34.前だけを見て進め
ポイント7822へ、走る。先程までとは違い、前方の超能力者だけでなく、後方の改革派――新派にも警戒しなくてはならず、しかも新派と旧派の区別は、少なくとも相葉には見ただけではわからない。新派かと思って撃ったら味方だった、という事態もあり得るのだ。そうなってしまっては、
……長島のときと同じように、味方殺しをしてしまうことになる。
それは、あまり望ましくない。ましてや、敵と味方が区別できなくなりつつある現状では。本当の意味での同士討ちなどが始まってしまっては、無用な大混乱に繋がってしまう。
……そうなっては、生存率が下がる。
生き残れなくなる。生き延びれなくなる。
今は、いち早く筧たちと合流する他ない。
警戒を倍にして、交戦を避ける。瓦礫に身を潜め、人影を見かければ誰彼の区別なく接触を回避する。何度か交戦真っただ中に突っ込みかけ、耳元を跳弾が掠めたり、何かしらの能力に潰されそうになったりもしたが、辛くもかすり傷のみで潜り抜け続ける。
血だまりに足を取られかけ、様子を窺った先に転がっている虚ろな眼球に見つめられたり、人声や銃撃音、潜めた吐息を避け、
抜けた先で、銃口と目が合った。
瞬間的な動作で相葉も銃身をかち上げ、何者かの銃筒を弾くと同時に撃鉄を起こす。さらに一歩を前に出て、とそこまで動いたところで相対者の正体に気が付いた。
「……折笠?」
疑問符に、青く引きつらせた表情で相葉のサブマシンガンを見下ろしていた折笠が、相葉を見る。
「あ……相葉先輩、でしたか」
あと一秒で撃ち抜かれるところだった恐怖が抜けないまま、震える声で折笠は頷く。一瞬相葉も呆気に取られていたが、すぐに我に返って棒立ちのままの折笠を掴むと近くの物陰に身を隠した。
「よ、よかったぁ……やっと知り合いに合流できました。相葉さんは、あのナントカ派ではないんですよね? 今、一体どうなってるんですか? 岸田副長による反乱って――」
「わからない。ただ今は、早く筧班長たちと合流しないと」
そのために、出来る限り誰とも接触してはならない――運悪く接触してしまったのが折笠で、どうやら彼は新派ではなかったのが不幸中の幸いであったが、油断は油断だ。これ以降は気をさらに引き締めなければなるまい。
そう警戒を新たにしたところで、相葉は周囲の動きに気が付いた。
「……折笠」
「それにしても、さすがは相葉先輩ですよね。不意の接敵に対する反応速度、ちょっとやそっとでできるものでは……え、はい? 何でしょうか」
「ここに来るまで、誰にも会わなかったか。他の兵士は。岸田副長の通信があったときには、ひとりだったのか?」
能天気な態度の折笠は、空気を変えた相葉の様子にも無頓着に首を傾げ、
「あ、いえ……通信があったときは何人かと一緒にいたんですが、直後に背後から攻撃されて……ふたりほど撃たれて、その後は散り散りに」
「誰も追いかけてはこなかったのか?」
「え、ええ」
違う。相葉は判断する。所持している武装を素早く確認しながら、相葉は唇を引き結ぶ。
初戦の折笠が、いくらなんでもそう簡単に追跡を逃れることができるはずがない。ならば、泳がされていたと見るのが妥当なはずだ。――何のために。
他の仲間との合流を待つため。
こんな状況になれば、筧でなくとも誰か主だったものが旧派に集結を呼びかけるのは筋だ。烏合の衆のまま自滅することを免れるためには、統率を新たにするためにも再編成は必須。だが敵にとってみれば、その集結地点こそ一網打尽のチャンスとなる。その場所を割り出すためにも、尾行に不慣れな新人であれば追跡もしやすい。
出くわしたのが旧派らしい折笠で幸いだった――というのは取り消しだ。
折笠は敵を運んできた。
「あ、あの、相葉先輩……?」
相葉の緊迫した表情に気がついた折笠が不安な顔になるが、相葉は答えない。囲まれている。しかし相手の人数はわからない。この状況、どうすればいい。どうすれば抜け出せる――そのとき、
「そこに隠れているもの。いることはわかっている」
男の声で、相葉と折笠に向かって言葉が投げられてきた。
相葉は答えない。男の声は続く。
「武器を捨てて大人しく投降すれば、悪いようにはしない。――まさか抵抗するわけはないと思うが、教えておいてやろう。貴様らの人数がふたりであることはわかっている。対するこちらは二十だ。抵抗は無駄であることくらいはわかるだろう? 怪我をしたくなければ、さっさと投降することだ」
余裕たっぷりの声と、その内容を裏切らない気配の動き。それを悟っているわけではないだろうが、折笠が引きつった顔で相葉を見る。
「ど、どうしましょう相葉先輩。ここはやっぱり、大人しく投降した方が……」
「いや……それはダメだ」
「な、何で」
弾倉を確認する相葉の肩を引き、折笠は言い募る。
「たったふたりじゃ、二十人なんて相手にできないですよ! 岸田副長も何がしたいのかわからないんですし、ここは一度投降した方が……」
「ダメだ。何がしたいのかわからないからこそ、出ちゃダメだ。こんな一方的な状況で、敵の言ってることを鵜呑みにしたら」
「でも! ここに立てこもってただ殺されるよりは、生き残れるかもしれないじゃないですか! それなら、僕は――」
「――待っ」
勢いよく言うなり立ち上がった折笠は、相葉の制止を待たずに武器を捨てると物陰から飛び出してしまった。
両手を上げて降伏の姿勢を取りながら、折笠は恐る恐る歩いていく。
「と、投降します! だから、殺さないで……!」
もはや手も届かず、くそ、と相葉は歯噛みするしかない。そっと折笠の背中と周囲を窺う。
初めは、静寂だった。まるで様子を窺うかのように。
敵の姿は、まだ見えない。
「あ、あの……?」
反応のないことに不安を覚えたらしい折笠が、周囲を見回す。まさか、本当に投降を受け入れるのか。あるいは今は生かしておいて、合流地点まで案内させる気か。それならば反撃のチャンスも――相葉も、一瞬だけだがそう思った。しかし、
タン、と。
返答は、軽い音だった。
折笠の痩身が、わずかに揺れる。
「え……?」
小さく、呻くような声を漏らし――折笠は膝から崩れ落ちた。
「…………」
銃声は一発だった。そのことから相葉は、冷静に射撃手の位置を測る。
地に伏した折笠のことは、もう見ない――もう、折笠は動かないのだから。
動揺もしない。今必要なのは、折笠を悼むことではない。
考えろ。
この状況を打破するには。
投降が無駄だということは、皮肉にも折笠が証明してくれたわけだが……半面、相葉にはさらに時間がなくなったことも事実だ。新派側は旧派を問答無用に殺害するという意図が相葉に知られた以上、もはや手をこまねいている必要はない。すぐにでも襲撃してくるだろう。ましてやこの人数差だ。
どうする。
一番手薄なところを目指して、物陰を抜けつつ一点突破。それが上策だ。しかし、先の銃声一発から全体の布陣を予測することなど、少なくとも相葉にはできない。
手詰まりか。
下唇を噛みしめたとき、気配がした。相葉を取り囲む新派が、動きを見せない相葉に対し打って出てくるのだ。素早く銃を構えつつも、流れていく冷たい汗を意識せざるを得ない。
これまで、か。
いよいよ緊張が高まり、知らず相葉が口元に笑みを刻んだ、そのとき。
銃声がした。
相葉ではない。しかし新派の誰かが相葉へ向けて放ったものでもない。
全く予想だにしない、いっそ見当違いの方向から。
タ、という軽音の重奏。
それだけが空間を支配する――一瞬だけ。
直後、周囲が阿鼻叫喚に包まれた。
怒号、悲鳴、銃声。それが多重に混濁し、中心にいながら疎外されてしまっている相葉は、銃を構えながらも全く動くことができない。
何が起きている。
やがて、先程相葉と折笠へ投降を勧告してきた男が、撤退を命ずる怒声が響いた。つまり、包囲網を作っていた新派が、さらにその外部から何者かの襲撃を受けたということだ。――しかし当然、それは相葉の窮地からの脱出を意味するものではない。
その襲撃者が、超能力者だったら。
それも、二十人からの新派を退けさせるだけの戦力となる超能力者だとすれば、例え相手がひとりだったところで、相葉の状況に変化はない。
むしろ、より一層神経を研ぎ澄ませる。
乱戦一過。静まり返った戦場に、相葉は変わらぬ姿勢のまま潜んでいる。
誰かが近づいてくる。まっすぐに、相葉の潜む瓦礫の方へ。
足音が徐々に大きくなり、人影が足元にさす。それを視認して、一、二拍。
瓦礫から飛び出すと同時に、相葉はその人物へ銃口を向けた。訓練の成果として的を小さくするよう半身の構えで、射線は正確に相手の額を射抜いており、引き金にかけた指が瞬時の判断で弾倉に込められた銃弾を、
乱射させる寸前で、相葉の動きは止まった。
相葉の速度に咄嗟について行けず、驚きの表情のまま慌てて己の銃口を回頭させていたのが、相葉の見知った相手――綿池だったからだ。
死を覚悟して唇を引き結んでいた綿池は、動きを止めた相葉をようやく視認して、一気に破顔した。
「な、何だあんたか。全く、びびったぜ……思ってた以上にいい動きだな。油断した。マジで殺されるかと……あんた、前はこんな感じで味方殺しやっちまったんじゃねえか?」
全くそうということはないのだが、否定できない。思えば、折笠に遭遇したときにも同じ反応をしてしまっている。
安堵とともに銃口を上げると、綿池は拳を振って後方に合図を送った。するとそこらの物陰からぞろぞろと兵士たちが出てきた。どれも訓練場で見慣れた顔だ。
「筧班長の通信は聞いたな。まさかこの展開を見越して対策を打っておくとは、恐れ入ったぜ。正直、班長も子供だと思ってたんだが……驚いた。だがそれならそれで、事前に教えておいてほしかったもんだよな。その様子だと、あんたも新派のクーデターは寝耳に水のようだが」
綿池の言葉に、相葉は頷く。それに、
「折笠も、そうだった」
「……ああ。あいつは残念だった。もっと早くついていればな」
低い声で、綿池は言う。視線は、もう倒れたまま動かないそれに向いている。
「通信があったとき、俺は幸か不幸か移動中でな。周りにいた何人かに確認して、途中で襲われている奴らを救出しながら移動中だ。こんな状況じゃ、超能力者をどうこうしている場合じゃないからな。全滅する前に、さっさと合流せにゃ――あんたも来るだろ、先輩」
冗談めかした物言いに、相葉は無言で頷いた。味方が増えるというのは、この場合は相葉にとっても悪いことはない。何より綿池は折笠とは異なり、やはり戦場での歩き方を心得ている。
一刻も早く、筧や久坂と合流を。
ふたりは必ず生きている。相葉はそれを確信している。だから、
「行こう――急ごう」
おう、と綿池が答えて、再び戦場を動き始める。
折笠の亡骸は、もう見ない。




