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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第四章<人大陸西部編>

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第三十一話 姦しくも麗しい少女3人の一幕

 小さな町を後にして、もっと小さな村へ向かう途中。



 街道ではない、道なき道を行きながら、先の町で買った本を読み耽る。


 ある意味で、視覚が全身にあるともいえる私は、前を向きながら本に目を通すことも可能だ。

 歩き読みしても決して転んだりしない。何とも便利な体だ。







 そうして、しばらく無言で歩いていると。

 私が先程からずっと本を読んでいる事が気になったのか、


「ミーニャさん、先程から随分と熱心に読んですが…それは、どのような本なのですか?」 


 隣を歩いていたカナエが、私の手元を覗き込んできた。

 ふふふ、よくぞ聞いてくれました。



「…『これであなたも恋愛上級者!スライムでも分かる恋のアレコレ』…」


「…それはまた…奇特な本ですね…」


「…なかなか、興味深い…」


 レゾナの部屋にあった本達と比べると、何というか…文体とかに勢いがあるというか、妙にテンションが高いというか。

 とにかくやたらと自信満々な感じが、新鮮で結構面白い。

 レゾナの持っている本の中に、恋愛に関するものはほとんど無かったしね。



「でも、そんな本を読んでるって事は」


 と、反対側に並んで歩いていたセレナも、私も混ぜろとばかりに会話に加わってくる。


「ミーニャには、好きな人がいるの?」


 もちろんいる。


「…セレナが、好き…」


「私も好きだよー」


 それから。


「…カナエも、好き…」


「そ、それはどうも」


 お父様もお母様も、エトナもレゾナも、みんな好きだ。



「でも、ミーニャの言うその『好き』って、恋愛の『好き』とは違うでしょ?」



 そう、そこだ。

 人は『好き』という感情を、いくつかの種類に分けて考えている。


 家族への好き。友人への好き。恋愛の好き。

 どれも同じ『好意』であるはずなのに、何をもってそれを分類し、そこにはどんな違いがあるのか。

 この本を買ったのも、それを知りたいと思ったから。



「ミーニャが私達に向かって言ってる『好き』って、家族とか、友達に対する『好き』…だよね」


 さて、どうなんだろうか。

 2人の事は、大体そういう風に思ってはいるけれど。


「…恋愛の好意と…家族や友人への好意は、何が違う…?」

 

 その違いが分からない私が彼女達に向ける好意は、一体どの『好き』に当たるのだろうか。

 私のその質問に、しかし2人は私と同じように首を傾げて見せる。



「何がって言われても……カナエさん分かる?」


「わ、私も、そういった事とは縁遠いもので…」


「だよねぇ…あ、いや、カナエさんがかわいくないって話じゃなくてねっ」


「いえ、愛想も可愛げもないのは事実ですし…」


 そんな事ないんじゃないかなぁ。

 ていうか、このところ私がよく言ってるのに。



「…愛想はともかく…可愛げは、ある…」


「…あ、ありがとう、ございます…」


 そういう、褒められるのに弱いところとかね。

 愛想だって、ないとは思わないけれど。

 ちょっとクールなだけで。



「あれ、またなんか変な空気になってる…」


 おっと失礼。 








「まぁ、とにかく。よく聞く話だと……恋愛は、ドキドキする、とかかなぁ」


 ドキドキ。

 つまり、心臓が早く動く、という事。



「『恋は盲目』という言葉もありますね」


 盲目。

 つまり、目が見えなくなる、という事。



…どうにも恋愛というものは、体に異常をきたす事が多いらしい。

 身体に強い負荷がかかるという事は、その分、『恋愛の好き』は他の好意よりも強いもの、なのだろうか。



「いや、必ずしもそうだとは言い切れないと思うけど…」


「盲目、というのも物の例えですよ。恋をすると、他の事が疎かになったり、その人以外見えなくなってしまう……とか?」


「相手の悪いところも全部、良いところに見えちゃうー、とかね」


 なるほど。

 身体に影響が出たり、或いは端からそう見えるほどに、相手に入れ込んでしまうのが『恋愛』という事、かな?


 しかしそうなるとどうにも。

 そういった身体面への影響に関しては、


「…私には、心臓がないから…『ドキドキ』は、わからない…」


 ので、その辺は今は置いておいて。






 それ以外に、恋愛について、この本を読んでいて分かった事が1つ。

 というか、内容の大半はこれ(・・)に関するものだった。



「…『イケると思ったらそのままベッドへ押し倒すべし』…」


「「!?」」


「…と、この本に書かれている…」



 ベッドへ押し倒す、とは確か、人族における生殖行為の暗喩の1つだったはず。

 つまり恋愛には、性行為が密接に関係している、と言えるのではないか。



「…恋愛には、性行為が付随する…」


「…まぁ、確かに。そう、だねぇ…」


「え、ええ。そういう側面も、確かにあるでしょうね…」



 これを触手種()に当てはめて考えると、だ。



「…例えば…」


 例えばの話。


「…私が…セレナの、汗以外の体液(・・・・・・)が欲しいと思ったら…」


 それはつまり、セレナとそういう(・・・・)行為に及びたい、と宣言しているようなもの。


「…私は、セレナに恋をしている…と、言える…?」


 それが、『恋愛』に当たるのだろうか。


「…えーっと」


 少し顔を赤らめているセレナを見るに、やっぱり、ちょっと答えにくい質問だったかな。


「…ミーニャのそれは、私達で言うところの『食欲』に、近いものなんだよね…?」


「…ん…」


 養分を摂取する、という意味では、人が物を食べるのと同じようなものだと思う。


「だったら、違うんじゃないかなぁ……私達の、その、そういうの(・・・・・)って、『性欲』なわけだし」



 性欲。

 食欲も性欲も、本能に根差す欲求である、という点では共通している。

 しかし、前者は自分が生きるためのもの。後者は種としての生存のためのものだ。

 

 なるほど確かに、そう言われると、人として考えると性的な行為に見えるような事も、触手として見ると単なる食事に過ぎないわけだから、触手である私がそれを恋愛だと捉えるのは、おかしな事のようにも思える。

…いやそもそも、触手が恋愛とか考えている時点でおかしいんだけどね。


 

 まぁとにかく今は、食欲と性欲は別、という風に考えておこう。

 では、性欲という本能と密接に関わっている恋愛は、本能に根差す行為なのか?


「うーん。それも、なんか違うような気がする…『したいから好き』なんじゃなくて『好きだからしたい』っていうか……いや、私には分からないからただの想像だけど」


「そうですね……例えば、娼婦という…賃金を受け取って客と、その、性行為を行う職業も存在しますが…事に及ぶからといって、客と娼婦が恋愛関係にあるわけではありません。…そういうプレイも、あるとは聞きますが」


 ぷれい?


「な、何でもありませんっ。とにかく、恋愛と性行為は深く関わってはいますが、それが必ずしも本能に由るものなのかは分からない、というところでしょう。無論私も、単なる想像に過ぎませんが…」

 


 まぁ、この場にいる3人とも、そういうのとは無縁の生活を送ってきたわけだし。

 これに関しては、何を言っても所詮想像に過ぎないという事だ。

 ただ、本当に恋愛が、性欲と関係しているのだとしたら。


「…私には、『恋愛の好き』は…分からない、かも知れない…」


 触手には性欲、ありませんし。

 子孫?分裂で増やします。




…でも、そんな私でも。

 『恋愛の好き』を、一片でも知る事ができるとするなら。

 それはやはり、『体液を求める事』が関わってくるんじゃないかって、私は考えている。



 セレナが口にした、『好きだからしたい』という言葉。



 私が、セレナの体液を求めるのも、好きだから、なのだろうか。



 触手が他の生物の体液を求めるのは、本能。

 でもそれは、異性の体液に限った話だ。


 自分と同じ性別の生き物の体液を求めるのは、明らかに触手としての本能から外れた行動、だと思う。



 始まりこそ、飢えを満たすためという、本能むき出しの思いからで。

 その場にオスの生き物がいなかったからという、ある意味で、やむに已まれぬ事情からだったけれど。


 それ以降、集落へ迎え入れられて、お父様や他の男性のエルフ達とも接するようになってからも。

 私はセレナの体液だけを欲し続けていた。



 最初はそれこそ、セレナの事が『好きだから』なのだと思っていた。

 でも、お父様やお母様、エトナにレゾナと、好きな人が増えていっても、セレナ以外の人の汗が欲しいとは、特に思わなかった。


 だから、私がセレナの汗ばかり欲しがるのは、きっと。

 人族の体液で最初に摂取したのが彼女のものだから、それが刷り込まれた、とか。『味』が私好みだったんだ、とか。

 まぁ多分、そんな感じなのだろうと、思うようになった。




 でも、ここ最近。

 カナエの汗ってどんな味がするんだろう、なんて、考えている私がいる。

 セレナ以外の体液には興味も示さなかった私が。


 正直、自分自身少し驚いている。

 私の中で『体液を欲する』というのは、何というか。今までセレナだけが対象だった、ある意味で不可侵な領域だったというか。

 その点で言えば、セレナだけが、私にとって特別な存在だったんだ。

 そこに、カナエが入ってきた。



 ゴーレムの拳から助けられた時か、或いは、私の正体を知ってもなお友人と呼んでくれた時か、正確には分からないけれど。

 思えばその辺りから、私の中での彼女に対する何かが変わった気がする。

 それまでもカナエは良い人だと思っていて、友人として好きだったし、今も変わらず私と彼女は友人で、彼女の事は好きだけれど。

 多分、何かが変わった。



 勿論それが、必ずしも恋愛の『好き』だっていう訳ではない。

 けれど少なくとも、セレナとカナエは、私の中でも特別な『好き』に、位置しているんだと思う。

 それがどんな『好き』なのか、知りたい。


 



 と、いうわけで。

 その辺踏まえて、今一番気になる事としては。



「…もう一つ、聞きたい事がある…」


「何でしょうか?」


「…同性同士の恋愛は、どういった感じなのか…」


「「!?」」


 この本、異性同士の恋愛についてしか書かれてないんだよねー。

 何故だ。

 


「い、いえ、恋愛というのは基本的に、異性間で行われるもので……も、勿論っ、同性間でのそれも成立し得ますが、如何せん少数派と言いますか…」


「…何故…?」


「いや、ほらっ。その、性行為って普通、男と女でするものだしっ?」


 確かに、動物は子孫を残す際に、異性間で生殖行為を行わなければならないけれど。


「…恋愛における、性行為は…必ずしも本能に根差すもの、ではないと…」


「言ったけど!確かにそう言ったけど!」


「…なら、同性間での恋愛も…それに伴う、生殖行為ではない性行為も…おかしいものではないはず…」


 人族は性行為において、子孫を残す事だけでなく、快楽を得る事も目的の1つにしている。

 それでいて、その事を恥ずべきものとしているんだから、ややこしいというか、面倒というか。

 例のあの本(・・・・・)で学んだ事だ。


「た、確かに、理屈の上ではそうですが……世間の常識では中々そうとは…」


 それは。


「…性行為が、本来は…生殖のためのものだから…?」


「恐らく、そういう事かと…」


 なんだ。

 人族というのも案外、本能に縛られた考え方をしているというか。

 意外だ。

 あれだけの文化を築き上げるほどの知性と自我を持っているのだから、人族ってもっとこう、「本能?知るかそんなもん!私は『私』らしく生きるぜ!」みたいな感じかと思っていたのだけれど。




 


「…ていうかミーニャ、なんでそんな事が気になるの…?」


 なんでって、それは。


「…私も、セレナも、カナエも…みんな女性だから…」


 私の2人への『好き』が、恋愛のそれかどうか知るためには、まず、同性間で恋愛が成立するのかを知らねばならないだろう。



「………」


「………」


「………」


「…カナエさん、ちょっと来てっ!」


「は、はいっ!」



 あ。

 なんか、私を置いて先に行ってしまった。


 待ってよー。








「いいいまの台詞、どういう事だと思う!?」


「つ、つまり、ミーニャさんは私達の事を、そういう意味で好きだという事では!?」


「でも本人は、恋愛とかよく分かんないって言ってたよ!?」


「ああもうっ、ミーニャさんの意図がさっぱり分かりません!!」


「ていうか、私達何でこんなに焦ってるの!?」


「それも分かりません!!」








 2人で顔を突き合わせて、仲良さげに何やら話し込んでいるように見える。


 いいなー。私も混ぜておくれよー。







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