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拳は魔法より強し  作者: 仇方花壇
第一試合
2/2

第2撃【権力は拳より強し】

 


 エルヴィナの手によって城に連行させられたラヴィオスであったが、鎖で繋がれて薄暗い地下牢に閉じ込められるなどといったこともなく、王城の一室に軟禁される程度で済んでいた。

 エルヴィナが出きる範囲で最大限の配慮を施した結果である。

 彼女がきちんと約束を守ったことに関して、ラヴィオスは意外などとは思わず、むしろ「あぁ、やっぱり」と納得していた。

 なんとなくではあるが、エルヴィナはそういう人物であると考えていたからだ。


「でも逆に言えば、俺なんぞ捕らえるまでもないってことだよなぁ」


 部屋に備え付けられたベッドの上で目を覚ましたラヴィオスはおもむろに呟く。

 捉え方の問題である。

 だが、こうして普通の部屋に何の制限もなく居られていることを考えると、そちらの色合いのほうが濃いように思えるのも仕方ないのかもしれない。


 それはさておき、改めて現状を整理しなければと思う。

 この身体つまりラヴィオスとしての記憶は神の名を語る存在とと出会う所から始まっている。

 それ以前の記憶は、ない。

 神となにか会話を交わしたという覚えすらない。

 分かっているのは、自分が神の手によってこの世界に送り込まれたという事実と、己の名前。あとは魔法の使い方である。

 分かっているというよりは、自分がもらった知識はと言ったほうが適切かもしれないが。



 ――いったい神は俺に何を望んでいるんだ。



 そんなことを思いながら、ふと視線を僅にずらし側にある窓のガラスに視線ををやる。

 そこには一人の男が映っていた。

 そして、その姿が自分だと気づくのにラヴィオスは暫しの時間を要した。

 この時初めてラヴィオスは自らの容姿を知ることとなったのである。


 どことなく残念。

 己の姿をラヴィオスはそう評した。

 闇を彷彿とさせる黒髪は男にしては量が大く、前髪ですら頬に達するほど伸びている。

 髪の僅かな隙間から覗かせる顔のパーツの類いは整っているといって差し支えはない。

 だが全体の雰囲気となると何処と無く気だるさを見る人に感じさせてしまうだろう。


 この見た目じゃ怪しいと思われるのも納得である。

 加えて服装は軽装ではあるが上下とも黒。

 全身黒ずくめの得体の知れない男を疑うなという方が変だろう。


 ――そういえば俺のことを教国の人間と疑っているようだったが……


 ラヴィオスからすれば教国の人間だったらどうしたというのが本音だ。

 この世界を取り巻く情勢はおろか、世間で一般常識とされることすらもラヴィオスは知らない。


 圧倒的ビハインド。

 零どころか負からのスタートである。

 加えて本来ならあるはずのシナリオは皆無。

 自分ををこの世界に送り込んだ神の意図を分かる余地などない。


 自分はこの世界に何のために送り込まれたのか。

 そのことがラヴィオスの頭をずっと悩ませている。

 前世というかラヴィオスである前の記憶がない。

 全く無いというわけではない。

 自分が前世は別の人間であり、神の手によって遣わされたのは紛れもない事実である。


「この状況じゃ身の振り方一つで展開なんぞおもいっきり変わるぞ……」


 よほど深く考えていたせいか、ラヴィオスの口から思わず声が漏れる。

 ましてや仮にも今は囚われの身なのだ。

 言動一つで殺されることもありえる。


 真っ先にやるべきなのは、自分の誤解を正すこと。

 教国の人間でないとわかれば、少なくとも殺されたりするリスクは抑えられる。

 逆にいっそ教国の人間のフリをして、「自分を殺したらまずいことになる」とか「自分は有益情報を持っている」と訴える策も考えたが、知識のないラヴィオスではすぐにボロが出るのがオチだ。

 しかもそういった類のことをしても、一時的な生存に過ぎず結局は殺されるのが関の山だ。

 一番望みがあるのは王国陣営に加わること。

 相手からすれば裏切りである。

 だが、不安も尽きない。


 第一にこの世界、少なくとも王国の中でラヴィオスが強者の部類に入らないかもしれないという話。

 それに、そこそこやるレベルだとしたら助からない見込みのほうが高いので、かなり強くなければならない。

 仮にも神から授かったものであるため、そんなことはないと考えられるが、ラヴィオスには一つ懸念があった。


 ――エルヴィナさんに全く歯が立たなかったんだよなぁ……


 そう。

 かなりのハンデがあったとはとはいえ、ラヴィオスはエルヴィナに負けているのである。

 仮にエルヴィナはさほど強くなく、ラヴィオス程度切り捨てるほどいたならば、文字通り切り捨てられるだろう。

 最もラヴィオスは身を持ってその強さを体感しているのでその線は薄いと思っており、実際その通りなのだが。


 第二に信用も信頼も得られないという話。

 これには二つの意味がある。

 協力を申し出たとしても、それを信じてもらえないということ。

 スパイになる可能性も否めない。

 簡単にいえば、裏切った奴が次自分たちを裏切らない保証などないということだ。

 もう一つはラヴィオスは誰からも信用されないということ。

 仮に受け入れられたとしても、自国の人間でないとは思われたままなのだ。それは語る以上に深刻な事態だ。


 それに、この世界での立ち位置を早々に決めてしまいたくはないとラヴィオスは思う。

 王国に属してしまえば他国からは当然王国の人間としか見られない。

 それこそ今の扱いとは逆に教国の人間からは敵視されてしまう。

 自分の目で見て、耳で聞き、脳で判断してからどう生きていくか考えたいのだ。

 そういう意味では旅をするのがラヴィオスにはあっているのかもしれない。


「結構詰んでるんじゃね……これ」


 考えれば考える程自分の置かれている状況が非常に不味いことが浮き彫りになっていく。

 が、これといって打開策が見つかるわけでもない。

 焦りや不安が当然のごとくラヴィオスの体に浸透していき、それが進むに連れてラヴィオスの独り言も減っていく。

 部屋には時刻を刻む時計の音だけが無情に響き渡る。

 そして囚われているという立場な以上、いつまでも放任されているわけもなく、決断の時はやってきた。


「入るぞ」


 その言葉とともにエルヴィナが部屋に入ってくる。

 ラヴィオスからすれば好ましくはない歓迎である。

 せめて後少しだけ時間が欲しかった。

 大体の骨子は出来ており、あとは細部を入念につめていくだけだったのだ。

 しかし、嘆いたところで何も変わらない。


 ――それに、もしかしたら時間をくれたのかもしれないな


 ラヴィオスには結構な時間思案にくれていた自覚がある。

 途中からはいつになったらくるのかという疑念と常に隣り合わせであった程だ。

 そう考えると、それもエルヴィナの配慮だったのかもしれない。


「もう大丈夫か?」


 その一言で確信にかわる。

 身体の事に聞こえるかもしれないがそうではない。

 やはり彼女は律儀であった。

 事実エルヴィナは連絡などすることがあったとはいえ、ラヴィオスにある程度の時間を与えていた。

 「捕虜にそんなことする必要ない」と毒づく輩もいたが、エルヴィナは自らの考えを押し通したのである。

 流石にそんな裏事情は知らないが、そこまでされたらエルヴィスも不満など言えるわけがない。

 逆に腹をくくるべきだと思った。


「あぁ。色々と助かった」


「ん、そうか」


 エルヴィナも特に否定することなく淡々と謝辞を受け取る。

 謙遜をするわけでもなく、かといって気取るわけではない。

 そこがエルヴィナの美点の一つである。


「いくぞ。ついてこい」


 後ろで一つに束ねた紺色の髪をなびかせながら、エルヴィナは背を向ける。

 行き着く先のわからない不安を抱きながらラヴィオスは深く息を吐いて、エルヴィナの後を追った。


 連れてこられた時は気を失っていたラヴィオスは、初めてあの部屋から出たので、エルヴィナに遅れないように注意しながらも、周囲に目を配り色々と情報を探っていく。

 そしてすれ違う人の格好や装飾の異常なまでの豪華さから、ここが城なのだと直感的に悟る。


「城に連れてこられてたのかよ」


「あぁ、言ってなかったな。ここが王国の中心、王城だ」


 エルヴィナは何も考えることなくそう答えるが、その時ラヴィオスが「あぁこの国の名前は王国というのか」と一人勝手に納得していたことには気づいていない。


「もしかしてエルヴィナさんって結構偉い?」


 ここが城だというのに自らの家のように平然と振る舞うエルヴィナを見てラヴィオスは確認の意でそう尋ねた。

 すれ違う人たちがエルヴィナのために道を開けたり、横を通り過ぎた時に驚いた表情を浮かべていたことからそう判断する。

 中には深々とお辞儀をする人までいた。


「確かに偉いとは言われる。だが、私は自分がしたことを偉いことだとは思ったことはない」


「なるほど」


 エルヴィナさんらしい答え方だ、とラヴィオスは思った。

 恐らく彼女は世間で言う良い事をした時も、「自分がそれをするのは当然だ」とか「私は自分に出来ることをしただけだ」とい態度をとるのだろう。


「それはそうと、あまりキョロキョロするな。気持ちはわからんではないが、知りたいことがあるなら聞け。答えられる範囲なら私が答えよう」


 ――それこそ、疑いの晴れていない自分にこんな風に気安く好意の申し出をするように。


 それはそうと、流石にあからさま過ぎたかとラヴィオスは心のなかで反省する。

 そして、エルヴィナの歓迎はありがたかったので、何を尋ねるか考え始めた。

 たくさんの聞きたいことの中から、エルヴィスの立場で質問をして大丈夫なものを選び、その中で最も知りたく最も益のあるやり取りになり得るものを絞り込む。


「それじゃ一つ。エルヴィナさんって強いんですか?」


 それを口にした瞬間、今までの会話は歩きながら肩越しでしていたエルヴィナの足が止まる。

 そしてゆっくりとラヴィオスの方へ身体を向けた。

 当然顔もそちらに向かうわけで、その鋭く射抜くような視線がラヴィオスを貫く。


「それはどういう意味だ?」


「エルヴィナさんが思った意味でいいですよ」


 そう言ってラヴィオスは不敵な笑みを浮かべる。

 駆け引きはすでに始まっているのだ。

 エウヴィナからすれば敵国の捕虜がその質問をするというのは、王国の戦力がどれほどのものかを聞いているのと同義だと考える。

 だが、あまりにも直接的すぎるのだ。

 なにか他に意図があるのでは無いかという方が普通である。


 ――せいぜい悩め、疑え、畏れろ。


 もちろんラヴィオスにはエルヴィナの実力が世間で何処までの上位に食い込むのか知りたいという気持ちもある。

 だが、今必要なのは謎の男ラヴィオスを作り出すこと。

 何も素性はわからない、不気味にすら覚える存在を演じきる。

 それがラヴィオスの考えぬいた苦肉の策。

 そのためには申し訳ないがエルヴィナを利用することも厭わない。

 ラヴィオスの見立てでは、エルヴィナはこの手の駆け引きに不得手である。

 類を見ないほど真っ直ぐな人で、よくも悪くもセオリー通りの思考をしてしまう。

 それに気づいていた上で、ラヴィオスはエルヴィナに質問を振った。

 そして狙い通りエルヴィナは悩んでいた。


 目の前にいる男が不気味であった。

 言葉の調子や言動、漂う雰囲気ですら本物がどれかわからない。

 つかみどころのない男である。


 エルヴィナはラヴィオスの真意を落ち着いて探る。

 思い浮かんだ考えを一つずつ、頭の中で消していく。

 だが、もちろん絞りきれる筈もなく当然正解は得られない。

 普通ならばここで多少なりとも行きづまるものだが、エルヴィナにはそれは一切見られなかった。

 エルヴィナは自分の弱点をよく理解している。

 だからこそ潔く割り切れる。

 自分の弱さを理解している人間は、強い。


「私は、強いぞ?」


 不敵な笑みと共に放たれたその言葉を聞くまでもない。

 ほんの少し前には自分が握っていた主導権を一瞬にして奪い去られる。

 そのことを認識したラヴィオスは悔しさの感情を抱く。

 そして意図してかは知らないが、エルヴィナは追い打ちをかけるように言葉を続けた。


「だが、私は最強ではない。現にこの部屋の中にも私より強い奴はいる」


 そう言ってエルヴィナが手をかけたのは、これまで城の中で見てきたものとは明らかにモノが異なる荘厳な扉。

 気がつけば辺りから人の姿は消え、その場所の雰囲気が城の中枢であることを物語っていた。


「判断を間違えるなよ」


「なんの判断?」とラヴィオスが聞き返す間もなく、エルヴィナは扉を押して中に入っていく。

 扉の先にあるのは暗闇。

 一辺たりとも光は差し込んでいない。

 進んだ先になにが待ち構えているかもわからない。

 だが進むしか他はないのだ。


「いきなりラスボスとかはほんと勘弁してくれよな」


 かすかに自虐的な笑いを浮かべながらそう言ってラヴィオスは暗闇の中に身を投じた。


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