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Blood/Bullet/Parade  作者: FRIDAY
肆 Black/Blast/Ballad
46/51

46.最期の約束

 その瞬間を、相葉は見ていた。


 久坂が光爆の能力者を追い詰める瞬間を。


 とどめを刺そうとする瞬間を。


 岸田が久坂を撃つ瞬間を。


 久坂が岸田と能力者を同時に撃った瞬間を。


 そして、男の能力が暴発する瞬間を。


「――――!」

 その瞬間に、相葉は走り出していた。男と、久坂の並ぶ直線上。

 光爆は、爆風こそ強烈であったものの、芯の熱は失われていた。それが、久坂を救った。力を失った身体は爆心に灼かれ消えることなく、爆風で吹き飛ばされる。その背に相葉は飛び込んだ。


 久坂の痩身を受け、しかし相葉も一緒くたにぶっ飛ばされる。地面に落ち、転がり、背を瓦礫にしたたかに打ち付けて止まるまで、相葉は必死で久坂をかばっていた。身が止まると同時に、天地が定まらないままに必死で身を起こし、手近な物陰へ久坂の身体を引きずり込む。

 眩暈めまいのように揺れる視界で、それでも懸命に確かめる。岸田が放った銃弾。久坂を穿った弾丸。


「……ああ」


 それは、完全に、急所を穿っていた。致命傷だ。止血を試みるも、久坂の顔は目に見えて色を失っていく。


「あ……相葉、くん」


 うっすらと目を開き、もう焦点が揺れ始めている瞳が相葉を見上げる。喋るな、と返すも久坂は浅く首を振る。


「失敗、した……もう、ダメみたいだね」


 呼吸が浅い。痛みに唇が震えている。血が止まらない。

 それでも、言葉を続ける。


「へへ……油断、した。あそこで、岸田に撃たれると思ってなかった。あの野郎、何で先にこっちを撃つのかな……お前の敵は、本当の敵は、私じゃないんじゃなかったのかって」


 笑う。表情は、ぎこちない。

 傷口を圧迫して止血する相葉の手に、もういいよ、と久坂はそっと手を添える。

 もう、助からない。


「……久坂」


 ああ。

 同じだ。そう思った。

 これではあのときと、白井を看取ったときと、同じだ。

 自分にはもう、何もできない。


 久坂の血に塗れた手を握りしめ、奥歯を噛む。


 せめて、せめてできることを。

 あのときと、同じように。


「久坂……」

 揺れる瞳をまっすぐに見据えて、相葉は問う。


「言い残す、ことは」


 問うことしか、できない。

 相葉の言葉に、思わぬことを聞いたとでもいうようにわずかに目を見開き――笑んだ。

 本当に、変わってるよね。そうつぶやく。

 いつかと同じような答え。


「言い残すことは、別にないかな――」


 でも、


「もうちょっと、生きていたかった、かも」


 久坂は言う。


 その瞳は、既に相葉の顔を捉えていない。空を、そのさらに向こうを映している。


「生き残っても、きっと今まで通りとは、全然違うことになってるんだろうけれどね。機関七課はばらばらになっちゃって……岸田は裏切って、北山総長は死んで。他にも、いっぱい死んだ。誰が敵で、誰が敵じゃないのかもわからないまま、どんどん死んじゃったから、この戦いが終わっても、きっと今までよりもっと酷いことになってるだけなんだろうね。でも」


 それでも、生きていたかったよ、と久坂は言った。


「生きていれば、何かがどこかで変えられたかもしれない。生きてさえいれば、もしかしたら、普通に学校に通うようになることだって、できたかもしれない。だから、そのときのために、もっと相葉くんにもいろいろ教えてもらいたかった――」


 久坂の言葉を聞きながら、その次第に力を失っていく声を聞きながら、相葉は強く奥歯を噛み締めていた。


 どうして、俺は、聞くことしかできない。


 ねえ、と久坂は掠れた声で言う。


「どうして、こんな世界なのかな」


 目じりに、光を帯びる。


「どうしてこんな、殺し合い続けなきゃいけない世界なのかな。もっと普通に、生きることはできなかったのかな。学校に通って、部活動とかやって、皆で一緒に勉強して、試験で一喜一憂して、友達いっぱい作って、誰かを好きになって、恋人とか、できたりして、さ」


 そんな普通を。


「どうして私は、私たちは、得られなかったのかな……? 当たり前の青春を、人生を、どうして歩けなかったんだろう。生きるために殺して、殺されないために殺して、殺すために殺した。数えきれないくらい、いっぱい殺したよ――私は、地獄行き、だね」


 へへ、と久坂は笑った。その弾みで、目じりに溜まっていた雫が頬を伝って落ちてゆく。

 その光を、相葉は、ただ目で追うことしかできない。

 追うことしかできない自分では、ダメだ。


「そんなことは……ない」


 絞り出すように、相葉は言った。何かを思うより早く、言葉を。

 久坂が地獄に落ちることなんて、ない。


「そうするしかなかったんだ。好きで、望んで殺してきたわけじゃないんだ。だからきっと……神様も仏様も、大目に見てくれるよ」

「そう、かな」

「そうだよ。きっとまた、生まれ変わらせてくれる」


 そっか、と久坂は笑った。今度は乾いたそれではなく、わずかに安堵したような笑み。

 でも、


「こんな世界にもう一度生まれてくるのは、嫌だなあ」


 こんな、血と死に塗れた世界は。


「もしも生まれ変われるのなら、今度こそ普通に生きていきたい。普通に学校に通って、普通に青春して、いつか誰かと結婚して、幸せな家庭を築ける。そんな世界がいい。こんな、終わりのない殺し合いの世界は、嫌だ。もしまたここに生まれてくるくらいなら――死んだままで、いい」

「それなら俺が、この世界を変えてやる」


 相葉は言った。きっぱりと、決然と言った。どんどん小さくなっていく久坂の瞳の光が、消えてしまう前に。

 聞いてくれ、と。


「俺が、この世界を変える。機関七課も超能力者も、争おうとする奴らは片っ端から俺が倒す。相手が誰だろうと、何者だろうと関係なく――久坂が生まれ変わってくる頃には、絶対に誰も殺し合わずに済む世界に、俺が変える」


 だから、と相葉は言った。


「安心して、生まれ変わって来い。久坂が次に生まれてくる世界は、普通の……幸せが得られる世界だ。普通に生まれて、普通に生きて、普通に死んでいく。そんな世界になっている。俺が変える。約束する。だから――」


 また、生まれて来てくれ。


 相葉の言葉を、久坂は驚いたような顔で聞いていた。それもそうだろう、相葉がここまで饒舌じょうぜつに自らの意志を語ったのは、これが初めてのことなのだから。


 そっか、と久坂は笑った。嬉しそうに、笑った。


 わかった。


「約束、だね。相葉くんが、世界を変えてくれる。機関七課も超能力者も争わない、殺し合わずにすむ世界にしてくれる。だから私は、そんな世界を信じて、安心してまた生まれてくるよ」


 約束、と久坂はゆるゆると手を、小指を差し出した。もう、満足に動かすこともできないのだ。わずかに持ち上げられたそれが落ちてしまう前に、相葉は己の小指を絡める。


 約束だよ、と。


「私の拳銃、使っていいから。きっと、世界を変えてみせてね。楽しみに、してるから」


 久坂の顔から、色が、生気が失われていく。抱えた身体から、絡めた指先から、力が失われていく。

 その残滓ざんしを失ってしまう前に、相葉は強く頷いた。


「期待、しててくれ。誰も殺し合わずに済む世界で……また、会おう」


 うん、と久坂は頷いた。色を失った唇が、笑みを形作る。

 つ、と最後の一滴が、目じりから流れ落ちた。



「またね」



 止まる。

 呼吸が、止まる。心臓が、止まる。


 支えを失った手指が、相葉の手の中から滑り落ちる。

 わずかに残っていた温かさも、全てが静かに流れ落ちていく。


 そうして、終わった。

 長く戦い続けた少女の短い一生が。


 久坂の命が、終わる。


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