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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第一章<覚醒編>

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第四話 迫り来る終焉

 セレナが、探しに来た祖母と共にミーニャの元から家へ戻ってから、何時間が経った頃だろうか。


 最初にその音に気付いたのはセレナだった。

 そのあと直ぐに母が、やがて少し耳が遠い祖母が、森の奥から聞こえてくるその音に気付いた。セレナが慌てて家の外に飛び出してみると、どうやら他の家の人たちも音に気付いていたようで、各々耳を澄ませたり森の奥に目を凝らしたりしている。


 最初は何か音がするな、程度にしか聞こえなかったものが、やがてだんだんと大きくなり、集落に近づいてくるのがはっきりとわかった。



――ガチャンガチャンと、金属質のモノを打ち鳴らす音、


――ずるずると、何か重いものを、そう、例えば大きな生き物の死体なんかを引きずってくる音、


――そして、濁った、幾重にも重なった怒鳴り声。




「…ッ!」


震えるセレナの体を、母が強く抱きしめる。


「大丈夫…大丈夫だから…!」


そうセレナに告げる母も声は引きつり、体はがくがくと震えている。




そうしているうちにも声はどんどん近づいてくる。


あの怒鳴り声…ついにあいつらが来たんだ。そして、あいつらがここまで来たという事は―




「…ッ!……おとうさんっ……ッ!…ゥゥ…!」




ダメだったのか。みんな、殺されたのか。




 セレナだけではない、母も、祖母も、残った村人全員が、訪れた愛する者たちの死に、これから訪れる自らの死に、絶望の涙を流す。




「くそっ…!……くそぉっ…!」

「…ぁぁ……」



セレナの視界の隅で、老夫婦が泣き崩れている。


「(もう、いいや)」


遂に諦念が心を支配し、周囲の様子を妙に遠い目線で眺めながらセレナは、彼らが現れるのを間近に感じていた。



ほら、来る。もう少し。あと少し。ほら、あそこ。木々の隙間から―














「「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」」






――めっちゃハイテンションなエトナが雄叫びを上げながら出てきた。


――しかも筋肉ダルマたちに囲まれながら。















「いやぁ、集落を出たときはホントどうなるかとおもったぜ!!」


 その日の夜。村で最も広い場所、「出入り自由」で、主に祝い事や結婚式のときなんかに使われる、すし詰め状態ながら村人のほぼ全員が入ることのできる大きな広場にて。



村を挙げての大宴会が催されていた。





「セレナにも見せたかったなぁ!あたしたち「飛び散る汗!!弾ける筋肉!!!」の活躍をよぉ!!」


べろんべろんに酔ったエトナが、セレナに向かってもう何度目か分からない武勇伝を語ろうとしている。


「はいはい、筋肉ダルマさんたちがオークをちぎっては投げちぎっては投げだったんでしょ。スゴイスゴイ」


 最初のうちはまだ楽しめたのだが、流石に10回を超えたあたりから聞くのが苦痛になってきた。というかエトナが語りだすたびに周りの筋肉どもが「ウオオオオオ!!」だの「オリャアアアアア!!」だの「ワッショーイ!!」だの叫び出すせいで物理的に耳が痛い。


「どーだ!ちったぁあたしのこと尊敬したかぁ?えぇセレナよぉ!!」

「尊敬した尊敬した」

「がっはっはっは!!そーかそーか!それならいいんだよ!!いやー気分いいぜぇ!」

「「「「がっはっはっはっはっは!!!!」」」」


 再び始まる筋肉ダルマたちの汗臭い大合唱。正直キッツイ…



 まあ、態度でこそ邪険に扱っているが、実際のところセレナはエトナのことをかなり見直していた。というかエトナ以外にも、オークを見事打ち倒してきた討伐隊の人たち全員を村を救った英雄として尊敬していた。




 そう、無事に討伐せしめたのである。オークの群れを。

 それだけではない、なんと一人の死者も、重傷者すらも出さなかったのだという。軽い怪我や、骨折などをした者は何人かいたが、彼らはすでに回復魔法による治療を終え、今は家族や恋人たちと心の底から嬉しそうに飲み、騒いでいる。



 なんでもオーク達はここ何日もまともに食べておらず、森をさ迷い歩いていたことも相まって、討伐隊が発見した時には既に満身創痍だったそうだ。そこを、元の強靭な肉体に加え魔法によって身体強化が施された筋肉ダルマコミュニティ「飛び散る汗!!弾ける筋肉!!!」のメンバーが強襲。散り散りになったところを魔法や弓によって撃破していったのだとか。

 遠くから筋肉ダルマ共の暴れっぷりを見ていた、弓担当のエルフたち曰く、


――最早どっちがオークか分からないくらいだった


とのこと。

 エルフ族の名誉のために言っておくと、「飛び散る汗!!弾ける筋肉!!!」のようないわゆる脳筋はエルフ族の中でも極々少数派であり、殆どのエルフは知識と魔法を重んじる森の賢人たちである。




 ともあれ、全く被害を出さずにオークを討伐できたことを大いに喜んだ村人たちは討伐隊の者たちを英雄として称え、村を挙げての盛大な宴会を開くこととなったのであった。

 広場の中央には村まで引きずってきたオークリーダーの首が置いてあり、村人たちが交互に訪れてはおっかなびっくりそれを眺めている。


 そこから少し離れたところでは、この村最長老にして「集え元気な130歳以上!まだまだ現役ジジババの集い」のリーダー格、セレナの祖母でもある老女が魔法で見世物か何かをして場を大いに盛り上げていた。


 無事帰ってきたセレナの父も、今は広場の片隅で母と仲睦まじく酒を飲み交わしており。というかこの雰囲気、完全に今夜はお楽しみだ。きっとセレナの両親だけでなく、今日はどこもそんな感じなのだろう。


 まぁ今日くらいはいいかと苦笑しながら、セレナは昔使っていた耳栓はどこにしまったのだったかと考えを巡らせる。

そんな取り止めのないことを考えられる今を、この上なく幸せに思いながら。














 エルフの村が祝杯ムードに湧いている中、村のはずれにて、ひっそりと一つの命の灯が消えようとしていた。




 そこは、男子禁制の広場の片隅。

 普段は元気に触手を蠢かせているはずのミーニャはしかし、触手種の数少ない死因の一つである栄養失調によって、今まさに死ぬ寸前にまで衰弱していた。


 ここ数週間のあいだミーニャは、生きたオスの生物と一切遭遇せず、これまで定期的に摂取できていた生物の体液を得ることができなくなっていた。

 触手種は、寿命という概念が無いこと、地中にある核を完全に消滅させられない限り(時間はかかるものの)粉々になった身体をも再生が可能であることから、程度の低い生命体でありながら驚くほど強靭な生命力を持っているとされている。

 しかし、いくら強靭とはいえ、流石に養分を全く必要とせずに生き永らえることができるほど、生命体の枠をはみ出してはいない。

 ここに来て全く餌にありつけなくなったミーニャは、これまでに蓄えてきた養分を少しづつ消費し延命しながら、それでも迫りくる終焉(餓死)の時を座して待ち続けるしかなかったのである。



 それもこれもオークがやってきて森から生き物たちが逃げ出したせいなのだが、そんなことは知る由もないミーニャには最早、細く弱り切った触手を儚げにゆらゆらと揺らすことぐらいしかできない。




――と、



果たしてそれは、エサにありつき少しでも長く生き永らえようとする生命の本能によってか。


それとも、或いは。意思無き身にてなお何かを感じ取ったのか。




ミーニャは、自身のはるか上空から高速で飛来する何者か(・・・)を感知した。






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