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勇者あいうえおの冒険

「もうだめだ、殺す」


 外套に身を包んだ男――うえおは、腰に下げた刀に手をかける。

 伸ばしたままのざんばら頭に端正な顔立ちだったが、今は不敵な笑みに隠しきれないほどの怒りを滲ませていた。


 殺意を向ける相手は、真正面で変わらず笑顔を崩さない男だ。


 着回されクタクタになった上着に、足元には払っても落としきれない土が見受けられる。

 語らずとも農民であることは明白だった。


 ――鞘から抜き打ち、無防備に晒した首筋へと叩き込んでやる。

 うえおが殺気を放った瞬間、鈍い音が辺りに響く。


 悲鳴を上げたのは、うえおだった。


「何回言えば解るのよ、このマヌケ!」


 甲高い声と共に、小さな女性がうえおの鼻頭に近づく。

 手のひらほどのそれは、薄手のローブに背中からは蝉のような羽が生えていた。

 人形のように美しい顔立ちも、今は怒りに染まり見る影もなかった。


「バカ、アホ! まずはこの村人から魔王の配下の情報を聞きださないと、先に進まないって言ってるでしょ!」


 緑色の髪を振り乱し、肩を怒らせる。


「だってよお……こいつ、すげぇ話がなげぇんだよリリカ」


 リリカと呼ばれた女の眉が、ピクリと跳ね上がる。

 瞬間、うえおのみぞおちへ強烈な体当たりを見舞う。

 堪らず、膝をついてえづく。


「だからって村人を斬りつける勇者がどこにいるのよ、このすっとこどっこい!」


 リリカは、問答無用で続ける。


「このキャラから魔物が出没したって情報を引き出さないと、次のフラグが立たないのよ! そんなんじゃこのゲームは一生クリアできないのよ。解る!?」


「ぐ、解ってるけど……」


 苦悶の表情を浮かべながら、うえおは立ち上がる。


「解ってるんだったらやりなさい! 人の話を聞くだけでしょ、黙ってればいいんだから」


 頭髪をかき乱しながら、うえおは村人へ向き直る。

 彼は相変わらず口角を上げ、うえおを見つめていた。


「こんにちは、クソ野郎」


 うえおが引きつった笑顔で挨拶をする。

 が、村人はニコニコと笑うだけだった。


「ヘイ、聞いてるのかウスラトンカチ」


 返答はなかった。

 うえおはゆっくりと刀に手をかける。


「だから斬るなって言ってるでしょ!」


 顔面に、リリカの飛び蹴りが炸裂する。


「ちゃんとキャラと隣接しないと会話できないって最初に言ったでしょ! RPGなら常識じゃないの!!」


 苦虫を噛み潰したように顔をしかめると、仕方なしに村人に歩み寄る。

 その近さといえば、不良同士が睨み合いでもするかのようなものだった。

 引き寄せずとも胸ぐらを掴める――まさにパーソナルスペースもへったくれもない。

 村人の服に染み込んだ汗の臭いまで解るほどだ。


「おいアホ。口からクソを垂らせ」


 うえおの言葉に反応したのか、村人は一層の笑顔を咲かせる。


「やぁこんにちは。パペルの村へようこそ。

 僕はここで野菜を育てているんだ。ウチには娘が三人いるんだが、妻に似たのか美人でね、長女のヒトメなんて十歳で村中の男どもが求婚されてしまったよ。信じられるかい? 僕より年上のジジさんが『嫁に来てくれたら畑を全てやる』なんて言い出したんだ。だから僕は言ってやったのさ。『畑を全て譲ったら、アンタはどうやって娘を養うつもりなんだい?』ってね。

 いやぁもう、あの時のジジさんの狼狽えた表情と言ったら、キミに見せてやりたかったよ。次女のジーメなんて――」


 村人は、語り相手など御構い無しに淡々と話し続ける。

 あまりの口の滑らかさに、唾は飛ぶは大袈裟なジェスチャーをする始末。


 うえおは、刀に手をかけないよう腕を組んでいるのが精一杯だった。


「――そうそう、実は最近魔物がでるようになったんだ」


 その言葉に、うえおの顔に希望の色が滲む。

 ようやく終わってくれるのかと、まさに校長先生の長話が節目にかかったかのような喜びが胸に広がる。


「この間、三女のスエメが山へ行った時だったんだ。小さい頃から畑仕事を手伝わせていたせいか、腕っ節は男顔負けでね。この間、村で祭りがあった時なんて、余興の力比べで優勝しちゃったのさ。信じられるかい? 女だてらに薪を詰めた袋を四つも持ち上げたんだ、四つもだよ!

 僕は思ったね、ついに嫁の貰い手に困る娘が出来ちゃったって。でもなんと、びっくりすることがあったんだ。力比べで負けた木こりのベスが――」


 瞬間、うえおの我慢は臨界点を超えた。

 抜くだ、斬るだの理屈などではない。噴火の如く、身体に溜まった怒りを放つだけだ。


 右手の握り拳に渾身の力を溜める。

 密着に近い状態からの渾身の右フックが、男の顔へと放たれる。


「だから殴るなって言ってるでしょうが!!」


 リリカの容赦ない飛び膝蹴りが、うえおの左顎をこそぎ取るように抉った。


「がっ!?」


 まさにカウンター。

 うえおは歪む視界のなか、未だに話を続ける村人を()め付けながら地面に突っ伏した。


 ――何故こんなことになったのか。


 何かを訴えかけているリリカを呆然と見つめながら、うえおの意識は遠のいていった。


 ●●●


「これもクソゲー」


 カーテンが締め切られた一室。

 照明のない部屋に、ディスプレイの光がぼんやりと浮かんでいた。


「ほんとダメだな、JRPGは」


 僅かな光に映る男――柳瀬(やなせ)(ひろし)は、ゲームのパッケージを舐めるように見ていた。

 ボサボサの頭髪に、肥えた身体。着回しすぎて生地が伸びた寝巻き。指の爪は噛み癖のせいでボロボロになっていた。


「アクワイア・ヘーベックスも合併してからはダメだな。対立してた頃は切磋琢磨するライバルがいたから良作ができてたものを」


 ゲーミングチェアをギシギシと揺らしながら、ディスプレイをパソコン画面へと切り替える。

 ファンの音に混じり、無機質なキーボードのタップ音が響く。


「くっくっく……」


 しばらくすると、マウスを操作して別の画面へと切り替わる。それは某通販サイトだった。

 ページ下部――購入者のレビュー欄に、長々と連なった文章が加えられた。


『ファースト・クエスト 星一つ

 アクワイアの大ヒット作、ナンバー・クエストシリーズの初代リメイク。だが、リメイクとは名ばかりで良い部分に全部クソ要素を詰め込んだ、クソのクソ煮込みクソ添え。

 まず一つ、ゲームのテンポの悪さ――』


 宏は鼻を鳴らすと、一仕事を終えたかのように背もたれへ身体を預ける。


「一ヶ月後には半額以下になるな……明日売ってくるか」


 そう言って、宏はゲームのパッケージを丁寧に机にしまう。


「だけれど、その前に」


 ゲーム機に、新たなディスクを挿入する。


「良ゲーで口直しだ。ヌワアァンティックのヘビィレィンムでもやるか」


 画面が暗転し、ゲームが読み込まれる。

 黒一色の画面。

 真ん中にキャラクターが表示された。

 腰まで伸びた緑色の髪に、背中から二対の羽根のようなものが伺える。

 というのも、それは最新のCGモデルではなく古めかしいドット絵だった。

 その場で足踏みをしている様がなんとも愛らしい。


『ようこそ ケ゛ームの せかいへ』


『しゅし゛んこうの なまえを にゅうりょく してくた゛さい』


 小さな少女の頭上に、入力画面が現れる。

 これまたドットで作られた、ひらがなとカタカナのみという古めかしいものだった。


「いいねぇ、懐かしいねぇ」


 小気味好い音とともに名前は入力された。


『なまえは あいうえお て゛すね?』


 宏の唇が半月に歪む。

 主人公の名前など、感情移入というゲームを楽しむうえでのスパイスの一つにしかすぎないのである。

 宏にとって大切なこと。

 それは、明日までにクリアして先ほどのクソゲーと共に売り払ってくることである。

 そしてまた、新たなゲームの購入費にするのである。

 彼の手つきに迷いはなかった。すぐさま決定ボタンが押される。


『ようこそ ゆうしゃ あいうえお 。 わたしは リリカ ケ゛ームの ようせい て゛す』


 画面内の少女がメッセージを綴る。


『あなたは ゆうしゃ あいうえお として ケ゛ームたちを すくっていくのて゛す』


 宏は小さく、メタ発言は萎えるんだよなぁと零す。


『あなたか゛ うまれるまえから にほんし゛んは たくさんの ケ゛ームを つくってきました』


『おうちに かえれす゛に まいにち かいしゃに とまって こうにゅうしゃや フ゜レイヤーか゛ よろこんて゛くれるように か゛んは゛って つくりました』


『て゛も そんなさくひんも おもしろくないと クソケ゛ーと よは゛れるようになると た゛れも あそんて゛くれなくなりました』


「なんだこれ……」


 自動で読み込まれるメッセージをただ見つめていた宏が、ぽつりと漏らした。

 明らかにゲームについての説明ではない。

 宏は、ゆっくりと画面に近づく。


『そのかいはつしゃの むねんか゛ さまよい クソケ゛ー は゛かり て゛きてしまうように なりました』


『ゆうしゃ あいうえお 。

 あなたか゛ た゛れもクリアしてくれなかった ケ゛ームを クリアし むねんの たましいたちを すくってくた゛さい』


 ドット絵の少女が、両手を差し出す。

 途端、真っ黒な画面から二本の腕が飛び出した。

 その腕が、宏の両肩をがっちりと掴む。


「な、え――」


 刹那、凄まじい力で画面に引き込まれた。

 宏の肥え太った身体が、画面の中へ飲み込まれていく。

 悲鳴をあげる暇もない、一瞬の出来事であった。


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