無能な超能力者の異世界攻略
何もない自分に、時々腹がたつ。
因数分解から何やってるのかわからない数学や、読み取れるわけもない作者の気持ちを当てる現代文。
スポーツにも手を出した。結果はどれも中の上くらいで止まる。部活だけじゃそれが限界。本気でやっても無理だろうけど。
絵も、音楽も、ゲームさえも。
どれを取っても中途半端だった。
完璧な妹、シノは、なんでもできるのに。
唯一、俺にもできて褒められるもの。日本の技術を詰め込んだコンピュータが俺を一位にしたもの。
それが、超能力だった。
「うおおりゃあ!」
直感的に見えた隙を狙って、右ストレートを相手の顔面にねじ込む。
戦闘中に考え事なんて、何してるんだ俺は。
一瞥してアスファルトに倒れた相手が気を失ったのを確認する。
「ハヤト、ヘルプ」
後ろからシノの声がして、俺は息つく間もなく振り返った。
天候を操作するシノに対して、相手、異世界の魔法使いは風やら雷やらで対抗している。
何でもかんでも操りやがって。
超能力は一つしか使えないのに!
ふっと息を吸い込んで考えるのをやめ、右手を伸ばして能力を使う。
「……無能!」
華奢なシノとは真逆の筋肉質な男の展開していた魔法が消える。同時に、がくりと膝をついた。
一昨年から突然この世界に侵略してきた異世界人に対抗できるって言われてる、唯一の超能力。
何もない俺だからこそ効果を発揮する《無能》は、相手の能力を『俺と同じ』にするものだ。
魔法は使えず、ちょっと戦い慣れた高校生くらいの身体能力になる。
「……落雷っ」
シノの小さな声に合わせて、戦っていた街が暗くなる。
空を見上げれば真っ黒な雲がここに密集していた。バチバチと紫電を走らせた雲は、何もできなくなった魔法使いに一筋の稲妻を叩き落とす。
断末魔すら聞こえない。
俺たちの勝ちだ。
「相変わらずハヤトさんの能力はすごいです」
「日本刀で相手をブツ切りにするアンドロイドには言われたくないな」
「簡単ですので」
「そうかよ」
無慈悲だ……
こいつの後ろの方に見てはいけない血だまりがあった。見なかったことにしよ。
超能力者だけじゃ魔法使いに太刀打ちできないからって、日本もやばいやつ造るよなぁ。
いつのまにか空は元どおり晴れていて、俺の足元ではタンポポが揺れていた。
ゆっくり歩いてきたシノは、それを踏まないように一歩手前で止まる。
あ、腕にちょっとかすり傷がある。
「帰ったら絆創膏だな」
「……ん。それと、さっきはありがと」
「おう。チーム以前に兄妹だからな」
天候操作のシノ、アンドロイドのミク、無能の俺。
三人、じゃなくて二人と一体。
相変わらず変な編成だ。他のとこは三体なのに。
「それでミク。この後はどうするんだ?」
家まで送ってくれるのかな。
少し期待する俺を、困ったような顔で見てくる。
なんだろう。
機械とは思えない滑らかな銀髪をなびかせて、ミクは指先を顎にあてた。
「それが、戦闘終了を政府に連絡しても、待機としか返ってこないんです」
「待機?」
「……ん?」
なんでそんなことをする必要があるんだ?
終わったなら帰らせてほしい。一応学生だぞ俺たち。
「……あ、ちょっと待ってください」
連絡が来たのか?
横目でシノを見るが、ミクを待つことにしたらしい。
無表情な童顔でミクをじっと見ている。
俺とシノがランク一位と二位だからって、好き勝手に使いたい放題されるのは気持ちが悪い。
異世界からの侵略者。なんで次元魔法を使ってまで攻めてくるのか、俺には動機がさっぱりだ。
わかってるミクも、政府が口止めしてるらしくて教えてくれないし。
まあ、これといって被害が出てないからいいけども。
魔法の対策として研究された金属は、アンドロイドだけにしか使えない。人間には機密保持のための自爆機能を搭載できないかららしい。
自爆っていつの時代だよ。
まあ、逆に考えればミクはいつ爆発してもおかしくないってことだ。その金属の情報を隠すために。
いつのまにか訝しげにミクを見ていた。
はぁ、とため息をつく。
今日はやけに変なことを考えてしまう。
今は集中しないと。戦闘終了なのに待機ってのは、今までの経験からして明らかに異常だ。
まさか次元魔法の反応が……?
そう考えた時、ミクがいきなり目を見開いた。
「聴いてください」
言われなくてもそのつもり。「おう」、「ん」と、俺とシノが返す。
「簡潔に言うと、この場所で再び次元の歪みが観測されました」
やっぱり。
「じゃあ続けて戦闘か?」
ミクは首を横に振る。人間としか思えない自然な動作で。
「え? じゃあ魔法使いたちはどうすんだよ」
「近くにいる別のチームが来てくれるそうです」
「……じゃあシノたちは、なに……するの?」
「それについて、少し説明しますね」
ミクは可愛らしいメイド服の上から豊満な胸を抱く。
真剣な表情に俺まで気を引き締められる。ギュッと握りこぶしを腰の横で作って、耳を傾けた。
「率直で申し訳ないですが、異世界で大規模な攻撃魔法が展開されているとの情報が入ったのです」
「大規模な……」
「……攻撃、魔法?」
どういうことだ?
「ちょっと待て。まず異世界について教えてくれよ。異世界がどこにあるのかもわからない俺たちからしたら、信じようにも信じられないからさ」
「……わかりました。ちょうど許可もおりましたしね」
許可って、そんなもんいつ申請してたんだか。
「実際は単純な話なんです。少し前に、異世界ファンタジーというジャンルがメディアを問わず流行ったのを覚えていますか?」
「覚えてるもなにも、シノが大ファンだぞ」
「……ん。全部買った」
こうして戦う代わりに政府からもらえてるお金は相当だからな。
「好都合です。ではその説明は省きますね」
透明感のある指を一本、ピンと立てるミク。
「一つ目は、私たちの戦っている異世界が、その異世界ファンタジーの大半とよく似た世界だということです。いわゆる中世ヨーロッパ風で、どうして私たちと言語が通じあっているのかは、今のところ不明です」
「……だからそれをどうやって調べたんだよ」
「捕まえた敵に訊きました」
「あ、拷問ですか。そうですか」
「……ひぇ」
大げさに驚いてみる。
ほんとは俺もシノも、予想はついてたけど。
「次に」と柔らかい声でミクが言い、二本目の指を立てた。
「二つ目は、異世界に魔王がいるということ。その魔王が勢力を伸ばしているからこそ、人々は次元魔法で領土を求めてやってきたとか」
「……それ秘密にする必要あったか?」
「……シノたち、悪いことした?」
「事情が事情でも、攻めてきてるのは向こうなんですから、悪いことではないですよ」
政府が考えそうなことを言うミク。
それでも俺たちからしたら悪い気がするんだよ。
「最後の一つとハヤトさんの質問には、同時に答えますね」
「おう?」
妙な言い回しをしてくれる。
俺はむず痒い頭を掻きむしりながら返事をした。シノも女の子らしく、そっと頰を掻いてミクを見る。
「最後ですが……」
そう言って、今までよりもゆっくりと三本目の指を立てる。なんなんだ?
アンドロイドだからありえないだろけど、指先が震えて見える。感情と一緒にいろんな機能が追加されてるのか?
と、また無駄なことを考えてしまう。
ふっ、と息を吸い込むと同時に、ミクが告げた。
「三つ目は、魔王が超能力者だということです。それも、ハヤトさんと同じ能力の」
「は?」
「……ありえない」
俺とシノの声が重なる。
「同じ能力って、ありえないだろ。日本には一千万人と超能力者がいるけど、被りなんて聞いたことがない」
「……仮に同じだとしても、ハヤトのじゃ、どう頑張っても異世界には行けない」
俺の《無能》は、相手の身体能力を俺と同じにするだけ。
加えて俺が使えないから魔法は使えず、超能力は発動者が俺だから相手には使えない。
戦闘は経験と勘なんだけど、どうやったって異世界になんか行けっこない。
「はい。ですから、それの調査も踏まえて大規模魔法を止めるために、私たちには異世界へ行けとの命令が出されました」
「……は?」
「…………」
固まる俺たち。
いや、異世界って。
めっちゃ忙しそうで嫌なんだけど。
というかどうやって行くの?
俺の疑問に答えるように、ミクが呟いた。
「さあ、来ますよ」
嫌な耳鳴り。
地響きと、寒気。
明らかに次元魔法の前兆。
「ちょっと待て」
「……あ、アニメ六周目が……」
ギシギシと軋む音がすぐ後ろから聞こえて振り返る。
黒く、それこそシノの操る雲よりも真っ黒な次元の裂け目が眼前に現れた。現場に早く着くとたまに見れるやつだ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「は!? いやちょっと待って、ほんとに待って!」
「……原作追っかけられなくなっちゃう」
「シノはそんなこと忘れて自分の心配しろ!」
ニコニコ微笑むミクは、政府の所有物。
二年チームを組んだからって従うのは俺たちじゃなくて政府なわけで。
「帰りは次元魔法の上手い人捕まえればいいだけですから」
なおも笑顔のミクに俺たちは背中を押され。
「そーいう問題じゃなあああい!!」
「……ぁ、フィギュアが届くのに。今日……」
人間二人を丸呑みするほどの大きな漆黒に、俺たちは容赦なく叩き落とされた。
もちろんミクも一緒に。




