48.決意の銃声
戦場には既に、呻き声しか残ってはいなかった。
広場を包囲していた新派の兵士たちは、先の久坂との戦闘や超能力者の乱入で、既に五体満足なものはひとりもいない。
そして光爆の能力者は、腹を押さえてうずくまっていた。
「お――おおぉぉおおおお」
呻く。
それもそうだろう。ここへ飛び込んできたときには既に半身を負傷していて、さらに久坂に顔面を、左目を潰され、腹部も撃ち抜かれている。満身創痍だ。
岸田の姿だけが見えないが、まあいい。相葉はゆっくりと、光爆の能力者に向けて歩き始める。両手に握るのは、久坂の拳銃だ。その銃把をしっかりと握り込み、堂々と、戦場のど真ん中を歩いていく。
無事なものがいないとはいえ、誰ひとりとして全く動けないわけではない。わずかではあるが、射撃が可能なものはいる。彼らは全く身を隠すことなく歩く相葉を見て、必死で己の銃を握り、撃つ。
けれども、当たらない。
まるで射線をあらかじめ把握しているかのように、一瞥もすることなく一歩の動きで回避する。まさか、と思うも遅い。次の瞬間には相葉の片手がこちらへ向けて上げられている。その銃口を覗き込んだときには、もう額を撃ち抜かれている。
ただ、超能力者だけを見据えて、歩いていく。
十メートル程度まで近づいたところで、うずくまる男も相葉の足音に気付き、顔を上げる。酷いものだった――潰されているのは左目だけでなく、どうやら鼻と、前歯も数本を失っていた。それだけの惨状でも、男は相葉へめがけて光爆を放とうとするも――ままならない。
虚空に起こるのは、まるで爆竹のような気の抜けた音と、わずかな焔、小さな鎌鼬。勿論、それでも直に浴びれば決してただでは済まないが、相葉には当たらない。
やや大きなステップで、身を左右に振る。それだけで、小規模な爆発の圏外へ脱する。とはいえ当然のこと、その回避行動は相葉の戦闘経験や直感に基づくものではない。
天城・遥風。
感応の超能力者の、その能力。
……異能者の、視界。
今この瞬間の相葉の視界は、いや、視界のみならず五感の全てが、天城の異能を通してもたらされていた。
筆舌に尽くし難い感覚だった。まるで何重にも世界が重なって感じられ、そこに違和感がない。五感が歪みなく連結され、誰がどこからどこへ撃ってくるかがわかる。だから新派残党の射撃も回避できるし、逆に仕留めることもできた。そして、光爆の能力者。
男がどの空間座標に爆心を置こうとしているのか、そしてその威力の規模が、わかった。
『完全なときの彼の能力であれば、爆心の座標や規模がわかったところで周囲全域を攻撃してくるのですから、対処しようがありません。でも今は、違う』
彼は、弱っている。天城ははっきりとそう言った。相葉にだって見ればわかる。男は、虫の息だ。
だからといって、手加減などを施す気は微塵もないが。
ザリ、と土塊を踏みしめて、とうとう相葉は男の眼前に立った。目と鼻の先、さすがにこの距離であればどれだけの回避行動をとっても無傷ではすまないだろう。だが男は、異能を発動しない。
この距離で発動すれば己もただでは済まないという、そのこともある。だが、
『限界なのです。彼も』
もう、能力が使えない。
『私たちの超能力の、その根源たるエネルギーが何なのかは私たち自身にもわかりません。ですが、決して無限定に行使し続けられるわけではない。走り続ければ体力を消耗しやがて立っていることすらできなくなるように、いずれは能力にも打ち止めがくる。まして満身創痍のコンディションなのですから』
彼はもう、ただの人と変わりません。
天城の言葉を、相葉はほとんど聞いていない。
ただ、見下ろす。
「け――けけっ」
見下ろす冷徹な視線に、ぼろぼろの身体で男は笑った。
「お前……さっき、あの女の後ろの方にいたな。あの女は、死んだか。そうだよなあ、はっ、味方に撃たれてやられちまうなんてなあ、全く皮肉な話だよなあ」
相葉は、答えない。ただ、見下ろすばかりだ。その態度をどう受け取ったのか、男はさらに饒舌に語り出す。
「なあ、おい、知ってるか。お前らは超能力者は全員が人類をぶちのめそうとしてると思ってるらしいが、中には非戦派の奴らだっていたんだぜ。俺は違うがな。その連中は、あろうことかお前らとうまく渡り合おうとか考えてもいたんだ。だがそいつは叶わなかった。お前らが誰かれ構わず、酷いときには別に超能力者でない奴でも、怪しいと思ったらぶっ殺して回り始めたからな。そういうのを、何て言うか、知ってるかよ」
ひひっ、と引きつった声で、男は笑う。
「魔女狩りだ。魔女狩りなんだぜ、お前らがやっていたのは。とにかく怪しい奴を殺し続けて、とうとう同士討ちまで始めてんだから世話ァないよな! お前らは結局、全人類をぶっ殺し尽すまで止まらねェんだろうよ!」
「……そうかもしれない」
初めて、相葉が男の言葉に応じた。お、と思いもしなかったことに男が相葉を改めてみる。
その冷え切った双眸を、覗き込む。
「確かに、七課は人類を自分たちで滅ぼすまで止まらなかったかもしれない。七課を潰しても、殺し合い続けることは、やめられないのかもしれない。超能力を持たない人間と、超能力者との禍根は深く、あまりに深く残っているだろう――でも」
でも、と相葉は言った。
右手を持ち上げ、ごり、と銃口を男の額に押し当てる。
「それでも、約束したから……俺は、やる。俺が、全人類の分の戦争をひとりでやり尽す」
は、と男は嘲るように笑った。何をバカなことを言っている、と。だが、もうそれ以上相葉は応じない。
「名前は」
問う。
「あんたの名前は、何と言う」
問われた男は、これもまた妙なことを聞いたという風に目を見開いたが、すぐにまたもとの下卑た嘲笑に戻る。
「金木・林将だ」
「そうか」
頷いて、相葉は静かに引き金に指をかけた。
「覚えておこう。あんたが俺の、大義と私怨に基づいて殺す、ひとり目だ」
聞いたばかりの名を反芻し、相葉はしっかりと相手を見据えて、頷く。
「――忘れないとも」
引き金を引いた。




