1st泥棒
このイヤホンを付けて誰かのことを見れば、その人の考えを聞くことが出来るらしいので試すことにする。
顔がカッコよくて凄くタイプだが、無口で大人しくて何を考えているか分からないクラスメートの男子に、このイヤホンを使おうと思う。
早速イヤホンを付けて、教室の窓際の角から対角にいる木田くんに視線を送る。
すると、考えが聞こえてきた。
“カイドウメアリちゃん可愛いよな”
たぶんアイドルやアニメのキャラクターだと思うが、そういう分野の知識が結構ある私も知らないカイドウメアリとは何者だろうか。
話したことはないが趣味も同じみたいなので木田くんとは気が合いそうだ。
また木田くんを見つめて心を聞く。
“現代文の授業って楽じゃないよな。存在しないけど本屋の本の傾きを立ち読みしながら直すバイトをしてた方がよっぽど楽だよな”
木田くんは真面目に見えるし勉強が好きだと思っていたがそんなことはなかった。
“グループアイドルのミュージックビデオって映る時間に格差があるからアイドル全員で時間を均等に振り分けて欲しいよな”
優しいアイドルオタクという一面が知れて良かった。
“週替わりのパーソナリティーが名前を伏せて喋って誰なのかメールでリスナーに回答させて当たった中から1名にプレゼントをあげる生放送のラジオ番組とか無いかな?”
“ラジオネーム何がいいかな?寝落ち5秒前っていうラジオネームにしようかな”
いろいろな声をイヤホンで聞いてきたが意外と楽しくて、後で木田くんにテレビやラジオ関係の話題で話しかけてみようと思う。
私は休み時間に木田くんが座っている机に歩いて近づいていった。
“カイドウメアリちゃんがこっち来てるよ。ヤバい可愛すぎるよ”
カイドウメアリはアニメキャラやアイドルではなく私だった。
漢字で書くと、海藤芽亜莉とでも書くのだろうか?何はともあれ嬉しい。
“将来の人気女優、海藤芽亜莉ちゃんがなぜ僕のところに”
海藤芽亜莉という芸名で人気女優になる妄想を木田くんにされていたが、全然悪い気はしない。
「木田くん?お願いがあるんだけどいい?」
「な、何でしょうか?」
「木田くんはノートの書き方が綺麗って聞いたから。現代文のノートを貸してもらえないかなと思って」
「はい、いいですよ」
“芽亜莉ちゃん。それほどノート綺麗ではないので、透明ハードルを希望します”
「どうぞ」
「ありがとう。ノートは明日返すからね。あの?私アイドルが好きなんだけど、木田くんってアイドルとか好き?」
“変人だけを集めたHNJ48というアイドルグループを作らせるように誰かに仕向けて実現させるのが今の目標だし、無名のアイドルひとりに密着する一時間番組があったら見たいし、鈴木さんを20人集めたアイドルグループもあったらいいなと思うし”
「アイドルは少しだけ好きです」
「そうなんだね。私、ほとんどのアイドルを知っていて芸能に詳しいから、いろいろ聞いてね?」
少しだけではなく相当好きみたいだが、変な角度からの好きなので、どうやら少しだけ好きで合っているかもしれない。
“可愛すぎるよ。僕の好きなタイプは突然現れたゴキブリを冷静に処理出来る人だけど、どうやって聞けばいいか分からないな。バラエティー番組の観覧まだ行ったことないから一緒に行きたいな”
「お笑いとかは好きですか?」
「漫才とか好きだよ」
「そ、そうですか」
“ずっと芸人になりたかったからな。尾張ハジメという芸名で芸人になって海藤芽亜莉という女優と付き合いたいな”
木田くんは勝手に私が女優になるものとして目標を決めているが、私はファッション関係目指していることを知っていてほしい。
「明日返すね。じゃあ」
「はい」
考えていることと、外に出ているものが違いすぎて興味が止まらない。
“女優・海藤芽亜莉の本名は林正子で、芸人・尾張ハジメの本名は木田良男だから、木田と林が結婚したら名字は森田になるってことか?”
名字が森田になることは絶対にないし、私は本名しか持ち合わせていないし、いい意味で気持ち悪く、絶妙に気持ち悪い。
他の人の考えていることも聞いてみたいが、木田くんのように私を好きだとは限らないので怖くて、スイッチを入れた状態ではまだ木田くんしか見つめていない。