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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第四章<人大陸西部編>

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第三十六話 人ならぬモノの密かなる行く末

「化け物っ!!化け物だぁっ!!」


「うわあぁぁっ!!」



 つい今の今まで、私の足元に傅いていた村人達が、悲鳴を上げながら一斉に遠ざかっていく。



 精霊って呼んだり、化け物って呼んだり、ころころと主張が変わる人達だ。

 その調子で、「この、人め」とか「このエルフめ」とか、言ってくれないかなー。

 無理か。





…しかし、ついかっとなって本性を表してしまったけれど、どうしよう。


 様々な感情が混ざり合って、いまだ煮えたぎるこの心を、どう処理すればよいのだろうか。


 こんなにも、自分の気持ちを制御しきれなくなったのは、初めてだ。









「じゅ、巡礼官様、早く、あの化け物をぉ!!」




 恐怖で裏返った声が、ひと際大きく響き渡った。



 つられてその声の方へと目を向けると、青年が、泣きながらカナエの足元に縋り付いている。



「なっ、そんな…!」



 気付けば何人もの村人達が、半ば彼女を盾にするかのように、その背中の後ろで震えていた。

 そう、こんな時こそ、強くて頼れる巡礼官様、って訳ね。


 何だろう、余計に怒りが込み上げてきた。





…けれど。


 村人達には目もくれずこちらを見やる、辛そうな表情のカナエと目が合って、私は初めて、自分がしでかした事の厄介さを理解してしまう。






 事こうなってしまえば、私が化け物として討伐されるのはもう構わない……というか、仕方ない。


 胴や顔は人のまま、手足だけが中ほどから無数の触手に変貌している今の私は、もう見た目からして思いっきり魔物。


 それに何より、威嚇とはいえ人に敵意を向けてしまったのだ。

 



 これはもう駄目だ。討伐されない方がおかしい。


 だからそれ自体は、私自らが招いた仕方のない事、自業自得、というやつなのだけれど。





 問題は、この場で私を討伐できるのはカナエとセレナくらいで、そしてその2人とも、私を討伐する気なんてさらさら無いって事。




 カナエは腰に下げた刀代わりの剣に、手をかける様子すらない。


 セレナに至っては。 




「ミーニャ、大丈夫?落ち着いて、ね?」




 なんて言いながら、私に駆け寄ってくる始末だ。



 駄目だよ、そんな事しちゃ。

 私の仲間だと思われちゃう。






 今ならまだ間に合う。

 いや、今ですらも結構危ういけれど。


 でもまだ、今、彼女達が私と敵対するそぶりを見せれば、「私の本性に気付かず、共に旅をしていた」っていう言い訳が、ぎりぎり通じる可能性がある。


 なんで今まで気付かなかったんだ、とかはまぁ言われるかもしれないけれど……上手くすればそれだけで済む、はずだ。





 でも、もし今。

 私が魔物魔獣の類であると明らかになった状態で、これ以上私と親しげにしたら。



――化け物に与するもの。



 どころか、最悪。



――同類の化け物。



 間違いなく、確実に、そう思われてしまうだろう。

 そうなれば、セレナもカナエも、人族の生活圏から追われる存在になってしまう。


 それは駄目だ。絶対に駄目だ。





 しかし、それを知っていて、なお。

 きっと彼女達は、私を討とうとはしない。


 何でそう思うかって?

 そんなの、顔見れば分かるよ、うん。










 私の、そしてセレナとカナエの置かれた状況を理解して、心が少しだけ冷静になるのを感じる。



 いまだ気持ちは千々に乱れて、感情もぐちゃぐちゃで。

 自分の心がどうなっているのか、自分でもさっぱり分からないけれど。



 久方ぶりに、少しはまともな(・・・・)思考が出来そうだ。


 感情に呑まれて、厄介な事をしでかしてしまって、2人に迷惑をかける事になってしまったけれど。

 せめて、セレナもカナエも、出来るだけ嫌な目に遭わない様に。



 彼女達に、私を討たせよう。










 手始めに、すぐそばに立っているセレナを強引に引き寄せ、触手でぐるぐる巻きにする。

 あくまで見た目だけ、実際は苦しくない様に。



 そして、わざとらしく、いつもより大分ひび割れた声で。




「…ワタ、シのホンショう二…キヅカナいト、ハ……オロかナ…!」




 あー私今、これまでで一番魔物してるかも。

 言葉を喋る魔物なんて、見た事ないけれどね。私以外。



「え?ちょっとミーニャっんむぅ!?」



 余計な事を言わない様に、セレナの口に触手を突っ込む。



「…ダマれ、コムスメ…」



 ごめんね。

 痛くは、しないから。

 許してね。




「…おマエモ…ソコノジュウ、ジんモ……ワタシに、ダマサれテいタン…ダヨ…!」




 カナエにも、その後ろにいる村人達にも聞こえる様に、歪な声を張り上げる。


 ちょっと説明口調っぽいかな。

 いや、まぁ、これぐらいやっておいた方がいいか。




 私の言葉を聞いたカナエは、訝しげな表情をしながらもしかし口を挟む事は無く、少し離れた所からこちらの様子を窺っている。


 もしかして、もう私の意図に気付いたのだろうか。

…まさかとは思うけど、今の言葉、真に受けてはいないよね。大丈夫だよね?




 とにかく、このままカナエが余計な事を言わないように祈りつつ…

 今度は、私のすぐ隣にいるセレナにだけ聞こえる様に、いつも通りの声を出す。




「…今からセレナを…カナエのところに投げる…」



 んむーっ。んむむーっ。


 セレナが何か言っている。が、無視。



「…カナエに、私の首を…切り落とすように、伝えて…」



 んんーっ!


 ものすごい勢いで首を横に振っている。が、それも無視。



「…大丈夫…核はここ(・・)にある…死なない…」



 そう言いながら彼女を胸元へ引き寄せ、じっと目を合わせる。

 核さえ無事なら、死にはしない。





 色々と思うところはある……というか、立て続けに大きく感情が揺れ動いてしまって、自分でも自分が何を思っているのか、よく分からなくなってきてしまったけれど。



 それでもまだ、私は死にたくはない。




…死にたくはない、ただ。 


 ただ、なんだか少し、立ち止まってしまいたくなった。

 だからしばらく、ここで足踏みしていようと思う。



 今の私には、自分の意思で歩いていく事が、考えられない。




 集落の人達には、死んだと思わせて。


 私が殺した同胞達がいた、この場所で。


 ひっそりと、生き永らえよう。









 んーっ。んんーっ。



「…私が討伐されれば…丸く収まる…」



 か、どうかは分からないけど、少なくともセレナ達が酷い目に遭う事は無いはずだ。



「…だから、お願い…」



 どうか、聞き分けて。





 セレナの綺麗な瞳と、私の偽物の瞳が、少しの間ぶつかり。



 僅かな逡巡の後、彼女はこくりと、小さく頷いた。




…良かった。

 正直、もっとごねるかと思っていたんだけど。

 案外あっさりと、頷いてくれた。






 よし、それじゃあ。


 投げますよー。



「…コイツハ…カエし、テヤロウ…」



 一度捕まえた獲物を離す魔物がいるか、とかそういうのは聞こえない。

 聞こえないったら聞こえない。


 

 拘束を解き、セレナの口から触手を抜いて。


 大きく、振りかぶる。




 それっ。



「わぁっ!!」




 斜め上へと放り投げられたセレナは、そのまま放物線を描きながらカナエの所まで飛んでいき。




「きゃっ!!」


「あいたぁっ!!」




 結構痛そうな感じにお互いの頭をぶつけながら、2人はもつれる様にして倒れ込んでいった。


 あら、投げ方が悪かったかな。

 うーん、ごめん。



…まぁ、見た感じは痛そうだったけれど、多分そんな大した怪我ではない、と思う。

 2人ともすぐに起き上がったし。


 

 そして、揃ってこちらをキッって感じで睨み付けてきたし。


 あ、あれ、結構怒ってる?



「おのれ邪悪な魔獣めっ!よくも我々を謀ってくれたなっ!!」 



 良かった、違ったみたい。

 伝言通りカナエは、私を人に仇成す魔獣として、討伐しようとしているようだ。



「この私が直々に、その首切り落としてくれるっ!!」



 にしてもその言い回しは、さっきの私以上にわざとらし過ぎないかなぁとか、思わないでもないけど……村人達は「おお、巡礼官様!」「巡礼官様ぁ!」なんて言って、すっかり信じ切っているようだし、うん、大丈夫っぽいね。 



「…ヤレるモノナラ、ヤッテミロ…!」



 いつだったかレゾナの部屋で読んだ娯楽小説の中で、やられ役が叫んでいた台詞を口にしながらも。

 首を切り落とされた後に備えて、両目の所に埋め込んでいた2つの石を、触手の中を通して核へと仕舞い込む。

 結局この石が何なのかは分からず仕舞いだったけれど、これも私を構成するものの1つなのだし、何だか手放すのは駄目な気がする。

 という事で回収完了っと。



「ひぃっ…!目が…!」


「く、来るなぁっ!!」



 彼らからしたら、瞳が無くなってより一層不気味に映るであろう姿で、手足の触手を大げさに蠢かせながら、カナエに向かって突進。



 無力な村人達には、なるべく威圧的に見える様に。

 カナエにとっては、多分、遅すぎて欠伸が出るだろうな。




「…アアあアアアァぁァァァァ…!!」




 果たしてこれは偶然か、さっきの叫びと似たような感じになってしまった、私が絞り出りだした精一杯の魔獣っぽい唸り声。




「はぁっ!!」




 それを、カナエの鋭い一声が断ち切る。




「…グ…ガぁ…」




 綺麗に体から切り離された首はぼとっ、みたいな音を立てて地面に落ち。




「「おおっ!!」」




 次いで、どさりという重い音と共に、胴体が力なく倒れ込んだ。




「「「おおおおぉぉぉっ!!」」」




 消えていく私の頭部を見て歓声を上げる村人達を尻目に、()は急いで胴体から分離し、地面へと潜り込んでいく。



 核以外のほとんど全てを回収せずに『切り離す』という事はつまり、溜め込んでいた養分の大半を手放す事にもなってしまうのだけれど……首は消えても胴体がいつまで経っても消えない、っていうのは流石に怪しいのでやむを得ず。



 地面からほんの僅かだけ極細の触手を出し、核を失った胴体が消滅していくのを確認。





「皆さん、まだ奴の持っていた物に、何か隠されているかもしれません!急いで集落へ戻りましょう!」




 同じく私の体が消えるのを見届けたカナエが、即座に村人達を促し、急いでこの場を離れようとして。

 村人達の方も素直に、しかし興奮しながら彼女に付いていく。




「お見事でした巡礼官様っ!!」


「やつめ、精霊を騙るとはなんと不届きなっ」




 騙った覚えないよー。


 カナエを褒めたたえ、或いは私をこき下ろしながら、彼らはぞろぞろとこの場を後にしていき…


…最後にセレナが、こちらを一瞥してから、走り去っていった。







 これでこの場所には、私1人。


 とりあえず一旦、気持ちを落ち着けよう、かな。

 何なら、もう一声二声叫んでみるのもいいかも。



…ああいや、それは駄目か。 

 やっぱりひとまず落ち着こう、うん。




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