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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第五章<精霊教都市編>

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閑話 そして時は過ぎ

 多くの人族が住まう人大陸。その北部、東西どちらの都市圏からも離れた森の中に、小さなエルフの村があった。


 いつからあったのか、最早誰一人として知る者がいないほど長い年月そこにあり続けた村は、小さいながらも確かなコミュニティとして存在し、そこに住むエルフたちもまた、森の恵みを糧に生きるのんびりとした毎日に特に不満を抱くこともなく暮らしていた。


 良くも悪くも変化に乏しいこの集落で、しかし近頃起きた変化と言えば、そう。

 最長老の老女の死と、その孫達の旅立ち。


 概ね、その程度のものだった。





 






 集落内に点在する家のうちの1つ。


 かつて、この村で最も長く生きた老婆と、その娘夫婦、そのまた2人の娘達が暮らしていた家には、今は夫と妻の2人しか残っていない。

 近くに住む、エルフにしては妙にガタイの良い親戚がよく入り浸ってはいるものの、かと言ってその親戚が、いつでもその家にいるという訳ではなく。

 夫婦水入らず、穏やかに暮らすその家は今、確かに、その夫婦のものだった。













 ほんの僅かではあるが、日が盛んな季節の雰囲気が近づき始めていたその日。

 家の中には、現在の家主である夫婦の姿すら見えなかった。


 もぬけの殻となった家の、今はだれも使っていない2階の一室。

 かつて、夫婦の子供であるエルフの少女と、同じく夫婦が我が子だと言って憚らなかった、人ならざる一匹が褥を共にしていた部屋。

 その部屋の扉にはある時から、印が付けられるようになった。


 ナイフか何かで付けられた、短い縦の傷。

 1日に1筋と決められ、夫婦で交互に、毎日絶やさず付けられ続けたその傷は、鋭く真新しいものから、まるで何度も指で撫でられたかのように傷口が丸くなったものまで、様々あった。


 1つ1つが微妙に長さの異なる無秩序な傷跡達はしかし、扉の左上から右へ向かって、端へ至ればまた一段下の左から右へと、秩序だって並べられている。傷は扉の上部にしかなく、まだ平らな部分の方が圧倒的に多い。それはまるでその扉が、これからまた長い年月の間、傷を刻み続ける事が可能なのだと、そう言っているようだった。


 よくよく見れば扉の前の床には、上の方に傷を付けるべく毎日そこに置かれた踏み台の足によって、これまた小さな傷がいくつか付けられていた。幾日もの積み重ねの末にいつか、踏み台が必要ない所まで傷跡が到達するには、一体どれほどの月日が必要なのだろうか。

 夫婦はその日まで、いや、その日を超えても。きっと毎日、交代で傷を付け続けるのだろう。


 愛情と、気楽さと、心配と、その他諸々。

 それから、少しの寂しさを込めて。


 

 あの日始まった最も古いものから、今朝、妻によって付けられた最も新しいものまで。

 扉に刻まれた傷の数は、占めて365本になっていた。















「あの子達が旅立ってから、今日で1年になるのよ」


 家の中にはおらずとも。

 家のすぐ外、裏手にある小さな石碑の前に、夫婦は揃って佇んでいた。



 石碑に小さく刻まれているのは、家名と、今は亡き先祖達の名。

 夫婦にとってはその殆どが顔も知らぬ者達ではあったが。その中の、数少ない知った顔である一つ、つい1年と少し前までは村の最長老だった人物の名に向かって、その娘は穏やかな表情で語りかける。


「ねえ、1年よ?1年」



 言われなくたって知ってるよっ。

 毎日毎日、今日で何日だ、今日でどれくらい経ったって。

 300を超えたあたりからは、あと何日で1年だ、って。

 散々、耳にタコが出来るくらい聞かされてきたからねぇっ。



 その名の主が聞いていれば、或いはそんな風に答えたのだろうか。

 


「1年……長いような、短いような。よく分からないわ」 


 時がのんびりと過ぎるこの集落では。

 何もなさずに過ごすには、1年は長く。何かを想い過ごすには、1年は短い。

 変化に乏しい集落では1年は長く、しかし過ぎてみれば、まるでつい昨日のように、最近の事にも感じられてしまう。


…或いは。

 人であろうとした一匹がこの集落で懸命に過ごした1年は、早く、されど忘れられぬほど色濃い、そのようなものだったのだろうか。














 それは、春と夏の狭間のある日。



「私ね、今から楽しみなの」



 照る日は、佇む夫婦も家もものともせず、石碑を照らし。



「あの子達が帰って来て……ううん、ちょっと寄り道して、でもいいわ」



 風は妻の、娘と同じ色の髪を優しく揺らす。



「いっぱいいっぱい、色んな土産話をしてくれるのを」



 木々はただ、そこに佇み。



「…ただ。最近こうも思うの」



 森はただ、彼らを見守る。



「その時私達からも、あの子達に何か、見せてあげたいなって」



 そして。










「例えば……そう、新しい家族、とか」



 ほんの一滴の、青空に似合わぬ妻の色香は、夫の頬を大いに赤くした。














 その日もまた、これまでと同じように。

 そしてまた、これからと同じように。



 多くの人族が住まう人大陸。その北部、東西どちらの都市圏からも離れた森の中に。

 小さなエルフの村は、何事もなくそこにあった。



 かつては4人。

 やがては5人に。

 そして今は、2人の家。



 その家が、『3人』の家になるのは。

 まだ、しばらく先の話。

 











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