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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第四章<人大陸西部編>

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閑話 とある獣人の芽生え

 当時、まだ幼い身の上の私に降りかかった不幸は、それなりにごくありふれたものだった。


 人族が、魔物や魔獣を、ただの獣すらも完全に駆逐できていない以上、そういった類が村や集落を襲うという出来事は、きっと毎日のようにこの世界の何処かで起こっているのだろう。


 それが私の場合は、たまたま年端のいかない幼子の頃に起こって、たまたま私だけが生き残る事ができて、たまたまその後人間に拾われたという、それだけの事。



 今でこそもう過去の事として、起こってしまった悲しい出来事として受け入れる事が出来ているけれど……当然ながら、当時の私にとっては相当にショックな事だった。





 まだ日も昇らぬ内から妙に騒がしくなった外の雰囲気に目を覚まし、同じく不審がった父と一緒に、寝ぼけ眼を擦りながら家の扉を開けた瞬間。


 たまたま扉の前にいた、よく分からない魔獣の類に父が食われた。


 この時私も一緒に食われなかったのは多分、倒れ伏した大柄な父の、食われずに残った半身と濃い血の匂いが、小さな私を覆い隠してくれていたからなのだろう。



 助かってからもしばらくは、何度も悪夢にうなされた覚えがある。

 欠伸をしながら扉を開ける父。食われる父。食われる私。寝室にいた母の断末魔も、何度も聞こえてきた。


 起きている時も常に怯えていて、扉を開ける事すらも怖かった。開けた先に、父と私の半身が転がっているような気がして。


 これも一つのトラウマ、とでもいうのだろうか。

 乗り越えた今でも、特に気を張っている時には、向こう側に何があるのか分からない扉に対しては、過度に警戒してしまう癖がついてしまった。

 今一緒に旅をしている2人もその事には、何となく気付いていると思う。




 そんな、それなりに不幸な目に遭った私はしかし今、獣人でありながら元気に巡礼官なんて仕事をしている。

 それは、魔獣が現れそして去って行った後の、まだ血と死が色濃く残る村にたまたま居合わせた男性が、精霊教徒だったから。



 獣人の集落にわざわざ足を運ぶ事からも分かるように、彼は精霊教徒としては何処か変わっていて、普通はもう教都か、或いは何処かの教会辺りに腰を落ち着けていてもおかしくないくらいにはいい歳だったのに、元気に巡礼官なんてしていた。

 だからこそ、私は運よく拾われた。


 心身ともに憔悴しきっていた私を引き取り育ててくれた、私にとってはもう一人の父のような人だ。




『義を忘れる事なかれ』



 友情にしろ愛情にしろ、人との間にある『義』を何よりも大事にしろというのが、私の生まれた村の教えだった。


 だからこそ私は、あのまま野垂れ死にしてもおかしくなかった私を拾い育ててくれた彼の恩義に報いようと、研鑽を積み、旅を続けるにはいよいよ体が厳しくなってきた彼に変わって、巡礼官として各地を回る事にした。


 何が一番の恩返しになるかと聞かれ、「自分に変わって、少しでも小さな村の人々の助けになって欲しい」と言った彼は今頃、教都で司教としての余生をゆっくり過ごしている事だろう。












 そうして、確か12か13の頃に旅に出てから、つい最近までの……多分7、8年くらいか。

 私はずっと、一人で旅を続けてきた。

 

 恩人の望み通りに、大きな町よりは小さな村や集落を優先して訪ね、獣の耳を訝しがられる事も多くありながらも、黙々と仕事をこなしていった。

 いつだったか立ち寄った獣人の村で「やはり通な獣人はコレだろう」と渡された刀は、今では私の愛用の武器になっている。

 今は少し、刃が欠けてしまっているけれど。



 勿論、武器以外にも得たものは沢山あった。



 私が獣人である事など気にも留めずに歓迎してくれた精霊教徒達に、人の温かみを知った。


 あからさまに邪険に扱ってくる人達から、雑言のあしらい方を学んだ。


 時に頼まれて、時に旅費を稼ぐ為に、魔物を狩って嫌と言うほど実戦の経験を積んだ。


 精霊見たさに精霊宮に足を踏み入れた教徒を庇って片足を潰された時には、外聞もなく泣き叫んでしまうほどの痛みと、幼い頃とは違った、じわりじわりと迫ってくるような死の恐怖を味わった。


 何人もの子供を殺した、いかれた殺人鬼の首を刎ねた時は、人の体を断ち切る感覚に思わず吐いた。



 良い事も悪い事も全部、今を生きる私の糧となっている。










 旅の楽しみは、肉。

 個人の嗜好か獣人の血か、どうも私の舌は肉類を好むようだ。


 行く先々で色々な肉の、色々な料理を食べた。

 全く同じ肉、全く同じ調理方法でも、地域によって味が変わる事を知ってからは、益々色々な肉料理に手を出すようになった。

 

 魔狼の肉を食べた事もある。

 普通の狼の肉よりも野性的で私好みの味だったが、その後しばらく体調を崩し、やはり魔獣の肉は食用には向いていないのだと身をもって知った。

 

 近くに湖がある集落で魚料理を食べた事もあるが、残念ながら肉には及ばなかった。

 肉は良い。良いものだ。















 しばらく前までは、良い思い出も悪い思い出も、美味しい肉料理を食べる一時の幸せも、私は常に一人で味わっていた。


 勿論、人と関われば会話はする。人と関わるからこそ、良い思いも悪い思いもする。

 しかし、旅の中で継続的に関係を持ち続けた人などおらず、誰かと寝食を共にする事などほとんど無かった。

 元来が特に面白くもない性格。獣人でありながら精霊教徒。そんな私と長く関わり続けようという人など、誰もいなかった。



 そんな独り旅に私は、今にして考えればどこか、一抹の寂しさのようなものを覚えていたのかもしれない。

 だからあの夜、見ず知らずの少女2人と同じ部屋で寝る事を、良しとしたのだろうか。



 本人達曰く『家族』である2人は、その容貌の違い以上に、初日の夜の様子から何やら只ならぬ(・・・・)関係なのではと思わせるような雰囲気を醸していたのだが…


 実際のところ、私の不埒な邪推を遥かに超えるような大きな秘密を抱えていたという事を、この時はまだ知る由も無く。

 ただ、ちぐはぐな私に気兼ねなく接してくれた2人と寝る直前まで会話をしたりして、「こういうのも良いものだな」なんて考えたりしていた。


  

 

 そんな、何処か変わった2人と一緒に探索した精霊宮は、私も初めて遭遇する、複数の精霊が一緒に守られているものだった。


 同伴した他の巡礼官達は後に「そのような貴重な精霊宮だったなんて感激です」などと言っていたけれど、正直彼らが余計な事を言いださなければ私も2人も危険な目に遭わずに済んだのだから、出来ればもう少し反省してほしいものではある。

 


…だがまあしかし、あの部屋に閉じ込められた事によって彼女の正体を知る事ができたのだし、今もこうやって共に旅をしていられるのだから、そういう意味では少しくらいは、彼らに感謝しないでもない、かも知れない。


 ともかく、罠に嵌った先で私は彼女の正体を知り、そして、人と魔物でありながら強い絆で結ばれた彼女達2人の関係を知った。

 


 彼女の小さな体が無数の触手へと解けていく様は衝撃的で、ゴーレムに殴り飛ばされた痛みも忘れるほどに、混乱してしまったけれど。

 その、全霊を賭して私達を守り戦っている姿を見て、村の教えを思い出した。


 私が生まれて初めて抱いた友愛の情と、命を救われた恩。

 その義に報いなければと、そう思った時、体が勝手に動いていた。



 事が終わって、片や半裸で、片や触手を蠢かせて、悩ましげな声を漏らしながら抱き合っているのを見た時には、やはりそういう(・・・・)関係なのではと、内心疑ってしまったのだが。

 まあなんにせよ、その事が切っ掛けで私は、彼女が人ではない事を知り。そしてそれでもなお、友人でい続ける事を選んで。


 やがて私達は、共に旅をするようになった。





 










 ミーニャさんと、セレナさんと。

 初めての友人達との3人旅は、その…凄く、楽しい。



 ミーニャさんは、小さくて、無表情で口数も少なくて、でもとても純粋で心優しくて。

 セレナさんは、いつも元気で、一見能天気なようにも見えるけれど、でも、特にミーニャさんの事になると色々と考えている様に見える。


 2人とも好奇心旺盛で、初めて見るものに興味津々で。行く先々で、笑顔が絶えない。

 一緒にいると、私の方まで気分が高揚してくる。


 以前の1人旅だって決してつまらなかった訳ではないのだが。

 今は、一秒一秒、その瞬間瞬間が、あの時よりもずっと色付いて見える。


 ああ、こういうのがきっと『旅』というものなんだな。






 




 セレナさんの事は、良き友人だと思っている。

 ミーニャさんも勿論、そう思ってはいる、けれど。



 何というか。

 ミーニャさんは、とても純粋で無垢だ。

 セレナさんの家族に『人』として育ててもらったらしく、立ち振る舞いや言動なんかはまさに人そのもので、それどころか、私なんかよりよほど聡明な方なのだが。



 その一方で、何処か幼さもある。

 一見、感情の起伏に乏しいように見えるが、しかし。外から見ていて分かりにくいだけで彼女は、日々色々なものに心を躍らせている。

 初めて見るもの、初めて聞く事。知りたいと願い旅に出たという彼女は、それこそ何にでも目を向け、何でも己が糧として取り込んでいく。


 新しい何かを発見した時の彼女は、子供のように純粋に、楽し気に、そして真剣にそれを考察する。

 その様子は何というか、知的なのだけれど、同時に可愛らしくもあるというか。眺めているうちに、思わずこちらの表情が緩んでしまうというか。

 セレナさんもよく、ミーニャさんの様子を眺めてニヤニヤとしている。

 


 それから、とても優しい。

 初めて会った夜、野宿するといった私に同室を申し出てくれた時も、精霊宮で教徒達の我が儘を受け入れ、また私とセレナさんを守ろうとしてくれた事も。

 旅をしている上でも彼女は、私達の事を良く気遣ってくれている。触手である自分の性質を活かし、自ら危険を買って出てくれる時も多々ある。

 そこらの人なんかよりもよっぽど、良い心根をした人物だと思う。

 


…そして、何処か危うくもある。

 ミーニャさんは純粋で、聡明で、幼さもあって、そして心優しい。

 しかしそれ故に時々、何というか、見ていて不安になってしまう事もあるのだ。



 少し前にも林中の集落で、彼女の心を大きく揺り動かす出来事があった。

 彼女の同族、触手種を討伐する依頼。


 明らかに様子のおかしくなったミーニャさんを見て私は「やはり同族を狩るのは心苦しいのだろうか」なんて、全く的外れな事を考えていた。


 彼女の葛藤はそんな単純なものではなく。

 彼女が触手でありながら、人でもあるが故の苦しみ。


 正直なところ、私やセレナさんからしたら悩むべくもないものなのだが。彼女はそれを聡明過ぎるが故に、そして純粋過ぎるが故に、深く考え重く受け止め、あんな事になるほど苦悩してしまった。



 小さく弱ってしまった彼女が、問答の末に胸の内を吐露するのを聞き、彼女の事を何も分かっていなかった自分自身に怒りすら覚えた。


 友人だ何だと言っておきながら私は、恐らく根本的な所で彼女を理解出来ていなかったのだ。


 彼女は人でありながら、触手。

 彼女の内には『人』である部分と、『人ならざる』部分というものが、どうしても分かたれて存在している。だからこそ彼女は、彼女にしか持ちえない悩みを抱えていて、そしてそれに、私は気付けなかった。



 自分を不甲斐無く思うのと同時に、「何かが違う」と、そう感じ取る事ができていたセレナさんを、羨ましくも思った。

 彼女は私より、ミーニャさんの近くにいるのだ。そう思った時心の中に、尊敬と、羨ましさと、少しのくやしさが芽生えたのに気付いて、密かに、驚きを覚えた。

 そういう感情は、初めてだったから。


 

 今まではただ、見ているだけだった。友人として、ただ接しているだけだった。


 でも今は。

 もっともっと、ミーニャさんの事を知りたい。


 もっと彼女の事をよく見て。

 もっと彼女の事を理解して。


 その可愛らしい姿を。その優しい心を。もっと知りたい。

 人としての彼女も、触手としての彼女も、全部。

 少しでも、力になりたい。彼女の危うさを、少しでも、支えてあげたい。

 

 そんな初めての気持ちが、今、私の中でどんどん強くなっているのを、自覚する。




 彼女から、目が離せない。




 出会ってまだ数か月。だというのに私は、ミーニャさんにすっかり入れ込んでしまっているようだ。
















……ただ、その。

 やはり何というか……触手としてのサガ、なのだろうか。


 時折セレナさんの体に、幸せそうに触手を這わせていたり。鞄の底に、触手による如何わしい本が隠されていたり。何かにつけて、私の、汗も、吸おうとしたり。




 そ、そういうのは、その。

 嫌……と、いう訳では、ないのだが。


 私達には、まだ、早いような。

 もっと、何というか…お互いの事を、良く知って、仲を深めて、から、致すべきでは、ないか、と……






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