40.合流地点の集合者達
天城の案内は想像以上に的確だった。
瓦礫の海を縫うように進み、新派、超能力者と問わず接敵を回避し、確実に進んでいく。
そして、もとはビルであっただろうコンクリートの塔を迂回した先に、いた。
「……! 相葉、と――それから、誰だ」
足音と気配に素早く気が付いた筧が振り向き、相葉の姿に目を見開いて、しかしすぐに露わにした警戒とともに腰の刀に手をかける。その警戒は、筧の傍にいた久坂も同様だ。
「その人、誰? こっちの人じゃないよね……?」
訝しげな久坂は、既に双の銃口を不審人物、氣境に固定していた。対して氣境は、特に何も言うことなく黙って両手を上げている。
「違う、この人は……敵じゃない」
「敵じゃ、ない? でも味方とも思えないんだけど」
片眉を上げ反問する久坂に、相葉はどう説明したものか苦心する。始まりから話すには時間がないが、端的に超能力者だと告げるのはリスキーに過ぎる。即断で氣境が射殺されてしまうか、寝返りの疑いから相葉まで殺されかねない。
だが、緊張の空気を破ったのは筧だった。
「……まあ、いい。敵意がないのなら、この状況だ。誰でも構わないさ」
ふ、と息を抜いて、筧は柄から手を離した。筧ほどの達人ならばどんな体勢であろうとも抜き打ちで一刀両断にしてしまえるだろうが、これは非戦の意志表示だ。それを受けて、渋々といった顔ながらも久坂も銃口を下す。
「それで? どうしたんだ相葉。通信は聞いていただろう――どうしてここにいる」
「ふたりだけなのか」
問いに答えず、どころか問いで返した相葉に、筧は眉をひそめた。
「ここには、な。だが、じきに戦場全域から旧派は離脱するだろう。生死問わず、な。つい先程までは、私と久坂の他にも数人いたのだが――合流地点を目前にして、粉塵の能力者との交戦になった」
「粉塵の……奴と戦って無事で済んだのか」
やや驚いたように口を開いたのは氣境だ。超能力者としてその人物を知っているのであろう氣境にとってみれば、その能力者と戦って生きているということが既に驚きであるらしい。対して筧は誇るでもなく、むしろ苛立つように顔を顰めながら頷いた。
「私と久坂の他、およそ十人がかりで戦い……このざまだ。向こうは腕を一本、こちらは兵士が十三人。割に合わない上に、取り逃がした」
「あいつから、腕を一本だと……!」
信じられないというように、氣境は声をもらす。その反応に、筧は鋭い視線を向けるが、すぐに相葉へ向けかえた。
「私は言ったはずだぞ、相葉。離脱しろと。そして今までずっと言っていたはずだ――生き残れと。この戦場、生き残るには戦線脱出しかない。そして一度脱出すれば、もう戻ってくる必要もないんだぞ」
「だが、あんたはどうする。あんたと久坂は、どうして残っている」
それは、と反射的に答えかけた久坂を手で制して、筧はまっすぐに相葉を睨み、問う。
「それを聞いて、どうする」
「俺も行く」
「……どこへ向かうのか、わかっているのか?」
ああ、と相葉は難なく頷いた。最初の筧の通信を聞いたときから、おおよその予想はついていた。
「機関七課本部――いや、本部跡に向かうんだろう。そこで、恐らくは囚われている北山総長を奪還し、岸田副長を討つ」
「……そこまでわかっているのなら、どうしてついて来ようとする。この先は死の道だ」
「違う」
はっきりと、相葉は筧を否定した。
それは違う、と。
「これは生き残るための道だ。生き延び、生き続けるための道だ。あんたも、久坂も、俺も、その道しか選ばない」
「……どうしてそう言い切れる。生き延びるためならば、ここはやはり一度戦線を離脱した方が確実だろう」
「違う。一度離脱したところで岸田副長が残ってしまえば、少なくとも顔の知られているあんたや久坂は旧派として狙われ続けることになる。組織を前にした個人は脆い。だからそうなる前に、全軍が瓦解し混乱しているこの状況の中で、岸田副長だけは討っておく。それが、生き延びたものと、生き残ったものたちにとっての最善だ」
決然と言う相葉の顔を、筧は鋭い視線で睨み付けていたが、やがて吐息して首を振った。
「……そこまで言うのなら、勝手にするといい。生き延びる意志があるのなら、私ももうお前を止めることはしない」
「岸田が生きている確証は、あるんだよな」
相葉の問いに、頷いたのは久坂だ。
「さっきの爆発の後、新派が一斉に本部に向かい始めた。それも、ただ壊走しているというよりは明らかに統率を保ったまま、ね。無線は私らじゃ傍受できないレベルの暗号化がされてるけど、行動を見れば大体わかるよ。つまり」
本部で暴れ回っている超能力者がいるということだ。
岸田副長のみならず、超能力者も未だ健在であると。さらには、
『私も、距離があるため正確な位置まではわかりませんが、感じ取れます……機関七課総長、副長、並びに異能者の存在と、戦場全域から集結しつつある革新派一派――さらには』
もっと悪いことに、と天城は続けた。
『集結していく革新派を追って、全域の過激派異能者も機関七課本部跡へ集まって行っています。これは考えられる限りで、』
最悪です。
そう、天城は結んだ。
最悪。その通りだ。広域にわたって展開されていてすらこの惨状、それが一か所に集中すればどれほど凄惨なものとなるか。
相葉は筧の顔を見た。土埃や返り血に汚れていながらも、この状況にあってなお平素と変わらない凛とした表情。当然のこと、筧には天城の声は聞こえていないし、いくら筧と言えどもそこまで最悪の状況までも関知してはいないだろう。それに、例え知ったところで退くような人間でもない。
だが、それとこれとは別の話でもある。
「……北山総長も岸田副長も、今のところ確かに生きている。だが、本部を爆砕した超能力者も生きているし、本部に集結している新派を追って、全域に展開していた超能力者たちも本部に集まってきている。状況は最悪だ」
だから行くな、とは勿論言わない。
「俺が先導する」
はっきりと、相葉は言った。
「新派にも、超能力者にも遭遇しない最短ルートを、俺が取る」
「どうして相葉くんは、そんなことがわかるのかな。本部の状況も妙に正確にわかってるみたいだし」
疑っている、というよりは面白がるような目で久坂が相葉を見る。さすがにはっきりと、超能力者の協力を得ているとは言えずに軽く肩をすくめて返すにとどめるが、筧は相葉がかけている目新しい首飾りと、背後に立つ氣境を見比べて何か合点がいったようで、「そうか」とあっさり頷いた。
「ならば信用しよう。信頼しよう。私たちに道をつけてくれ――よろしく頼む」
相葉に、というよりは相葉を通じて誰かに言うような言い方だった。その見通したような態度に、頭に響く天城の声も『……信じ難い人ですね』と唸っている。
「……そういうわけだから、天城さん。頼めるか」
筧らに背を向け、相葉は小さく言う。氣境が顔をしかめて「お前、遥風さんをそんな気軽に……」と憤慨しているが、天城はこれまたあっさりと、
『わかりました。……もう止めても仕方がありませんからね。私にできるだけのことをして、あなたに生き延びてもらう他ありません。ですから道案内はさせていただきますが、私も万能ではありませんから、皆さんの警戒も怠らずにお願いします』
「わかってる」
応じて、相葉は銃を構え直した。




