35.地獄
進めば進むほど、戦場は混沌としていた。
道や建造物の派手な崩壊は、ほとんどが超能力者との戦闘によるものだ。だがそれらよりもなお多く、そこら中に刻み込まれた弾痕に目がとまる。
それは人体を貫き、なお止まらず壁にめり込んだもの。
新派と旧派の争いだ。
「死体見ただけじゃ、どっちの側の奴だったのかなんてわからねえな――」
瓦礫を迂回し、死体を跨ぎながら綿池が小さくつぶやく。確かに、その通りだ。
もはや何者ともわからないまま、次々に死んでいく。俯瞰してみるだけでも、明らかに今では超能力者よりも、機関七課の兵士の死体が多くなっている。
硝煙と血臭。
地獄絵図だ。
「合流地点はもうすぐだ。中心地点からやや外れているから敵は少ないだろうが、油断はするな」
綿池が後方を追随する兵士たちに号令する。綿池と並走する相葉も頷くが、表情は険しい。
綿池と合流してからここまで、超能力者とのニアミスが数度あったのみで、快調に歩を進めてきていた。だからこそ気を引き締めるための綿池の叱咤なのだろうが、それでなくとも相葉は、恐らく綿池自身が感じているよりもずっと、緊張し続けている。
これは、癖だ。
うまくいっているときほど、より一層恐れる。
何事もなくいくはずがない。
だから、先頭を綿池とともに走りながらも、弛緩しつつある全体と反比例するように、姿勢を下げ、銃把を握り込んでいく。
もう数分ほど走っただろうか。
「合流地点だ」
綿池以下、いきなり飛び込むような真似はせず、まず物陰に身を隠してその場所を窺う。
「……誰もいないな。気配も、合図らしいものもない」
抑えた声で、様子を窺う綿池が言う。ああ、と相葉も視線を走らせながら同意する。
合流ポイントは、静まり返っていた。この混濁した戦場にあって不自然なほど、静寂に覆われている。
「通信は」
「ダメだ。回線が死んでいる」
通信機を操作していた綿池に問うも、綿池は苦い顔で首を振った。やはり最初の合流地点の指定以来、筧との連絡は通じない。他の回線で強引に呼びかけてしまえば筧どころか新派の誰かに傍受されてしまう危険もあるため、迂闊に探ることもできない。
「少なくとも、ここには誰の気配もないんだ……俺たちが一番乗りってことで、いいだろう」
やがて綿池はそう頷いて、散開待機中の兵士たちに拳で合図を出す。警戒は走らせながらも、ゆっくりと綿池らはその場所へ歩み出ていった――しかし、相葉は動かない。
動けない。
何かが、脳内で大音声の警報を打ち鳴らしている。絶対に踏み出してはならないと、心のどこかが告げている。しかもそれは、一秒を追うごとにさらに巨大化する。
何かが、まずい。
「綿池――」
突然の警報に怯んでいたのは、一瞬だったはずだ。だが綿池たちに戻るよう叫ぼうと顔を上げたときには、綿池たちは既に合流地点の中程にまで進出してしまっていた。
そして、そこまで進んでしまっていては、もうどうしたって手遅れだった。
『――強力な能力者が単身で前線を突破! 敵味方を問わず殺戮しつつ、出鱈目な進路で本部へ進攻中っ!』
突然、絶叫のような通信が全員の耳を貫いた。
その声の話者が、新派、旧派のどちらだったのかはわからない。全文を叫んだ直後に、水っぽい音を残して再びノイズに戻ってしまった。
だが、その報告は全軍の知るところとなっている。
強力な能力者が単身ながら進攻中。
その様を――相葉も、見た。
通信と同時、反射的に顔を上げて見た方角。自分たちの向いている方向から左手。遥かな距離ながら、音もなく、凄まじい速度で『何か』が近づいてくる。
建物を、柱を、塀を、ありとあらゆるものを土煙へと『変換』し巻き上げながら、『それ』が瞬く間にすぐそこにまで接近する。
付近しか警戒を走らせていない綿池らは、気付くことができない。
『それ』が物質を粉塵へと『変換』している範囲は、大きい。まるで巨大な蟲が街を食らいながら進行しているかのような有り様だ。
その進路直上に、綿池らが立っている。しかも彼らは、突然の通信に戸惑って足を止めてしまっていた。
咄嗟に相葉は後方へ跳ぶ。だが、間に合わない。綿池らはおろか、相葉自身、あの『超能力』から逃れるには時間が足りない。
無差別の暴力が、相葉を含めた綿池らの側方から直撃した。




