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第三話 招かれざる者

――森の中に、オークの群れがいる


 少し前から予兆はあった。

 ここ数週間ほど、エルフたちが森で見かける動物の数が激減したのだ。これを受けて当初、村の老人たちは疫病か何かによるものだと考え、村の住人たちに食糧の調理の際には念入りに火を通すように告げた。しかし、様子見に出た若者たちの伝える森の様子から、すぐに疫病ではないことに気付く。


 森のどこにも、動物たちの死体が見当たらない。疫病で死んだのなら少なくとも死体はしばらく残るはずだし、その死肉目当ての掃除屋(スカベンジャー)達もどこからともなく寄ってくるはずである。だが今、森からは一切の生物の気配を感じず、生物の亡骸すらもなく、昼も夜も不気味に静まり返っていた。



 村で最も長く生きる老女は、この不気味な静けさに覚えがあった。

 彼女がまだ魔法も使えぬ幼子であった頃の話。森に迷い込んだ末に恐らく妙なキノコでも食ったのだろう、目を血走らせ凶暴化した魔狼の一群が、村を襲撃してきた。その直前、森はまさに今と同じく、動物達の姿が消え空恐ろしいほどに静まり返っていた。




――森の動物たちは、死んだのではない。逃げだしたのだ。森に入ってきた招かれざる者たちから。




 老女からその話を聞いた村人たちは、すぐに調査隊を結成した。身のこなしに自信がある者たちを集め、いつもの狩りよりも広い範囲を素早く、静かに調査していく。

 元々エルフは森と共に生きる民である。森の中を動き回るのは言うまでもなく慣れきっていたことだし、日頃の狩りや鍛錬の成果もあってか、捜査隊は瞬く間に村の周囲を広範囲に渡って調べ上げた。また、索敵の魔法を併用した事もあって、結局森に迷い込んだオークの群れを発見するまでには、数日とかからなかった。



 原因は見つけた、ではどうするか。

 オーク達のいる位置は、村のすぐ近くというわけではなかったが、かと言って安全だといえるほど離れてもいなかった。また、足跡を見る限りではどこかを目指しているというわけでもなく、ただ闇雲に歩き回っているだけのようだった。



――放っておけば村とは関係ない方向へ去ってくれるかもしれない


――このまま見過ごそう


――いや、もし村の方に来たらどうする


――村に近づかれる前に襲撃しよう


――それで怒り狂って村が襲われたら?


――だがこのまま居座られたら我々は飢え死にだ



 どう対処するかの話し合いは、荒れに荒れた。

 それもそうだろう。大昔ならいざ知らず、人間、エルフ、獣人といった人族が版図を広げ、危険な魔獣の数が大幅に減った今では、村にこのような危機が訪れたことはほとんどなかったのだから。今まで与えられてきた平和を享受し、荒事に全く慣れていなかった今の村人たちは、一向に有効な手立てが出てこない話し合いに苛立ちを見せはじめる。やがて、話し合いというには乱暴すぎる怒鳴り合いは段々とヒートアップしていき、このままでは殴り合いに発展してしまうのではないかとすら思えた、その時。



――魔狼のときは、気づいた時にはもう村の目の前まで来ていた。迎え撃つしかなかったし、多くの犠牲はでたものの、結果的に村は守られた。



 紛糾する議論の最中、ぽつりと漏れた老婆のつぶやきを聞いたエルフたちは、不思議なほどに静まり返り、やがて満場一致で対処法が決まった。



――魔狼のときには、多くの犠牲が出た。ならば何としても村には近づけさせるべきではない。


――魔狼のときには、結果的に村は守られた。ならばオークを狩ることもできるはずだ。



 こうして村を、戦えぬ者たちを守るため「やられる前にやる」の方向でまとまった村人たちは、戦える者を集めて討伐隊を結成、剣を、弓を、杖を携えて決死の覚悟でオークの群れの討伐に繰り出すこととなった。








 出立の朝はまさに葬式のような陰鬱さが村中を覆い、死地に赴く戦士たちが愛する妻や子供たちを泣きながら抱きしめる様があちこちで見てとれた。

 ある老夫婦は、まだ若く美しい娘が戦いに向かうのを縋り付いてでも止めようとし、娘はその両親を守るために、震える足を叱咤し、彼らを振り払い、数年前に成人の祝いにと両親からもらった杖を抱きしめながら森の奥へと分け入っていった。


 討伐に赴く誰もが、この中の誰かが、或いは自分自身が、命を落とすことになると思い、また彼らを見送った戦えぬ者たちの誰もが、自らの愛する人が生きて帰れないかもしれないと、滂沱の涙を流した。





 オークの群れが見つかった場所は、エルフの足で村からおよそ一日の距離がある。行って帰ってくるだけで二日、戦闘がどれだけ長引くかも分からないし、オーク達が移動していた場合はそれを追うためにもっと時間がかかる可能性もある。



いったい何日、待てばよいのだろう。いったいどれくらい待てば、彼らは帰ってくるのだろうか。



帰って、きてくれるだろうか。











「みんないっちゃったよ、ミーニャ」


 いつもは若い女性のエルフたちで賑わう広場も、今日はセレナとミーニャの、一人と一匹しか見当たらない。


「お父さんも、エトナさんも、みんな」


 討伐隊が村を出てから、すでに二日が経過していた。

 この二日間、活気や笑い声が消え、陰鬱な雰囲気と時折どこからか聞こえてくるすすり泣きの声だけが感じられる集落の空気に、まだ幼いセレナはとうに耐えきれなくなっていた。始めのうちは万が一のためにと、母と祖母と三人で家に籠っていたが、あまりの重苦しさに思わず家を飛び出してしまったのだ。

 意識してどこかへ向かうでもなく、足が勝手に歩を進めたのはミーニャの元。いつもの、気持ち悪いくらいの満面の笑みは鳴りを潜め、心をどこかに置いてきてしまったかのように、虚ろな声を紡ぐ。



 思い出されるのは、出立の朝の事。


 いつも自分に甘々で、抱きしめるときは壊れ物を扱うみたいにそっとだった父が、今までないくらい、痛いほどの強い力で自分を抱きしめた。


 いつも下品でくだらないジョークを飛ばすエトナが、「村は必ず守って見せるから」と、今まで聞いたことが無いような決意のこもった声で約束した。

 

 いつもミーニャミーニャとうるさい自分を珍獣を見るような目で見ていた広場の女性たちが、とても強くて、とても悲しい目で手に持った武器をじっと見つめていた。





「みんな、かえってくるよね」


返事はない。



「ねえ、ミーニャ」


返事は、ない。





 いつものように風に揺られる触手も、今日はどこか弱々しく、もの悲しく見えた。







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