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第二十七話 門前の問答は当然の問題か

「これは…」


 カナエの呟きが、通路に小さく響く。



 角を曲がった私達の目の前に現れたのは、通路を丸々塞ぐほどの巨大な扉だった。

 ちなみに、取っ手はないっぽい。








「まだしばらくは、通路が続くと思っていましたが……」


 真ん中へと進みながら書き加えられていった地図の中央には、まだそれなりの大きさの空白が残っている。


「…この先が、中心部…?」


 もしこの先が、地図の空白に当たる中心部なのだとしたら。その部屋は、かなり大きな空間だという事になるのだけど…



「いや、案外これはただの扉で、この先にもこれまでと同じような通路が続いているだけかもしれん」


 自身が書いた地図と扉を交互に見ながら、そう言う測量士さん。

 そういう可能性もある、のだろうか。

 精霊宮に入るのが初めてな私には、この先の可能性なんてさっぱり分からない。


「それもあり得る話ではありますね……しかしいずれにしろ、わざわざ扉が設置されているという事は、ここまでとこの先で何らかの違い(・・)がある可能性は高いでしょうね」


 なるほど。

 扉の先から構造が変わるとか、魔物が強くなるとか。何かで隔てられているという事は、それを境に少なからず『別の空間』になるという事、だろうか。



「…結局…開けなければ、分からない…」


 一応、扉の向こう側に意識を向けてみるのだけれど……向こう側には何もないのか、或いはこの扉が気配やら何やらを全て遮断してしまっているのか。とにかく、ここからでは何も感じ取れず、扉の先の様子を窺い知る事はできなかった。



「…中位程度であれば、そう危険もないとは思いますが…」


 そう言いながらもカナエは扉から離れると、私達の方へと振り返る。


「もう日も沈む頃ですし、やはり、今日はここまでにしておきましょう。皆さんもお疲れのようですから。地図はありますのでこの先は日を改めて、という事で」


 彼女の持っている懐中時計の針は、もう夕刻近くを指していた。

 今ならまだ、急いで戻れば日が沈む頃には町に戻れるだろう。いくら町の近くとはいえ、夜、疲れた状態で町の外を歩くのは危険だ。


 やっぱり、今日はここまでになる、のかな。





 

 と、カナエのその発言に対して、巡礼官の内の1人が声をあげる。


「では最後に、扉の向こうを少しだけ確認しておくのはどうでしょう。もしこの先の構造が大きく変わっているのであれば、場合によってはもっと多くの人員が必要になってくるかもしれません。ここは、様子だけでも確認しておくべきでは?」



…確かに、こちらの言う事にも一理ある。

 次また来て、この先が今のメンバーでは進めないような作りになっていたら、それこそ無駄足になってしまうかもしれない。事前に様子を見ておく事も大事だろう。

 実際、今日ここまで進んでこられたのも、彼らの事前調査を元にして人員を集めたからだろうし。



「ええ、私もそれを考えてはいたのですが……やはり皆の疲労が溜まっている状態で、罠を踏む危険は避けるべきかと」


 カナエも当然その考えには至っていたようだけど、どうやら彼女は、パーティの安全をより重視しているみたい。


「中級程度であれば、危険は少ないのでしょう?ならば、出来るだけ早く精霊を保護できるよう手を打つべきでは?」


 一方こちらの巡礼官さんは、精霊の保護を最優先すべきだと言っている。もう1人の巡礼官さんも彼の言葉に頷いているし、精霊教徒としては、こちらの姿勢の方が正しいのだろうか。

 もちろん、危険性は低いだろうというカナエの言葉を踏まえての事だが、それにしても随分と熱心なものだ。これが、『信仰心』というやつなのかな?

 まぁ、あまり体力があるようには見えない彼らは今日、疲れは見せども文句は言わずに探索に付いてきていたのだし、その熱意は本物と言っても差し支えないだろう。



「確かにそう言ったのは私です。しかし、万が一という事もありますし…」


「ほんの少し、扉の向こうを確認するだけで良いのですっ。それだけで次回以降の調査が、このまま帰るよりも格段に捗るかもしれません!」


「扉を開けた瞬間に何らかの罠が作動する可能性もあります、ここは…」


 あくまで安全を重視するカナエに、なおも食い下がる巡礼官さん。

 引くか進むか、2人はしばらく話し合っていたのだが。





「…分かりました、では自分達2人だけで様子を見てきます。すぐに戻りますから、皆さんはここで待っていてください」


 遂に彼らは、疲れた体に鞭打ち、自分達だけでも行くとすら言い出す。



「なっ、あなた方こそ疲れが溜まっているはずです!無茶はいけません!」


 うーん。

 思ったより根性のある人達だけど、これで彼らに何かあったら、私達が付いてきた意味無くなっちゃうしなぁ。何のために冒険者を雇ったんだか。

 ここまで言ってのけた彼らが、このまま帰る事に納得するとはもう到底思えないし。





…仕方ない。雇われている以上、仕事はしないとね。


 私は、静かに彼らの元へと近寄っていき、言い争う2人の間に割って入った。



「…私が行く…」


「ですから…!って、は?」


 またしても反論しようとし、しかし言葉を発したのが私であると気付いたカナエが、気の抜けたような声を漏らす。



「…私が、行く…」


 しっかりと、全員に聞こえるように、もう一度告げる。



「おお、ありがたいっ!では一緒に行きましょう!」


 いや、あなた達は残っててください。何かあったら困るので。



「…いえ、ダメです。今日はもう戻りましょう」


「…彼らの言葉通り、少し様子を見て…すぐに戻ってくる…」


 本当に少しだけだ。

 そうしないと、彼らはいつまでも納得しなさそうだし。

 ねっ?ホントに、少しだけだからっ。


「ダメです」


「…大丈夫…自分の身くらいは、守れる…」


「ですから、万が一というものが…!」


 今度は、私とカナエが問答をする形となってしまう。

…カナエはやさしいんだけど、それじゃいつまで経っても帰れないよ。



「雇っている以上、不用意に危険な目に遭わせるわけにはいきません!」


 カナエの、雇い主としてのその言葉に。



 

「おいおい。そりゃ、違うんじゃねーの?」




 反論する声が1つ。










「…違う、とは?」


 声を発したのは、今まで言い争いを黙って聞いていた、大剣を背負った獣人のおじさん。彼の言葉にカナエは、少しだけ剣呑な雰囲気を滲ませながら振り返る。


…カナエ、ちょっと気が立ってる。まぁ、身を案じている相手に悉く反発されたら、そうもなるよね……ごめん。



「俺らの仕事は、依頼主と共に調査をするのと同時に、依頼主の身を守る事だろ?みんな危険は承知の上だ」


「それは確かにそうですが、だからと言って、不必要に危険に身を晒す事は無いでしょうっ」


「不必要じゃあねぇだろ。依頼主(そこの2人)が、何があるかも分からんような所へ踏み込もうとしてる。だったらそれを肩代わりするのも、俺らの仕事の内だ」


 そうそれっ。私が言いたかったのはそれだっ。おじさん分かってるー。



「そもそも今踏み込む必要がないと言っているのです!何なら、明日下見をして、その後改めてパーティを組み直せばよいではないですかっ」


「だーから、それじゃ納得しねーだろーが。そこの信徒様方がよ」


 精霊宮の出現から今日までで、少なくとも1週間は経っている。熱心な精霊教徒である彼らとしては、生まれたばかりの精霊がいつまでも放置されているというのは、心落ち着くものではない…のだろう、多分。私にはよく分からない事だけれど。

 まぁ正直なところ、彼らが折れてくれれば、カナエの言う通り後日ゆっくり下見できるんだけど。



「我々は、『そう危険はないだろう』というあなたの言葉を信頼して、様子を見てくると言っているのですっ」


 ここぞとばかりに、カナエに言葉を投げかける巡礼官。

…言っておくけど、私はあなた達の味方をしているわけではないからね。

 私だって、カナエのその言葉を受けて、斥候を名乗り出たのだ。


「そう言うこった。あんたのその慎重な姿勢は好感が持てるが……危険は少ないのに危ないから行くななんて、言ってること矛盾してるぜ」


「で、ですから、万が一という事もあると何度も…!」


「万回に一回程度だから万が一っていうんだろうがよ。大体、なんだってそんな意地になってんだ?ここまでだって、疲れてるやつもいると分かってて進んできたじゃねぇか」


「…それはっ…」


 これは、おじさんの言う通りだと思う。

 万が一…というけれど、ここまでの道程でだって、進む前から不測の事態がないとは言い切る事はできなかったはずだ。けれどカナエは、私達は、休憩を挟みつつも進んできた。

 それはひとえに、彼女自身が迷宮に踏み入った上で結論付けた、『中位程度で、危険はあまりないだろう』という根拠があっての事だ。そしてそれは、この先だって同じはず。

 

 


「『危険はない』場所をちょっと見てくるだけだろうが。ちったぁ信頼してくれや」


「……」




 信頼。

 そうか。おじさんの言葉を聞いて分かった。

 私は、カナエに信頼してほしいんだ。庇護されるだけではなく、仕事を任せるに足る人物としての、信頼。

 だから、優しい彼女の言葉に逆らって、雇われた身としての仕事を全うしようとしている。


…これは、カナエが折れなきゃいけない流れかな。

 身を案じてくれているのは嬉しいけど、私達は雇った者と雇われた者。どちらかが一方的に庇護される関係じゃないはずだ。

 しかし何というか、おじさんは本当、私がぼんやりと考えていた事をぴたりと言い表してくれる。

 やるなぁ。






 

と、ここで。


「…えっとぉ…じゃあさ…」


 今まで、口を挿むべきかどうかと逡巡しているようだったセレナが、1つの提案をする。


「ホントに扉を開けるだけ…ていうのはどう?向こう側へは行かずに、こっちから様子を見るだけ。ねっ」


 最大限、安全に配慮した妥協案だと思う。

 向こう側まで行かなければ分からない事もあるかもしれないけれど…誰も扉をくぐりはしないのだから、少なくとも危険はほとんどないだろう。

 こちら側から見える範囲で、扉の向こうの様子を窺う。うん、これでいいんじゃないだろうか。



「…自分達は、それで構いません。安全を期すべきというあなたの考えも重要だと、分かってはいますから」


 巡礼官側はそれで良いと言っている。

 後はカナエがこの案を飲んでくれれば…

…ていうか、カナエも巡礼官だったよね、そういえば。全然それっぽくないからすっかり忘れてた。

 なんだろう、あんまり熱心な方ではないのかな?


「……分かりました。ですが、扉を開けるのは…」


「…私…」


 おっと、ここは譲れない。もうほとんど危険は無いだろうとはいえ、『雇い主を守るのも私達の仕事』だからね。

 でしょ、おじさん?


「ああ。嬢ちゃんは、新人にしちゃあ分かってるじゃねぇか」


 新人とか、やっぱり分かっちゃうものなのかな。


「んなもん見てりゃすぐ気付く」


 そんなものなの?


「そんなもんだ……それよりここは、多分嬢ちゃんより頑丈な俺の方が適任だと思うんだが」


 そう言って扉を開ける役に立候補するおじさん。

 これは恐らく、見た目が幼い私を守るとか庇うとか、そういうのではなくて、適材適所って意味で言っているのだろう。  

 でも、『何が起こるか分からない』という状況に対する適正は、人族(おじさん)より触手種()の方が上だと思うよ。



「…確かに…頑丈なのはおじさん、だと思う…」


「だろ?」


「…でも、死ににくいのは…多分、私…」


 たとえ扉を開けた瞬間に人型()の半分が吹き飛んだとしても、私なら死にはしないだろう。

…核が残ってたら、だけど。



「へぇ、自信ありげだな。魔法かなんかか?」


「…そんなところ…」


 嘘です。思いっきり嘘です。


「そうかい。なら、俺が出しゃばる幕じゃねえな」



 流石はプロというか、仕事人というか。私が意図的に作った『一見無表情っぽいけど端々から自信が滲み出ている感じの表情』を読み取ったおじさんは、あっさりと引き下がった。



「…セレナさん、よろしいのですか…?」


「うん。ミーニャの言ってる事、多分あってるから」


「…そう、ですか。あなたがそう言うのなら、私からはもう何も…」



 うん。カナエもどうにか納得してくれたみたい。

 よし、じゃあ。ここまでひと悶着あったけれど。

 さっさと扉開けて、向こう側を確認して。今度こそ、帰ろう。



「…じゃあ、開ける…念のため、離れていて…」



 みんなにそう告げ、各自扉から離れたのを確認してから。

 取っ手のない両開きの扉に手をかけ、押し出すように力を込める。






 ズズズズッ…という、重い物が擦れる音と共に、扉がゆっくりと開いていく。




……


………



 特に、何も起こらない。

 罠とかはないみたいだね。




 どうやら問題なさそうだ、と私は、少し離れたところにいたカナエ達の方を振り返り。





「…大丈夫…問題な――!」





――そのまま、見えない何かに引っ張られるようにして、扉の奥へと引きずり込まれていった。




 ごめんカナエ。

 万に一つ、当たっちゃったかも。






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