44.理想を語る裏切り者
久坂は、早かった。
機関七課本部の内部まで入ってしまえば、天城のナビゲートはもう必要ない。久坂が先陣を切り、大方が残骸となってしまっている通路の陰から現れる新派の兵士を、視認するよりも早く撃ち抜く。その動きはまさに舞うようであり、間断なく火を噴く二丁拳銃は『ダブルトリガー』の異名そのものだ。
現れる敵は全て撃ち漏らしなく久坂が仕留めてしまうので、後に続く相葉にはすることがない。申し訳程度に周囲を警戒する程度だった。
そして、氣境の姿はない。
「悪いが俺は別行動をとる。俺は俺で敵がいるからな。そいつを斃したら合流する」
そう言い残して、早々に離脱した。久坂は勿論、相葉も止めなかった。天城は何も言わないが、恐らくは光爆の能力者――この本部を爆破した能力者を討ちに行ったのだろう。
相葉と久坂は、北山と岸田を探して前進するだけだ。
そして、ふたりの居場所は天城に教えてもらわなくとも、大体の察しがついていた。
総長室。
いや、正確には総長室跡、と言った方が相応しいか。
ふたりがたどりついたそこには、何もなかった。
扉は勿論、壁も、窓も、机などの家具や調度も、一切が皆無。
ただ、空間だった。
天井すらも吹き飛び、あらゆる全てが四方へ爆散している。
そして、その最奥。支えの半分を失い、大きく傾いだ天井の残骸、その陰になった場所に、一台の椅子が置かれていた。革張りの、威厳のある椅子だ――もっともそれも、土埃に汚れて酷いものになっていたが。
そしてそこに腰掛ける、壮年の男。
深く腰掛け、俯き気味の姿勢のため顔ははっきりと見えないが、相葉にも見覚えのある人物だった。
「北山総長――」
相葉と同じくそれを視認した久坂が、その名を呼ぶ。爆心地であるためちょっとした広場のようになっており、相葉らの侵入した地点から北山の座る場所まで、数十メートルの間に遮蔽物などはない。見通しはいい。だから北山の姿もよく見える。
明らかに不自然だ。
北山が筧の読み通り、やはり機関七課本部にいたことは、いい。反乱を起こした岸田が監禁なり何なりの措置を取っていたのだろう。
その北山が、この場所に。機関七課本部爆心地にして相葉らの到達点に。しかも、まるで用意されていたかのように椅子に座って。
まるで誰かに、この上なくわざとらしくセッティングされたような。
足を止めたのは、相葉だけではない。久坂もまた、一目で違和感を覚えたのだろう。広場に出る一歩手前で立ち止まり、おもむろに両の銃口を上げると、構える。
照準は、椅子に座る北山総長――その向こう。
「いるんでしょう、岸田」
呼びかけは短い。
凛と張った声は、静寂の空間によく響き、そして、
「――やはり、勘付かれてしまうか」
ずる、と北山の身体が傾いだ。急に支えを失ったかのように、椅子からずり落ちていき、中ほどまで滑ってから引っかかったように止まる。
久坂の声に応じたのは、北山ではない。
久坂がぴたりと当てた照準の先。瓦礫の陰から、ぬっと姿を現した、岸田だ。
「不用意に出て来てくれれば、ことは簡単に済んだのだがね……残念だ」
不用意に、と言うのならば岸田自身がまさに不用意に全身を相葉らの前にさらけ出しているが、その余裕も当然のこと。久坂の銃口から岸田までは距離が開き過ぎていて、相葉のサブマシンガンならばともかく、久坂の拳銃ではとても届くものではない。
そして岸田の言から、やはりこの広場の周囲には新派の兵を潜ませていることが察せられる。軽率に接近しようとすれば、四方八方から集中砲火を浴びるに違いない。
「これだけの状況にあってもなお、誰かがここへ向かってくるだろうとは思っていたが……久坂といったな。君だけか。筧班長はどうした? あの娘はまず確実に来ると踏んでいたのだがね」
「……コヒメちゃんなら、すぐに来るよ」
低い声で応じる久坂は、もう北山には一瞥もくれない。それは相葉も同様だ。
北山は既に死んでいる。
額を撃ち抜かれた一撃死だ。虚ろに開かれた目や口に、もう生気は欠片もない。
救出対象だった北山は死んだ。ならば為すべきは、残りひとつ。
「岸田。あんたを殺して私たちは離脱する」
「まあそう言うな。多少の時間はあるさ。少し話を聞いて行きたまえ。久坂……と、後ろの名も知れない少年兵よ」
砕けた口調で語りかけながら、岸田は北山だったモノが引っかかっている椅子の肘掛けに腰掛けた。古参である筧や久坂の名は認識していても、相葉の名はやはり知らないようだ。だがだからと言って、名乗りを上げるほど相葉も酔狂なことはしない。
「こっちはさっさと立ち去りたいんだから、話なんて聞きたくない」
きっぱりと拒絶を示しながら、しかし久坂は動かない――いや、動けないのだ。敵の配置が掴めない以上、無闇に突っ込めばあっという間に蜂の巣になることは想像に難くない。
それをわかった上で、岸田は口端に笑みを刻む。
「君たちは、超能力者とは何なのか、考えたことはあるかね」
「ないよ。敵は、ただ斃すだけだから」
「そうだろうな。そのように訓練した。そのように洗脳したのだから――だから考えてみたまえ。超能力者とは一体何だ」
両手を広げて、まるで大衆を前に演説するかのように朗々と岸田は言う。
「突如として、彼らは現れた。初めて観測されたのはまだほんの半世紀ほど前だったが、時を追うごとに爆発的にその数を増やしていった」
どこかで爆音が響く。戦闘は今も続いているのだ。筧を除けば、恐らく新派と超能力者との戦いが。
その一切に構うことなく、滔々と岸田は語る。
「外見も、生活様式も、我々非能力者と何ら変わりなく、しかし確かな異能を有した人間。その出現には一切の脈絡がなく、平凡な両親から平凡な一市民として生まれてきて、ある日突然異能に目覚める。発現者の法則を探るべく、我々は捕獲した超能力者を科学的、生物学的に精査してもみた。だがどれだけその腑を切り開いても、奴らは我々と一切の違いを持たなかった。全身の隅から隅まで分解しても、ミクロにもマクロにも、一切だ。奴らは全く、我々と異ならなかった。ただ、確かに異能を持っている――一体どうして」
次第に口調を帯びはじめ、握った拳を強く振るう。
「考え得る可能性はひとつ――奴らは、選ばれた存在であるということだ」
「選ばれた? 誰に」
「誰かに。あるいは何かに、だ」
そうだろう、と岸田は歌うように言う。
「凡俗より抜きんでた才能を有するものはすべからく、天に選ばれたものであるという。あるいは人類史を紐解けば、英雄と呼ばれる人々は誰もが、まるで導かれるようにして偉業を成し遂げている――つまり」
「……つまり、超能力者は神に選ばれた存在だ、と?」
引き継いだ相葉の言葉に、そうだ、と岸田は頷いた。
「神、という非論理的非科学的な存在は論外だが、その方が理解しやすいのであれば神概念を持ち出して構わないとも」
「その神とやらは、超能力者を選び出して何をしようとしたんだ」
問う相葉を、わからないのかね、と岸田は嘲るような目で見る。
「決まっているだろう――粛正だ」
簡潔に、そう断言する。
「我々が想定したのは神ではなく、いわば自然法則のようなものだったがな。強大になり過ぎた生物種を粛正するために、知恵をもって一切の天敵を排してきた人類へ、その知恵をもってしても及ばないであろう超能力を与えられた存在。そう、超能力者というのは、我々に対する天敵というわけだ」
「人類の……天敵」
小さく、久坂はつぶやく。銃口は揺らがないが、久坂の内心は揺れている。その揺れを押し殺しながら、久坂は茶化すようにわざとらしい声音で、
「話が突飛過ぎてついていけないよ。自然法則? 自然法則が人を選んで、超能力者に調整して、人類を粛正するって?」
「わからないのかね。太古、この地球上で全盛を誇った恐竜たちは、たった一個の隕石によって滅亡した。その隕石が、今度は超能力者だったというだけの話だ」
「話が見えてこない。だから何? そんなしょうもないことを考えて、あんたはどうしたいの? それとあんたのクーデターに何の関係があるの?」
「覇権戦争だ」
簡潔に、岸田は言った。
これは戦争なのだ、と。
「生物の戦争だ。次世代への生き残りを賭けた闘争だ。自然との、地球との戦いで、あるいは天命との争いだ。我々は我々の覇権を守るために、自然法則の産物である天敵、超能力者と戦い、討ち滅ぼさなければならない。これまでと同じように、いや、これまで以上に、知力を駆使してな」
その結果が、と久坂は口を挟んだ。一切が原形を失い崩れ荒れ果てている周囲を示して、
「あんたのその大層な名目の結果が、これなの? それは驚きね、結局あんたは同士討ちばかりじゃない」
「大義を理解できないものは、戦争の邪魔にしかならないからな。楽観を足場にした停滞は、みすみす奴らへ覇権を譲り渡すことになりかねない」
だから切り捨てたのだ、と北山を、北山の亡骸を示して言った。
「北山は臆したのだよ。奴らに覇権を渡してしまえば、万倍もの無辜の命が失われるというのに、目先の犠牲を前にして尻込みした。全人類のために支払われるべき尊い対価を惜しんだ。そんな人間が長であっては、機関七課が本来の機能を為さなくなる」
「……機関七課っていうのは、超能力者と……この世界そのものと、戦争をするための組織だったのか」
久坂の背後から問うた相葉に、そうとも、と岸田は大きく両手を広げて頷いた。
「超能力者を討ち滅ぼす。それが我々人類の平和へ繋がる。そのために機関七課は設立された! 多少の犠牲は大義の前には付きものだろう。これまで大義に殉じてきたものたちのためにも、我々は総力をもって早急に奴らを滅ぼさなければならない!」
ド、と不意に大気が震え、足元がわずかに揺れた。それは遥かに小規模だったが、本部が壊滅した際に遠く相葉が感じたそれによく似ている。
だが、そんなことにも構わず岸田は朗々と続ける。
「生命を脅かされたものがそれに抗うのは当然の摂理だ。自然法則が、天命が何だというのだ! 我々を滅ぼそうと天敵を差し向けるのならば、我々はそれに総力をもって抗うまでだ。どれだけの血を流そうとも、どれだけの犠牲を払おうとも――!」
「……天敵、とあんたは言う」
語調が過熱していく岸田に反し、冷え切った声音で相葉は問う。
「だが、超能力者は、人類に戦争を仕掛けてきたのか。先に超能力者が攻撃してきたのか?」
「『違う』」
応答が重なった。一方は耳に、もう一方は脳裏に。
天城だ。ここまで黙って話を聞いていた天城が、とうとう言葉を挟む。
『私たちは誰も、誰かを脅かそうなどとは考えていませんでした。それどころか自らの能力を自覚していないものがほとんどだった。それが、不意に何者かによって次々と、秘密裏に殺害されていき、危機感を覚えた人々が自分と同じ境遇の仲間を探し始め、少しずつ集結し、組織が形作られていったんです。天敵だなんて、あり得ない。そもそも機関七課が虐殺を始めなければ、こんな不毛な戦いは起こっていない――!』
終始穏やかだった天城の口調に、明白な怒気が見える。天城は、怒っている。
いわれのない敵意と害。そんな一方的な、妄想のような大義のもとに、自分たちはずっと脅かされてきたのか。
そして、同じく相葉の問いを否定した岸田の答えは簡潔だった。
「先手必勝、だ」
薄い笑みを浮かべながら、
「やられる前に、やる。敵が少ないうちに、増えないうちに芽を摘んでおく。気付かれないうちに、確実にだ。だが、なあ――やはり初めの頃は、情報の精度が怪しかったものさ。北山が極度に魔女狩りを恐れたのは、あの頃の失敗が焼き付いてしまっていたからなのだろう。同情するよ。同意はしないがね」
その末路が、額に穴を開けて死んでいる亡骸だ。
また、爆発音とともに地面が揺れる。それも一度ではなく、数度連続した。まだ遠いが、先程よりも近いかもしれない。
その轟音を背景に、岸田は堂々たる態度を揺らがせることなく言う。
「今でこそ、我々の優秀な情報部によってかなりの高精度で敵を把握できるようになったが、初期はミスや、曖昧な判断も多かった――なあ、久坂」
覚えているだろう、と岸田は不意に久坂に語り掛ける。
「お前が初めて殺した、お前の親友のことだ」
「…………」
また、揺れる。
「仲が良かったんだろう。知っているよ。あるとき情報部が収集してきた情報の中に、その親友の名が、超能力者の疑いありとして入っていた。とはいえ当時の情報部だ、確証はかなり低かった――が、疑わしきも例外なく、だ。他数人の容疑者とともに、私が処分の指令を出した。しかしいい掘り出し物も手に入ったよ。優秀な兵士がひとり、な」
ふ、と久坂の呼吸が止まった。わずかに、構えたままの銃口が揺れる。
それは。
岸田の言うことは、つまり。
久坂が自ら手を掛けた親友は、超能力者ではなかったかもしれないということだ。
殺さずに済んだのかもしれないということだ。
また、どこかが爆発した。
「……いいや、ナコは確かに、超能力者だったよ。だって、私はその力で、ナコに守られたんだから」
低く、抑えた声で久坂は言う。
銃口が、下される。両腕が、だらりと両脇に垂れ下がる。
「腹は立たないよ。どのみち、私はもうナコのことをよく覚えてない。ずっと小さい頃だったし、それからもいろいろとあったからね。超能力者の確証もないままに殺されたんだってわかっても、その命令を出したのがあんたなんだってわかっても、別に、あんたを憎んだり、恨んだりって気持ちは、湧いてこない」
でも、と久坂は続けた。
揺れない、しかし確かな感情の籠もった声で。
「――でも、仇は取りたいって、思うかな」
背後にいる相葉からは、久坂の表情はほとんど見えない。でもきっと、フラットだろう。目も眉も口元も、いつもと変わらない形だろう。
ただ、恐ろしいばかりの殺気を孕んで。
久坂の静かな迫力に、思わずわずかに退いてしまった岸田は、そのことに気が付き眉根を寄せて首を振ると、それならば、と声を張った。
「どうするかね、久坂。私を殺しにかかるか。この状況で。先に言っておく。わかっていることだろうが、君たちは既に百人近い我が革新派の兵士に包囲されている。軽率な判断は寿命を縮めるぞ」
「それがどうした」
低い、低い、人のものとは思えないほど低い声で、久坂が吐き捨てる。
だから何だ、と。
「私を殺すには足りないぞ――」
言下に、相葉の眼前から久坂の背が消える。
いや、違う。極度の前傾姿勢で弾丸の如く走り出したのだ。一拍遅れて気が付いた岸田が身を退きつつ「殺せ!」と怒鳴る。途端に周囲の物陰から一斉に放射が始まり――しかし、当たらない。
速い。
久坂の速度に反応が追いつかず、闇雲に放たれた銃弾は空しく地面を穿つ。そしてひとたび身を晒してしまえば、久坂の銃口が逃さない。
跳ねるようなステップで、まるで踊るかのように、久坂は身を振る、回す。二丁の拳銃がときに連動し、ときにばらばらに、四方八方の敵兵の額を撃ち抜く。
その間にも、久坂は確実に岸田へ向けて進撃している。
行けるかもしれない――相葉は、見える範囲の敵を撃つことで援護としながらそう思った。たった百人程度では、久坂を止めるには至らない。
ただの人間の、たった百人程度ならば。
不意に。
揺れる。大気が、地面が震える。それは今までのどれよりも大きく、近い。
近づいている。
『相葉さん――!』
悲鳴にも似た天城の声が響くと同時、相葉も直感していた。
来る。
けれど、久坂へ叫ぶには遅い。
既に広場中央にまで至ろうとしていた久坂の、その眼前で。
光爆が炸裂する。




