきた学生と握手をする。
「先輩、あいさつ運動、寒いです」
「あきらめろ」
「会長はいいかもしれませんが、こんなめんどくさいこと続けてたら他の役員もきませんよ」
今現在、彼ら以外の役員は無断欠席。選出されたときに彼らと握手してそれっきり、小太郎も強く咎めることせずそのままだ。
なお、その時たまたま先生の対応が入った為、ジナコとはまだ握手が出来ていない。
「このまま、会長との二人っきり……まあ悪くはないですけど。行事には手を貸してほしいです」
「……まあ、当人たちにもそれなりの事情と裏があるんだろうさ。二人ぬくぬくやるしかないさ。駄菓子の買い付けもバレはしないし」
「わー凄いですね会長、一気に私的に使うと宣言してますよ」
「はあ……たく、生徒がきたぞ」
やってきたのは、桃髪の少女。眉の辺りに弾痕がある青年。そして煙管を口に加えて着崩した制服を纏う幼女。どこか現実離れした雰囲気を持つ生徒たち。
この学園で彼らは、特に目立つこともない普通の生徒である。
そんな中、ジナコは知り合いを見つけたのか、集団の中、一人の少女に話しかけた。
「アヤメちゃん、おはよう! 今朝の修行どうだった?」
「ジナコどの……!! 影分身の術を今朝ようやく覚えましたぞ。見てくだされ……ハッ!」
「凄~~い! アヤメちゃんたくさんいるよ!」
――――アヤメと呼ばれた少女が、複数人に分裂した。
現実では有り得ない光景が展開する。
庶務の声の感嘆の声が響き、周りの生徒たちは一瞥すると校門へ。
だが生徒会長 伊座 小太郎は
(いや平然と受け入れられるかよこの状況!? おかしいよ、人間が増えるなよ。お願いだから物理法則守ってくれ……!)
それはもう困惑していた。
「じゃあね、アヤメちゃんまた後で」
「うぬ! ……生徒会長殿もしばしの時間を取らせ失礼した」
「あーちなみになんだがさっきのあれ、どうやってんだ?」
「……ぬ、拙者も感覚でやってるので正直わからぬ。 あえていえば努力の結果。積み重ねでござる」
「そうか……まあ、とりあえず。おはよう」
あいさつ代わりの握手をし去ってく背中を見送った小太郎。
彼は読み取った情報を反芻する。
(職種忍者……ここじゃ、比較的マシだけど分身で一気に警戒対象だな……)
伊佐 小太郎には超能力がある。
(人の情報を引き出せる力……握手が必要だけど、それさえあれば相手の秘密を引き出して言いなりに、と思ったのになあ……)
能力の制約上、合法的な握手がなかなか出来ない世の中で、彼が生徒会長になったのは必然ともいえる。
実際そこまでは成功し、握手をすることの言い訳もあいさつ運動で緩和、そうして無事に実施できたのはよかったのだ。
そうそこまでは。
(生徒たちの、意味の解らん職種なんだあれは。学生と兼任しすぎだろ)
今も制服の下から駆動音がする女性生徒と握手をし、遠隔操作型機械という情報を読み取ってしまい正体を叫びたくなっている。
「今日も筋肉がご機嫌ですね会長! どうですか僕の上腕二頭筋! 素晴らしくマッスルですよね! 」
「おはよう、朝から元気だな。冬も近いし、半そで半パンやめとけよ」
「僕はいつだって完璧な筋肉です。水筒の生姜湯で暖まりますから大丈夫ですよ!」
彼は、学生兼ボディビルダー。この学校では普通である。
(朝だけでも姫に、軍人に、戦国武将だぞ。時代錯誤もいい加減にしてくれ!)
彼の能力は情報を読み取り、コンプレックスを知り、脅して下っ端を作ろうとしていたのだが……この学園では脅しても、逆にコンクリ詰めで港に沈められそうなのだ。
(職を兼任して学生やってるやつはまだいいが、人種が違うやつもいるからな……吸血鬼とホムンクルスは二度見したし)
生徒会長という学生間ヒエラルキーの上位存在を、超越するバケモノがゴロゴロいるし。
青春を謳歌するのかよくわからない副業持ちが多すぎる。
「あ、会長見てください。問題児の大和くんですよ。今日は珍しく登校ですね」
と、最近ストレスで過食気味なうまい棒を食べてると、ジナコが小太郎の腕を引っ張り校門を指す。
アクセサリーをじゃらじゃらと身に着けた彼は 大和 武。
「…あいつも筋肉ぐらいだといいんだが」
彼にさらなる地雷が眠っていないことを願った。
「? 会長何言ってるんですか、さっきのチョコの返しですか、男なら正々堂々と謝ってくださいよ最低ですね」
「今度行ったら口を縫い合わすからな」
「きゃー怖い」
ジナコをつつきながら彼の元へ。
大和は、忌々しそうな顔を隠そうともせずに向けてきた。
「……なんだよ」
「問題児を俺が無視するわけがないだろう。それに今日はあいさつ運動だ」
小太郎はスッと、手を差し伸べる。
ここまでくればどんな地雷も気にする気も起きない。
「さあ大和くん。挨拶の握手だ。別段断る理由もないだろう?」
「妙にしつこいな……仕方ねえ。さっさとどっかいきな」
「ありがとう、では良き一日っ……おっ!?」
ちょっと渋られたが乱暴にすると、足早に去っていく。
「彼にしてはおとなしめでしたね……会長?」
「……あ、ああ」
握手した手を眺める小太郎。
今読み取った経歴に頭を抱えていた。
(性別は男or女……!? それに魔法少女!?)
小太郎はまた知らなくてもいい世界を知った。
(……宇宙船地球号は何でも乗せすぎだろ、今後どう生きてけばいいんだよ……)
様々な世界を知ってしまった以上、地雷の回避方法を考えなければ。
今まで、そんなことに一切気付かず生活できたのが奇跡だったのだから。
(気付かず……ん、そういえばなんでそんな生活を俺は出来てたんだ?)
芽生えた疑問に思考を裂こうとした瞬間だった。
「会長そろそろと朝のホームルームの時間ですよ」
小さく可愛い後輩、ジナコから声が掛かった。
「……もうそんな時間か」
「これ以上とか勘弁してくださいよ。ほら見てください、私の手はかじかんでしまいましたよ」
「手袋はしないのか? 男と握手するの嫌だとか言いそうだが」
「別に普通の男性とは気にしませんがそうですね……会長とは落下事故で、瓦礫に埋まった時にやっと、和解の握手をするぐらいですよ」
「あれ以来全く握手してなかったが……出来る限り握手したくないと、正直に言え」
「嫌ですよーだ」
「この野郎……ってぉ!?」
歩き出そうとした小太郎はつまづいた。
知りたくない世界の裏側を眺めた運動も終わったので緩んだのだろう。
(事故だし、別に掴んでも問題ないよな?)
目の前にジナコの手を掴んで。
「あーあ、会長とうとう私と握手しましたね」
「ああすまな……ッ!?」
そんなかわいらしい後輩の手を掴み、彼女の履歴を読み込んで。
「長かったですよここまで。私のことを読み込んでもらうのが」
異世界人。学生兼殺し屋。二階堂ジナコ。
読み取った情報は、今までの彼女を打ち砕くもので。
「……はあっ!?」
掴まれた手を身長差関係なく極められて、小太郎の理解が及ばぬまま彼の体は一回転、衝撃と共に意識が刈り取られた。
「では待望の生徒特別対策室へ、会長ごあんなーい!」
伊佐 小太郎は生徒会長である。
自身の超能力で小さな悪をなそうとした哀れな生贄であり、その欲が裏目に出た少年。
非常識と常識が混ざった学園で、そのエスパー少年の物語は今――始まった。




