04.凄惨
始まりは、爆発音だった。次いで銃撃音、そして――悲鳴。
その重奏。
いずれも、およそ朝の街中で響くべき音ではない。
狂人が暴れ出したか、はたまたテロか。
だが、そのいずれでもないだろう、とさすがの彼もそう思った。
狂人もテロリストも、まだまだ現実の範囲だ。常識を逸脱してはいない。
けれど、ここまでの一連の状況は、完全に埒外なのだ――ならば、さらに続いている現状も、決して枠内に考えられるものではあるまい。
だが、ならば何だ。
街中で、銃撃戦? 一体どんな理由があれば、そんなことが起こる?
両の手は背中で拘束されていて、同様に両脚も不自由だ。だが這うことくらいはできる――彼はずりずりと這い進んで、外が辛うじて見える位置に頭を置いた。一応、向こう側からは自分が認識できないようには注意を払って。
昨日までは大勢の人々が行きかっていて、先程までは自分だってそこにいた駅前の交差点には、あの少女を含めて誰もいなかった。人の姿など微塵もない。あるのは、とめどない銃撃、破壊、悲鳴の音だけだ。それも――近づいてくる。
来た。
どれとも知れない路地裏から、飛び出してきた人影は、ひとつ、ふたつ――三つ。だがまだ違う方向からも、追い立てるような銃声がする。
逃げている。
追い立てられて転び出てきた人物は、一見バラバラの種類の人間だった。壮年の、背広を着たサラリーマンらしき男。先程彼を拘束して転がしていったのと同じような、しかし違う制服を着た女子高生。そして若い、恐らくは大学生くらいであろう男。その三人が三人とも、恐慌している。
背後を何度も振り返りながら、足を何度も絡ませながら、徐々に交差点の中央へと追われていく。彼らを追い詰めるのは、銃声。
そして銃弾だ。
まさにそのうちの一発が――彼からみて、一番右側を走っていたサラリーマンらしき男の脚を、貫いた。
「――――!」
声にならない絶叫を上げて、男は走る勢いのまま頭から転がった。それを受けて、横を走っていた女子高生も、自分が撃たれたわけでもないのに悲鳴を上げた。
それでも、逃げる。逃げるが――逃げきれない。
「――――!」
男が、逃げる他のふたりへ向けて何かを叫んだ。それを受けて、立ち止まりかけていたふたりがまた走り出す。男は、自分たちが逃げてきた方向へ顔を向けた。
途端に――何かが、起こる。
次々と、ただのビルの壁が、窓が、看板が、まるでドアノブを捻るように、ぐるりと、捻じれていく。
誰も触れていない、誰にも届かないような位置で、距離で、何かが起こって、壊れていく。
捻じれるようにして、壊れていく。
何が、起こっている?
だが、その後に起こったことは、実に理解の容易いことだった。
脚を撃たれ、地に伏しながらも毅然と己の敵を見据えようとしていた男の頭が――弾けた。
爆散した。
迸る紅は――鮮血。
響き渡る音は――悲鳴。
結果は――死だ。
死んだ。
頭を失った身体は、空虚に倒れた。
それで終わった。
だが終わったのは男だけだ。
他のふたりは、まだ生きている。
「――っはーっはっはっは!」
哄笑。
男が死んだことでさらにパニックを加速させるふたりを、囲むように、未だ銃声の絶えない路地から、次々と、人間が現れる。あるものは淡々と、そしてまたあるものは大きく、嘲るような大笑とともに、そして一様に、初めに見た少女と同様武装した人間たちが、姿を現す。
「いやー、袋の鼠? 楽しいよねえ」
ねえ? と初めに哄笑を上げながら登場した少年が、隣を歩いていた男に言う。男は肩をすくめた。
「調子に乗るな、タイナカ。さっさと殺すぞ。遊ぶな」
「へいへい」
少年は答えて――撃った。
無造作に、気軽な調子で、肩から下げていた機関銃で。
銃声と同時に、もうひとりの男――大学生風の男が、頭のみならず、全身を弾かれて、錐もみし、爆砕した。
「や――いやああああぁぁああぁあぁぁあああ!」
とうとう、最後のひとりになった女子高生が、ふたつの死体を見て、絶叫し、へたり込んだ。その様を見て、少年はさらに笑う。それに対し、横の男は顔を顰めた。
「全く……趣味が悪い。さっさと殺してやれよ」
「いやいや、コジマさん。こんな時くらい楽しませてくれよ……こんな時くらいしか、楽しめないんだからよ」
「んなこと言ってると、死ぬぞお前」
「死なねえって」
見ろよ、と少年は銃口でぞんざいに、最後に残った少女を示した。少女は頭を抱え、耳を塞ぎ、がくがくと遠目に見てもわかるほど震えている。
「ありゃもう、何にもできねえって……ん、いや何もできねえってことは、楽しめねえのか。――つまんねー。殺すか」
言って、少年はまた無造作に銃口を少女に向け――あ? と小首を傾げた。
少女が、ギ、と少年を睨みつけていた。
強く――強く。
そして、
「おい、――ごッ」
少年が、潰れた。水っぽい音を残して、文字通り。
頭から、何か無形不可視の力で、力ずくで、ぐちゃ、と。
死んだ。
「な――この、」
一拍遅れて、横の男も、他の数多くの武装者たちも慌ててそれぞれの銃器を構え――しかし、遅い。
ただの一拍で手遅れだった。
一瞬で、十数人いた全員が、潰れた。
アスファルトに、べちゃあ、と血の染みに。
全員、死んだ。
「う、あ、……ああ――」
呻き声。聞こえた。
それを上げられるのは、生きている者だけ――少女だけ、だった。
不意に、少女が首を巡らせた。
こちらに。
目が合った、気がした。
「ひ――」
思わず、彼の口から音が漏れた。少女はこちらを見たのか、それとも偶然か、とにかく彼は、数秒前の少年たちを、現在の血の染みを、その製造過程を思い出し、戦慄し、そして――終わった。
どこからともなく降ってきたのは、少女ふたりだった。
片や――初めに彼が出会い、彼を拘束して暗がりへ抛り込んだ、あのライフル女子高生。
片や――こちらは初めて見る、やはりその女子高生や、彼自身とも歳近いであろう、しかし銃器を持たず、長刀を携えた少女。
ライフル女子高生は少女の横に、帯刀少女は少女の背後に。
それぞれに、立ち。
側頭にあてがわれた拳銃は、銃弾は、穿ち。
抜き身の刀身は、その薄い胸を貫き。
す、と刃が引き抜かれると、軽い、軽い音を立てて、痩身は、倒れた。
あまりにも、軽く。
それで――全部が、終わった。
気が付けば、ずっとどこか、見えないところで響き続けていた銃声も、止んでいた。
いや、きっと、あのふたりが来た時点で、終わっていたのだ。音も。
戦闘は――いや。
狩りは。