第五話 邂逅と、覚醒
上空から近づいてくるナニカをどうにか捉えようと、最後の力を振り絞り生やした3本の触手を上方にかざすミーニャ。
と丁度その真上から、
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」
――女の子が、錐揉み回転しながら突っ込んできた。
尋常ではない速度で落ちてくるその女の子は、地表との距離を瞬く間に縮めていき、そして――
『グシャッ』とも『ベチャッ』ともつかない嫌な音を立てながら、ミーニャを叩き潰すようにして地面に激突した。
…しばしの沈黙ののち、
「~~~!!!」
女の子が、頭を押さえつつ涙目になりながら地面を転げまわる。
あの高さ、あの速さで地面に激突すれば、通常であれば間違いなく潰れたトマトよろしく真っ赤な肉塊になってしまうはずである。にもかかわらずその女の子は、かなり痛そうな声にならない声をあげてはいるものの、外傷らしい外傷は一切負っていなかった。精々が、転げまわった拍子に服や体、えらく長い髪に土がついた程度である。
その後もひとしきり悶えに悶えた後、女の子は土ぼこりを払うこともなくその場に胡坐をかいて座り込み、
「おのれ父上ッ…!実の娘に何たる仕打ち……!」
幼い外見にそぐわぬ尊大な喋り口で、今しがた自分が降ってきた上空を忌々しげに睨み付ける。
「魔力を封印してから来いというから行ってみたら、まさか封印状態で人大陸に飛ばされることになるとはのぅ……!!」
「しかも『飛ぶ』ではなく物理的に投げ飛ばすなぞ……少しは常識というものをじゃな……」
女の子はいまだ空を睨みながらブツブツと怨嗟の言葉をつぶやいていたが、やがて怒りをぶつける相手がはるか遠くにしか居ないことを思い出しかぶりを振る。
「というか魔晶石を持って行って良いのなら、封印状態で飛ばす意味はないじゃろうに……下手をすれば本当に死んでいるところじゃ…」
届かないと分かっていても、堪え切れずに愚痴を垂れながら、黒を基調に作られたドレス風の服―いわゆるゴシックロリータ調―の胸元をごそごそとまさぐる。
「……いや、案外生身で大陸間飛行するのも一つの試練なのかもしれんな……兄上たちならこれくらい何とかできそうだし………全く、自分の脆弱さが嫌になるわ……なんで我はこんなに中途半端なのかのう……はぁ……正直へこむわ………っと、あったあった」
段々と自己嫌悪に陥りながら、薄い胸元から目的の物を取り出す女の子。
それは、石だった。
まん丸で大きさは人間の瞳ほどの、一見すると、いや目利きの宝石商や鑑定士などに見せても、誰もが「ただの石だ」と言うような、何の変哲もないように見える石。
女の子の手には全く同じそれが、五つ乗せられていた。
「あぁ、良かった良かった。落としたりはしとらんようじゃの」
女の子は数の不足が無いことを確認すると、それを再び胸元にしまい込み、
「さて、とりあえず我が掘ってしまった穴くらいは埋めるとするか……んん?」
地表が抉れ、むき出しになった核の半分ほどがすり潰されて虫の息になっているミーニャを発見した。
「んん~?スライム、いや触手種か。死にかけておるようだが……」
首を傾げながら、死にかけのミーニャと夜空に交互に目を向ける。しばらく考え込んだ後、言葉も振る舞いも、触手種には理解できないにもかかわらず、
「……すまぬ!!」
律儀にも申し訳なさそうに頭を下げた。
「まさか触手の上に落ちてしまうとは、面目ない…。全く父上め…っと、いや、これは落下地点に気が回らなかった我の責任でもあるな……本当にすまぬ」
どう見ても言葉が通じていない、よしんば通じていたとしても明らかにそれどころではない容態のミーニャに何度も頭を下げる女の子に、当然ながらミーニャは何の反応を返すこともない。
「というかこれ、もしやおぬしがクッションになってくれたおかげで、我は怪我をせずに済んだのではないか?」
不定形種はクッション性が高いと言うしのう、と一人納得したように頷く女の子。
「うーむ、自分の怪我を見ず知らずの触手に肩代わりさせたとあってはディアボリカ家の名折れ。…よし、その怪我は我が責任をもって直して見せよう!」
怪我という程度では到底済まされないミーニャを助けようと奮起する……が、
「とはいったものの、我は回復魔術の類は使えぬのじゃ…どうしたもんかのう」
栄養失調と物理ダメージのダブルパンチで、今度こそ本当に死が間近に迫っているミーニャを尻目に、女の子は再び頭を悩ませ始める。
「触手、触手、兄上は何と言っておったか……たしか『触手種とは、限りなく魔物に近い魔獣である』だったか?……ふむ、魔物、魔物か…」
何かを思い出そうとするかのように頭をコンコンと小突きながら、少しの間ブツブツとつぶやいていた女の子は、やがて妙案を思い付いたとばかりに顔を上げ、
「魔物なら肉体は魔力で構成されているはずじゃから、内側からこう…魔力を流し込むとかそういう感じでどうじゃ?」
大変アバウトな治療方針を告げながら、「どうじゃ?」などと聞かれても返答できるはずもないミーニャの方を覗き込む。
「あ…思ったよりもまずい状況じゃの…」
今にも溶けて無くなってしまいそうなミーニャの姿を見て、最早一刻の猶予もないことにようやく気付いた女の子は、胸元から先ほどしまい込んだ石を一つ―
「足りるかのう……ええい、恩人相手にけち臭い真似はせん!もう一個じゃ!」
いや二つ取り出すと、いよいよ崩壊を始めたミーニャの核の中に腕ごと突っ込み、思い切り握り砕いた。
――その瞬間、
砕かれた二つの石から、深紅の光とともに膨大な魔力があふれ出し、ミーニャの核を包み込む――
「ど…やら、成功……よ……な」
―――声が、聞こえる
「い…ぁ、良かっ…、良か…た」
――――なに?
「声は聞こ…るかの?…目は?触…種には無い…だったか?」
―――――『声』?『声』ってなに?
「その様子…と見えておる…うじゃのう」
――――――『見えておる』ってなに?
「ふむ、余った魔力はもう一度魔晶石と…て封じておくか。ほれ、大事に使うんじゃぞ」
―――――――なに?なに、なに。なに―――
「では、我はそろそろ行くとしよう。じゃあの、縁があればまた逢おう」
――――――――『なに』って、なに?
次回からようやく本編スタートです。不定期&ゆっくり更新になるかと思いますが、一人でも読んでくださる方がいるとめっちゃうれしいです(2回目)。




