03.グッドラック
「――あっれー? おっかしいねえ。どうしているんだろ。どうやって入ったんだろ? もしかして、敵? ――うん、そんなわけないよねー、敵だったら私、もうとっくに死んでるもんね? 油断油断。気を付けるよ。で、どうする? ――殺す?」
不穏な言葉が聞こえた気がした。が、まだ理解が追い付かない。
何の話をしている?
「――ああ、うん。わかったよコヒメちゃん。とりあえず作戦終了まで縛ってその辺に転がしておけばいいね。りょーかい。じゃ」
何やら、話がまとまったらしい――少女が耳から手を離し、こちらへ歩き始めた。
「――で、というわけで、あんた誰? いや、誰でもいいや。どうやってここにいるの? いや、それも今はどうでもいいんだった。と、り、あ、え、ずー」
歌うように言いながら、少女は彼の眼前まで流れるように歩いてきて――視界が回った。次いで、衝撃、絶息。
叫ぼうにも、声が出せない。
何をされたのか、わからなかった――が、何がどうなったのかは、わかった。
身体を、畳まれた。布団を畳むように、押し畳まれた。ザリ、と頬がアスファルトを削る。両手は背にまとめられて、土下座のような姿勢にされていた。朝早い時間でよかった、昼間だったら陽に灼かれたアスファルトで火傷するところだった――いや、それどころの状況ではないが。
カシャン、と。
両の手首を繋ぐように一続きに、固定される。
手錠。
「はい完了。あとはまあ、適当なところにすっ転がしときゃ大丈夫、と。――御免ねえ、でも殺されないだけマシと思ってよ。まあ死にたきゃ叫べばいいし、当面生きていたければ黙って転がってな――よ」
続けて両の足首まで手錠で繋いだ少女は、よ、の吐息であろうことか彼を肩に担ぎ上げた。とんでもない膂力――というわけではないようで、肩に載せた後若干ふらつく。恐らく、単純な剛力ではなく何らかの体術を用いたのだろう。手だけでなく、脚や腰も使っていた――もっとも、肩に担いでいるだけでも相当なものだが。
「もし運悪くあっちの誰かとエンカウントしたら、まあ即行で殺されると思うけど。そこはね、運を天に任せて、なんてね」
ふざけるように言いながら、少女は彼を、鼻唄混じりに運んでいくと物陰に軽く放り投げた。ちょうど建物の陰や角に重なって、あえて覗き込まねば目につかない位置だ。手足を拘束されている彼はされるがまま、受け身も取れず、ただ落下し、呻く。
そんな彼を顧みることなく、少女は立ち去って行った。
「んじゃ、グッドラック――お互いにね」




