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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第四章<人大陸西部編>

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第三十七話 私はそう在るか?









――ふと気が付けば、日が沈もうとしていた。


 この場所に来た時点では確か……あれ、どうだったかな。

 まぁ、道中も碌に覚えていないんだし、時間の感覚なんてあるはずもないか。









…ぐちゃぐちゃに掻き乱された反動からか。


 恐らく数刻ほども何も考えずに停滞していた私の心の内からは、先ほどまで燃え上っていた激情はすっかり消え失せて……とまではいかないけれど、とりあえず小さな燻り程度にまでは、落ち着きを取り戻していた。



 それに引きずられてか、昨日の夜から私の中に巣食っていたわだかまりも、少しは解消したというか……いや全然、解消はしていないな。

 けれど、こう、少しは冷静に考えられるようになったっていうか。




 相変わらず、『人』というにはどうにも許容しがたいズレを抱えているのは確かで。


 その事が、尋常ではない重みとなって私を苛んでいる事にも変わらず。


 だからこそ、こんなところで独り、立ち止まってしまっているのだけれど。




 まぁ。

 その事を冷静に、思考の奔流に呑まれずに、奇行に走ったりもせず、『普通に』悲しみ、憤る事が出来るくらいには、受け入れられるようになってきた。と、思う。









…今振り返ってみれば、さっきまでの私は、まさに混乱の最中にあったんだろう。


 自分は『人』であるという自信、ある種、私のとても深いところにあるものが、突然崩れてしまって。



 『人』でありたいと願う、人から遠い私と。


 私は『人』ではないと断ずる、人に近い私が。



 反発して、せめぎ合って、『私』っていうのが何なのか、分からなくなってしまっていた。


 何かの本に書いてあった「自分を見失う」だなんて、そんな事あるのかって、以前までは思っていたけれど。

 まさに、私は。


 

 自分を、見失ってしまった。



 冷静に考えてみても、いや冷静に考えたからこそ、どうしても、ショックとかやるせなさっていうのはより強く感じてしまうものだ。














 

…だってさぁ。


 私、ここまで結構、頑張ってきたじゃん。



 まだ、満足にその場を動けなかった時から知識を蓄えて、触手としてのこの体で、どうやって人の営みの中に入っていくかとか必死で考えてさ。

 どういう事が人らしくて、どういう事が人らしくないのか。知性とか自我とかを持った存在っていうのは、どういう振る舞いをするものなのかとか、そんな事を、だんだんと知っていってさ。


 それは、元が触手なんだから、人としての在り方なんて全部後から学んでいくもので、最初の内は全然人っぽくない振る舞いとか、考え方とかをしてたと思うし。


 今でだって、旅をして訪れた先で初めて知るような事なんていっぱいあるし。

 そもそも、そんな人のする事、してきた事を自分自身で見るために、旅に出たわけだし。後から後から学んだ事がどんどん増えていくのは、それ自体は至極当然の事だよ。



 でも、これは。

 これは駄目でしょ。


 『人は同族()を殺せない』だなんて、それこそ旅に出たいとか考えだす以前から知っていた、人として当たり前の事なのに。

 同胞を手にかける事に拒否感を覚えるっていうのは、エルフも人間も獣人も、精霊も、きっと、まだ見たことのない魔人とか言う種族だって。

 心を持った生き物として、当然の考え方であるはずなのに。



 何であんなにも、何も感じないの。



 殺す前の動揺も、殺す瞬間の激情も。殺した後、今の、このぐちぐちとした鬱憤も、全部全部、殺す事そのものに対する感情ではないじゃないか。


 自分と同じ存在を殺しておいて、「何にも感じなかったんですけどー、しょっくー」とかさ。

 知性があって、心もあって、倫理観とかを持っているはずの生き物の考え方じゃ、ないじゃないか。


 どんなに知識を蓄えて、人らしい振る舞いが出来るようになったとしても。

 そんな、もっと当たり前で、『人』として大事な部分がおかしいんじゃ、意味ないよ。



 こんなにも、人に近づけたと思ったのに。

 結局私は、人のカタチを装った何かじゃ、ないか。 



 悲しいし、悔しい。

 そして何より、やるせない。今までの分の、全部の疲れがどっと押し寄せてきた気分。

 これが徒労感、ってやつなのかなぁ…


 あー、なんか。

 きっついなぁ。

 
























 がさごそ、という草木をかき分ける音で、意識が覚醒する。


 辺りは暗く、何時かは分からないけれど、もうすっかり夜になっていた。

…不貞腐れているうちに、いつの間にか微睡んでしまっていたようだ。



 あんな失意の中でも、意外と寝てしまえるものなんだなぁ、なんて考えている内にも、音はどんどん近づいてくる。


 昼間は気が付かなかったけれど、大きな生き物が林の中を進んでいると、このがさがさという音ですぐに分かるみたいだ。或いは、静まり返った夜だから一層、音が響いて聞こえるのかな。


 

 ていうかこの音、明らかにこっちの方に向かってきている。


 何だろう。

 野生の生き物?大型の動物とか、魔物とか魔獣とか。

 でもそういった類は、少なくとも私達が集落へ向かう時や、この広場に向かった時には見かけなかったと思うのだけれど。


 夜行性、なのかな?

…にしても、ここが触手の住処になっていたのは、この林に住む生き物なら知っているだろうし、またそうであれば、迂闊に近づいては来ないはずだ。それとも、触手達が居なくなった事をもう察知したのだろうか。



…なんて事を考えながら、音をよく聞くうちに。

 聞こえてくる方向が、昼間私達がやってきて、そして私以外が帰っていった方だと分かった。



 という事は、あの集落の住人達?

 私達の芝居がばれて、改めて私を討伐しようとして、とか?


…うーん。

 あんなに私の事を怖がっていたあの村人達が、ましてや夜に、自分達で討伐しに来るとは考えにくい、かなぁ。


 じゃあ、セレナとカナエ?

 いや、芝居がばれたのだとしたらもう、例えふりでも私を討伐しようとはしないと思うし…これも違うよね。


 なんだろう、まさか今更、「やっぱり仲良くしましょう」とか言い出すんじゃなかろうな。

 いや、私は放っておいてくれるなら、それでも構わないのだけれど。


 もし「あなたはやっぱり精霊様です!」とか言われたらどうしよう……そうなったらもう流石に少し、人を信じられなくなりそうだ。




 まぁとにかく、何だか分からないけれど一応警戒はしておいた方がいいかという事で、昼間と同じように細い触手を1本、地面から僅かに覗かせる。


 何かが居る事を知らせるその音はどんどん大きくなっていき、もう少しの疑いもなく、ここに向かっている事が分かる。



…多分、そろそろ、もうすぐ…もう足音も聞こえてきた、やっぱり人だ、ほら、もう来る、来る…





「…ミーニャ、来たよー…」


「…お待たせしてすみません…」





 セレナとカナエだった。



 なんであの2人が。

 その手には、それぞれと私、3人分の荷物。



「…さっさといこ。もう私、これ以上あの人達と一緒にいたくない…」


「…ええ。過剰に私を褒めたたえる言葉も、ミーニャさんを卑下する言葉も、これ以上は聞くに堪えません…」


 何だか怒ったような、疲れたような様子で、2人ともここから離れる気満々のようだ。

 私と一緒に。



 でも私は、しばらく独りでここに埋まってるって……





…あ。



…そういえば。その事を2人に、言ってなかった、かも。



…あれ?



…ていうかそもそも、私はここで旅を中止したとして。


 2人はどうするのーとか、その辺全然考えていなかった?

 全く、2人の今後の事が、頭から抜け落ちていた?




…うわ。




…うわー。


 

 ひょっとして『ひとでなし』とか以前に、普通に駄目な奴なんじゃないだろうか、私って…














 とりあえず、今の状態では会話もままならないという事で。

 セレナから汗を貰い、首から上だけを作り出して、意思疎通ができるように。


 それから、すっかり伝えた気でいた、私はここに留まるっていう意思を改めて、簡潔に2人に伝える。


 何だかとても疲れてしまったので、私はしばらくここに埋まっています。私の事は気にせず、どうぞ2人で旅を続けてください。


 大体そんな感じの、特に長くもない私の意思表明を聞いたセレナは、怒るでもでも悲しむでもなく、ちょっとこっちが驚いてしまうほど淡々と、言葉を発した。



「…ミーニャが、ここに残りたいって考えてるのは分かったけど」


 残りたいというより、進む気力が尽きたというか。


「どうしてそう思ったの?……ううん、そもそも」


 一拍置き、こちらの目を改めてしかと見据え直してから。

 セレナは、私に問いかけてくる。



「ミーニャは、何を考えているの?」



 何をって言われても。 

 質問がざっくりし過ぎていて、何が聞きたいのかよく分からない。

 私だって考える生き物なわけだし、何をと言えばそれは、


「…いろいろ…」


 って答えるほかない。


「じゃあその、ミーニャが考えてる色々。全部教えて。置いてくとか置いてかないとか、そういうのは全部聞いてから考える」


 そう言いながらじっとこちらを見つめてくる瞳は、相変わらず曇りなく澄んでいて、とても綺麗だ。


…彼女の瞳には、私はどう映っていたのだろう。


「昨日の夜からずっとミーニャ、様子が変で。最初は、やっぱり同じ触手を討伐する事、嫌なのかなって思ってたけど」


 ずっと黙り込んで、話しかけても上の空だった私は、はた目にはそんな『人』っぽい事を考えているように、見えたのだろうか。


「でも、なんか。昼間の様子見てたら。なんか、違うような気がしてさ」


…なんだ、ばれてるじゃん。


「考えても、私じゃよく分からなくて」


 ぽつりぽつりと話し出したセレナの、その隣で静かにしていたカナエも、セレナに続くように言葉を吐き出していく。


「…正直なところ私は、セレナさんに言われるまで。ミーニャさんは、同胞を手にかけるという事に苦しんでいるのだと、そう思っていましたが」

 

 カナエにも、そう見えていたんだね。


「しかし、ミーニャさんの事を私なんかよりもずっとよく見ていたセレナさんが言うのなら、きっとそれは違うのでしょう」


 実際違うのだから、本当、セレナは私の事をよく見てくれていたんだなぁって、それ自体は嬉しい事なのだけれど。


「言われてみれば確かに、嫌なら討伐に同行しなければよいのですし、最悪、放っておいても良かったわけです」


 いや、それは駄目なんじゃないかな。カナエの役職的にも。


「……今の私は少なくとも、そっとしておけば害のない魔獣の討伐より、ミーニャさんの心の安寧を優先するくらいには……その、貴女に入れ込んでいますよ」



…な、なんか。

 結構、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。



「と、とにかく、です。ミーニャさんがここに残るだとか、私達はどうするだとか、そういう事以前に。まず、ミーニャさんが何を思っていたのか……いえ、今も、何を思っているのか。私達は、それが知りたいんです」


 そう言ってカナエもセレナと同じように、首から上だけの私を、まっすぐに見つめてくる。



…いやー、生首と少女2人が見つめ合うだなんて、なかなか異様な光景だね。


「ミーニャって結構、話逸らすの下手だよね」


「きっと根が正直なのでしょう」 


 根っていうかまぁ、核の部分がね。あは、あははははー……無理か。


「うん無理。だから話して」




…やだ。


「やじゃない」 


 いやだ。

 

「話して」


 

 だって。


 話したら、知られてしまう。

 私が、ちょっと知能が高くて、ちょっと心のようなものを持っていただけの、ただの触手だって。

 人と呼ぶには、全然、根本的な部分が、足りていなかったんだって。



 知らない人ならまだいい。

 化け物とか、魔物だ魔獣だって言われても、以前のように気にしない…とはいかないけれど。

 多分、傷付くか、怒るか、悲しむか。図星を付かれて、動揺して、まぁ、そんなものだろう。



 でも、セレナとカナエだ。

 2人に知られて、それで、もし彼女達にも、『人』として扱ってもらえなくなったら。

 今度こそ、死んでしまうかもしれない。


 自分でそう思うよりも、好きな人達にそう思われる方が、ずっとずっと辛い。

 だから。



「…言いたくない…」


「だーめ」


「…人の嫌がる事は、するなって…お父様も言っていた…」


「知らない」


「…えー…」



 さっきから、セレナはなんだか不思議だ。

 怒るでもなく、媚びるでもなく、淡々と。問い詰める、みたいな剣幕ではないけれど、でも絶対に引こうとしない。



「私別に、そんな良い子じゃないもん」


 いい子でいてよ。


「やだ」


 なんでさ。


「良い子でいて、黙ってミーニャの事気遣って、それで結局こんな訳分かんない事になるくらいだったら……悪くても何でもいいから、ミーニャの事は全部知りたい。知っておきたいの」



 訳分かんない事、か。

…確かに2人からしたら、今回の事は最初から最後まで、訳が分からないままだったのかも知れない。

 それはちょっと、申し訳無く思うけれど。


「でしょ?ミーニャの様子も変だったし、集落の人達も、ミーニャの事精霊だって言ったり化け物呼ばわりしたり意味不明だし、それでミーニャはますます変になっちゃうし…」


 まぁ、あの人達の変わり身には、私も驚いたものだ。人って、あんなに豹変するものなのかって。


「信心とは、翻せば狂信でもありますから。精霊が居なくなって意気消沈していた所に、ミーニャさんのような特異な存在が現れ……彼らにとってはまさに、精霊様のお導き、というやつだったのでしょう」


 何だか私達、熱心な精霊教徒が絡むと碌な目に遭わない気がする。 


「ええ、まったく」


「…何だか、思い出したらまた腹立ってきた。大体、こんなに拗れたのって半分……6……いや7割くらいは、あの人達のせいじゃん」


 7割は言い過ぎじゃないかなぁ。


「全然だよ。あ、残りの3割は私とミーニャで半分こね」


「…それ、私にも1割くれませんか」


「えー、どうしよっかなー」


「そこを何とか、この通り」



…何で、責任の一端を喜々として取り合っているのだ。

 そもそも今回のこれは、私に始まって私に終わったものなのだから、責任というのならそれはすべからく、この私にあるものだろう。


「そう。じゃ、責任とって話して。ミーニャが何考えてて、こうなったのか」


 うっ。

 何という策士…


「何でそんなに話したがらないの?私、ミーニャの言う事だったらもう、なんでも受け入れるよ?」


 何でもとか絶対とか、そんな類の言葉は信用するなって、レゾナが言っていた。


「私は信じても大丈夫だよ。だってほら、ミーニャの鞄の底に触手が女騎士さんにやらしい事する本が隠してあっても、私は受け入れるよ?」



…何で知ってるの。



「何でもだよ」



…カナエも、知ってるの?



「その、ミーニャさんはやっぱり、そういう願望があるんだなと……いえ、無理やりでなければ、そういった趣味趣向は自由、だと、思いますよ…?」



…あれが、レゾナの夫の形見だって言ったら信じる?


「うん、信じる信じる。そういう事になってるんだよね、全然信じるよ。ね、カナエさん」


「ええ、ええ。きっと、ミーニャさんが言うからにはそうなのでしょう」



 2人とも、何とも言えない優しさに満ちた瞳で、こちらに微笑みかけてきている。


 私としては別に、あの本を持っている事に後ろめたさは全くないのだけれど。

 内容が内容のものを隠し持っていたが故にか、2人とも何か妙な勘違いをしているように見えるのは、決して気のせいではないと思う。


 今のやり取りからして、無理に誤解を解こうとしても余計に勘違いを助長させるだけな感じもするし…



「まぁ、そんなミーニャの抗えない本性だって受け入れられた、私達の懐の広さをさ。ここは1つ信じてみてよ」


 そんなんじゃないから。


「ミーニャさんが胸の内にどんな欲望を煮えたぎらせていようとも、私達は受け入れて見せますよ」


 ちょっと、そういう言い方やめてよ。




「…だいたいさぁ」


 そうやって、急に真面目な顔に戻るのは、ずるいと思う。


「ミーニャあの時、すっごい叫んでたじゃん。ミーニャがわざわざ口に出すって事は、誰かに聞いてほしかったんじゃないの?」


…痛いところを突かれた。



 そうだ、私は。最初に触手を殺したあの瞬間、普段は絶対出さないような大声を上げた。

 本当に、完全に我を忘れていたら、声を出すだなんて意識的な事をするはずが無い。


 私が声を出すときは、何かを誰かに伝えたいとき。




「だから、ホントは話しちゃいたいんじゃない?こころの中の事。色々、考えてる事」




…いいのかな。



「いいよ、全然おっけー」



 嫌いになったりしない?



「誰が、誰を?冗談でしょ」



 セレナは、前科があるからなぁ。

 カナエの方が信頼できるかも。



「そう言えば、セレナさんはミーニャさんを、大嫌いだと言った事があるのでしたね」


「ふふふ、同じ過ちは二度と繰り返さない、それが私」



 その言葉も、全然信用ならないよ。

 セレナ、結構その場の勢いだけで喋っちゃう事あるし。






…でも、そこまで言うんだったら。

 まぁ、言葉はともかく。セレナ自身の事は信じてあげてもいい、かな。






 そして遂に私は、2人に話した。昨日の夜から私が何を考えていて、昼間何をして、今どうしてこうなったのか。

 洗いざらい、全部、話してしまった。


 2人は、どう思うかな。
















 暗闇の中、全てを聞き終えたセレナが、最初に発した言葉。

 それは。



「…え?それだけ?」



…それだけ、ですけど。


「え、いやだって、あんなに勿体ぶるから、もっとこう、やばそうな奴かと…」


 やばそうとは。


「えっと、想定してた中で一番やばかったのは……実はあの触手達は村人達にひどく虐げられていて、その恨みつらみを感知したミーニャが彼らの命と鬱積した怨念を一心に引き受け、触手の頂点に立つものとして人族に制裁を下そうとしている……とか、そんな感じ」


 なにそれこわい。

 いや、それは確かに出来事の規模としては相当にやばいし、それに比べたら私が実際に考えていた事なんて、大した事の無いように思えるけれど。


 見ればカナエの方も、何だか拍子抜けしたような顔をしている。

 え、なんで?


「いや、だって、ミーニャが言ってる事って。根本的にズレてると思うっていうか…」


…うん、やっぱり、そうだよね。


「そういう事じゃなくてっ。あれー、どう説明したらいいんだろ?だってこれ、簡単すぎて、説明できないよっ」


 簡単なのに説明できないとは、どういう事だろうか。


「何と言いますか…私達にとってはそれこそ「ミーニャさんは『人』だから」の一言で済む話なのですが」


 いや、ずれているんだから、『人』ではないでしょう。


「だから、そういうズレてるじゃなくてっ。もっと根本的っていうか」 


 そう、人としての根本的な歪み。


「だーかーらっ……!なにこれ、全然説明できる気がしないっ。だってミーニャ、人じゃんっ」


 だーかーら、ずれているのなら、人じゃないじゃん。


「うあーっ…ミーニャ難しく考え過ぎ!カナエさん、なんかいい感じに説明して!」


 頭を抱えたセレナは遂に、カナエに全部放り投げてしまった。

 うーん。セレナが何を言いたいのか、さっぱり分からない。


「えっと、ですね…」


 放り投げられた方のカナエも、何と説明したものかと頭を悩ませている様子。

 私って、そんなに物分かりが悪い方なのだろうか。


「…ミーニャさんは、今までずっと、エルフの集落にしろ町にしろ、人に囲まれた場所で生きてきたのですよね?」


 それはその通りだ。まだ人型になれなかった時ですら、私の周囲には常に、セレナを始めとしたエルフ達がいた。


「自分以外の触手種と遭遇したのは、今回が初めて…ですよね」


 それもその通り。で、何も感じなかった。


「でしたら。ミーニャさんにとっては、人こそが同胞なのではないかと」


 ?

 いやいや、同胞は触手でしょ。同じ種族なわけだし。


「確かに、同じ種族という点では同胞だと言えますが…………同種…そう、ミーニャさんにとって触手とは同種であって、同胞ではないのですっ」


 同種と同胞の違いって何?


「同種は、ただ見た目や性質が同じなだけで。同胞は、何というか、仲間意識を感じるものと言いますか」


 だから、その同胞に感じるべき仲間意識を感じなかったのが、問題なんだって。


「…あ」


 と。

 議論している私とカナエの傍でずっと頭を抱えていたセレナが、唐突に声を上げた。


「分かった。ミーニャ、逆に考えてる」


 逆?


「そう、逆」


 先ほどまでとは打って変わってすっきりした表情になったセレナが、その逆とやらを、口にする。



「『同胞を殺しても何も感じなかった』んじゃなくて、『殺しても何も感じないような相手は同胞じゃない』んだよっ」




…ん?


…んんー?



「ミーニャさ、もし私かカナエさん…ううん、誰か知らない人族を殺せって言われたら、どう思う?」


 それは嫌だ。

 人殺しなんて、まさに『人』としてあるまじき行為だ。断固拒否。


「そう、そうだよね。だからミーニャにとっては、『殺したくない』人族が同胞で、『殺してもなんとも思わない』触手種は同胞じゃないのっ。分かったっ?」


…なる、ほど?

 まぁ、言いたい事は、分かった…ような。

 でもそれ、凄く詭弁っぽくない?


 だってそれじゃあ、例えば、何の感慨も抱かずに人を殺した人は、人族じゃないって事になるのではないか。

 躊躇いなく人を殺せるのなら、それは人の同胞ではないという事に。



「そうだよ。私だってそんな奴、同じ人だとは思えないもん。よく言うでしょ、『ひとでなし』って」



…あ。


 確かに。

 まるで人とは思えない所業を平気で行える人の事を『ひとでなし』と呼ぶのなら、『人』を平然と殺める事が出来る者こそがひとでなしなのであって。


 仮に、私が『人』であるとするなら。

 ()が人を殺す場合にこそ、()はひとでなしになるのであって。 

 ()触手(魔物魔獣の類)を殺す事は、毎日そこかしこで行われている、人による魔物の討伐と変わりないのではないか。

 つまり。



 私が触手を殺しても何も感じないのは、『人』として当然の事なのではないか。


「…そういう、こと…?」



「そういうことっ」

「そういう事です」




…そんな。


…そんな都合のいい解釈が。



「いやいや、みんなそう思うって。お父さんもお母さんも、おばあちゃんも、あとエトナさんも。みーんなっ」


「私も、何らおかしな解釈ではないと思います。ミーニャさんが人であれば、尚更」



 いや、だって。

 そんなのがまかり通るのであれば、昨日から今までの私は。



「いやぁ、完全に……なんだろう、考え過ぎ?とにかく、そんな感じだねっ」 


「…思うにミーニャさんは、少し自分に厳し過ぎるのではないでしょうか。きっと貴女の場合は、自分にとって都合がいいのではと考えてしまうくらいで、丁度良いのだと思いますよ」


 え、そんな、まさか。


「あー…多分、少なからずおばあちゃんのせいだね。おばあちゃん、変なところでシビアだから」


 地に足付いてるって言ってほしいな。



「とーにかくっ。こっちからしたら何をいまさらって感じだけど、要するにミーニャは人なわけっ。人、人、人っ!分かったっ?」


 くっつくんじゃないかってくらいに顔を近づけてくるセレナの剣幕に押されて、思わずこくこくと頷いてしまう、首だけの私。


「だったら、別にこんなところで地面に埋まってる必要もないよね」


 確かに、問題というか、私の中に巣食っていた悩みらしきものは、ある意味で強引に解消されてしまったようなものだけれど。


「よし、じゃさっさとこの林抜けるよっ。昼間のジメジメはもううんざりだから、夜のうちに出来るだけ進んでおきたいし」


 そう言ってセレナとカナエは荷物を背負い直し…ってちょっと、急に引っ張らないでー。



「進みながら、汗とか勝手に貰ってていいから」



 カナエが自分と私、2人分の荷物を。セレナが自分の荷物と、いまだ顔だけの私を。

 それぞれ抱えて、来た道とは反対の方へと駆け出していく。


「このまま反対側へ抜けます。朝になって私達が居ない事を知ったら、村人達が追いかけてくるかもしませんし、セレナさんの言う通り夜のうちに進んでおきましょう」


 あの人達からしたら、カナエはまるで救世主のようなものだろうに。


「いいんですよ。狂信者というのはどうにも、私にとって碌なものであった例がありません。特に、貴女方と出会ってからは」


「…それは、同感…」


 でもいいの?巡礼官様がそんな事言っちゃって。


「私もセレナさんと同じく、良い巡礼官ではありませんから。許容できない事もあります」


 そう言いながら彼女は微笑み、私達の3歩ほど先を行く。

 私がこんな状態の今は、彼女が先鋒になるというわけだ。


「ほらっ。ミーニャも早く汗吸って、自分で走ってよ」







…まぁ、なんだ。


 彼女達の解釈は、やっぱり、私にとって都合の良過ぎるものであるに思えるし。

 それを踏まえてもやっぱり、触手種っていうのは私の中で、意味あるものであるべきじゃないのかって、そう訴えかける私も、相変わらずいるのだけれど。


 とりあえず、背負ってまた進めるくらいには、それらが軽くなってくれたような、気はする、かな?


 2人のおかげで。


 私の今までは、徒労なんかじゃなかったんだって感じられて。

 私はまた、自らの目で人を知りたいと、自らが人で在りたいと、そう思えるようになった。



 昨日今日で、こんなにもころころと意見が変わるなんて。私というのは存外、移り気なものなんだなぁとか、そんな事も考えつつ。









 今はもう少しだけ、セレナの腕の中にいよう。

 移り気な私は、今はなんだかそんな気分なんだ。


 それで、もう少ししたら、カナエにも抱えてもらって。

 疲れとかそういうのは、それできっと、どうにかなるはずだから。





 それで。もう少ししてから。




 もう一度、自分の足で、進もう。







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