第二十六話 暗中模索な迷宮探索
「ミーニャさん!」
「…ん…」
暗がりの先。曲がり角から現れた2体のゴーレムにいち早く気付いたカナエが走り出し、その内の1体に躍りかかる。
「ふっ!」
彼女の手に握られた鋼鉄の棒によって、壁に勢いよく叩き付けられるゴーレム。
私はその脇をすり抜けるようにして通り過ぎ、そのまま後方にいたもう1体のゴーレムの懐へと潜り込んで、硬質化した拳を振るう。
ゴッ!!
硬い物同士がぶつかる音と共に、2体目のゴーレムが突き当りの壁まですっ飛んでいく。
…12本くらいが丁度いい、かな?
動かなくなった2体のゴーレムが、粒子となって消えていくのを確認してから、私達は後ろにいたセレナの元へと戻った。
「おかえりー。2人とも、怪我とかしてない?」
駆け寄ってきた私とカナエの体を確認するセレナ。
「…問題、なし…」
「私も、特に問題ありません」
「そっか、良かったー…ってまぁ、余裕でゴーレム殴り飛ばすの見てたんだけどね」
そう言って小さく笑うセレナの頭上には、精霊宮に入ってから絶えず漂い続けている、白い光源が1つ。灯の魔法だ。
「よっし。それじゃあ、次は右と左、どっち行きますかー?」
一瞬の戦闘の後に、再び静寂が甦った迷宮の中を、いつもよりも幾分か大人しいセレナの声が駆け抜ける。
その声を受けて走り寄ってきた、待機していた後ろの一団と合流し、もうかれこれ数時間は続いている地図を描きながらの精霊宮探索が再開した。
私とセレナが町に着いた次の日。
集まった冒険者達の中から、調査に同行するメンバーが選出された。
まずは、町に来ていた4人の巡礼官の内、カナエを含めた3人。後1人は、もしもの時のために精霊宮の外で待機する事になった。
次いで、灯の魔法を使えるセレナと、同じく灯の魔法が使え、さらに洞窟や迷宮の測量技術を持っている人間の男性が1人。
そして、切り込み役や後衛の護衛、殿を務める近接系の戦士。こちらは、精霊を引き連れた魔法剣士の青年、大剣を担いだ獣人の大男、私の3人、それにカナエも含めて4人だ。
計8人という、精霊宮の調査隊としては比較的少数で構成されたパーティは、当初の予定通り依頼が出されてから1週間後の朝に、町の近くの小高い丘の上に出現した精霊宮へと、踏み入る事となった。
そしてかれこれ、もう数時間ほど内部を探索している…と、思うのだけれど。
事前に聞いていた通り、精霊宮の内部は迷宮のように入り組んでいた。
天井は高いものの、通路の横幅は大人3人が何とか並べる程度の広さしかなく、必然的に私達は縦長の陣形を組んで進む事となる。
また、分かれ道や行き止まりなどが頻繁にあり、迷わないように、適宜測量士さんが地図を描いていかねばならず、その分どうしても歩みは遅くなってしまう。
さらに厄介な事に、迷宮内は暗く曲がり角が多い事から、魔物が接近してくる前に目視で確認する事が非常に難しい。なんとなく気配や音などで分かる事が多いものの、それでも先程のように曲がり角で突然遭遇するといった事態もままあり、2人がかりで灯の魔法を使ってなお慎重に、神経をすり減らしながら進まなければならない。
魔物の強さは大した事ないものの、とにかくゆっくり、気を張り詰めながら歩みを進めねばならず、なんというかまぁ……精神的に凄い疲れる。
正直少し甘く見てました。ごめんなさい。
「…カナエは、すごい…」
「…?何がでしょうか?」
私と共に前衛を務めるカナエに、思わず賞賛の言葉を贈ってしまう。
「…全然、疲れているように見えない…」
先ほどからカナエは、全く疲れた様子を見せず、魔物を発見しては先陣を切って飛びかかっていく。正直私は、2番手としてそれに付いていっているだけだ。
「私はまあ、慣れていますから。そう言うミーニャさんだって、疲れているようには見えませんよ?」
「…私は、顔に出ていないだけ…」
私の動きや表情といったものは、全て意識して作り出したもの。疲れが無意識のうちに顔に出てしまう人族と違って、意図的に『疲れた』という表情を作らない限りは、私の疲労は外側から読み取る事は難しい。
そして実際のところ私は今、凄く疲れている。精神的に。
体力面は全く問題ない。何せ、よっぽどぎりぎりの状況にならない限り、身体的な疲労はほとんど感じないのだから。
私はこれまで、長時間に渡って気を張り続ける、といった場面には遭遇してこなかった。だからこそ今、そういう体験をして初めて、神経を削り取られていくような疲労感を味わっているのだろう。
私なんかたった数時間でこれなのに、隣を歩くカナエは先程からずっと涼しい顔をしている。それをどうして称賛せずにいられようか、いや、いられまい。
「そうでしょうか…?…でも、疲れを隠す余裕があるだけ、大したものですよ」
ほら、と言いながら後ろへ顔を向ける彼女につられて、私も振り返る。
「普通は、ああなるものです」
私達の視線の先には、いつもの笑みに隠しきれない疲れの色を滲ませたセレナ。
さらにその後ろには、セレナ以上に疲弊した表情を見せる2人の巡礼官の姿が。
「…少し、休憩しましょうか」
カナエのその台詞と同時に、セレナ以下2名は安堵の息を吐きながらその場に座り込んだ。
疲れが目に見えて現れているセレナや巡礼官の人達と違って、獣人のおじさんや剣士のお兄さん、測量士さんは、休憩中も元気いっぱい…というわけでは流石にないものの、まだまだ余裕そうな表情をしていた。彼らもカナエと同じく、場慣れしているという事かな。
測量士さんと獣人のおじさんはここまで書いてきた地図の確認をし、剣士さんは通ってきた道に目を光らせつつ、連れの精霊と仲睦まじげに話し込んでいる。ていうかあの2人、さっきからずっとこんな感じだ。仲いいなぁ。
ちなみに進むときは、おじさんは巡礼官達と測量士さんの護衛、剣士さんと精霊は殿を務めている。セレナは道の先を照らしつつ、状況に応じて前衛、後衛どちらも援護出来るよう、おじさんと私達の間だ。
休憩中の他のメンバーの様子を、一通り確認してから。
「…入ってから、どのくらい経った…?」
壁に背を着け、静かに体を休めていたカナエに声をかける。
時計を持ち歩いていない私には、屋内ではどれくらいの時間が経ったのかよく分からないのだ。
恐らく、数時間ほどだと思うのだけど。
「そうですね……四半日、といったところでしょうか」
カナエがローブの内側から出した懐中時計の針は、昼過ぎ頃を指していた。
…思ったより、時間が過ぎている。
そんなに長い距離を歩いた気はしないのだが……やはり、外を歩くよりも遥かにゆっくり進んでいたという事か。
「丁度良いですし、このまま少し、食事をとりましょうか」
そう言うとカナエは、背負っていた荷物袋から干し肉を取り出すと、それを口にしだす。
それを見たほかのメンバー達も、乾パンやら干し肉やらを取り出し、各々昼食というには味気なさすぎる食事を始めた。
うーん、私はどうしようか。
食事と言うなら、ただセレナに触れていればいいのだけど。
特にエネルギー不足というわけでもないしなぁ。
「ミーニャさんも、今のうちに何か食べておいた方がいいですよ。前衛は、食べながら歩くというわけにもいきませんから」
と、何をするでもなくぼーっとしていた私を見かねたのか、カナエがそう言いながら、自分の乾パンを私に差し出してきた。
「よろしければ、どうそ」
「…えっと…」
気持ちは嬉しいけれど、私は食べられないんだよね、それ。
「…私は大丈夫…自分で食べて…」
「しっかり食べておかないと、いざという時動けませんよ」
ううっ…表情や言葉の端から、心配してくれているのが分かるだけに、これを受け取れないのが申し訳ない…
でも、カナエに食べられた方が、その乾パンも本望だろうからっ。
「…その…私、食べてから動くと…吐いちゃうから…」
我ながら苦しい言い訳。
「…そう、ですか…?…そう言うのなら、無理強いはしませんが…とにかく、あまり無理はしないでくださいね」
「…ありがとう…気持ちだけ、受け取っておく…」
私の言葉にカナエは、なおも心配そうに眉を寄せていたが…
…一応は納得したのか、無理強いはしないと言う通りに手を引っ込め、差し出していた乾パンを自分の口へと運んだ。
「…カナエは、やさしい…」
「そんな事ありませんよ。これくらい、普通です」
「…普通、だとしても…やさしい…」
「そう…ですかね…?」
「…そう…」
「……な、何だか、照れますね…」
ごめんねカナエ。ありがとう。
あ、途中から私は、セレナの手をそっと握って汗を頂いてました。やっぱりカナエの言う通り、食べられるときに食べておかないとね。
抱き着こうかとも思ったんだけど、こないだの夜以来セレナは、「…嬉しいけど、すっごく恥ずかしいから禁止!」と言って、私から抱き着くのを許してくれなくなってしまった。
なぜだ。嬉しいならいいじゃないか。
半刻ほどで休憩を終え、私達は探索を再開した。
時折姿を見せるゴーレムを私とカナエが倒し、測量士さんが地図を描きながら、少しずつ進んでいく。
精霊宮に入ってからこっち、出現する魔物はゴーレムばかり、しかも1体か2体ずつしか現れない。その点だけは本当に、単調というかなんというか。いやもちろん、だからと言って気は抜けないんだけどね。ゴーレム重くて硬いから、殴られたら危ないし。
とはいえ動きは非常に鈍重なので、よほど油断していない限りは、先手を取られることはまずない。獣人ゆえか、反応が誰よりも早いカナエがあっと言う間に接近して棒で叩きのめし、2体目がいた場合は私がそれを処理する。さっきからもうずっとこの流れで、後衛はおろか中衛のセレナですら、戦闘の場ではやる事がないという状況だ。
まぁ、セレナは調査開始時からずっと灯の魔法を使い続けているし、楽させてあげるに越した事はない。
「やはり、出現するのはゴーレムばかりですね…」
カナエが、壁に叩き付けられたゴーレムが消えていくのをしっかりと確認してから、手に持った棒に凹みなどがないか確認する。
先程から彼女は、宿で手入れしていた『刀』というらしい武器は腰に下げたまま使わず、もっぱら町の武具屋で購入した鋼鉄製の棒で戦っていた。なんでも、「刃が痛むから、ゴーレムは切りたくない」との事。
刃が痛むっていうか……この武器、剣にしてはえらく細いし薄いし、ゴーレムにぶつけたりなんかしたらぽっきり折れやしないだろうか。
って、ちょっと失礼だったかな。やめやめ。
小さく首を横に振りながら、彼女の言葉に耳を傾ける。
「この分だと、精霊は土属性、良くて中位程度でしょうか。外から見た精霊宮の全体像も、そう大きなものではありませんでしたし」
…あれで大きくない方なんだ。私からしたら、1つの建造物にしては大き過ぎるほどなのだけれど。
「…すみませんミーニャさん。少し後ろに下がります」
少しの間何かを考えていたカナエは、やがてこちらに向かってそう言うと、私を置いて測量士さんの方へと歩いていった。
「地図は今、どうなっていますか?」
「ああ、これを見てくれ。まだ確定ではないから黙っていたが…」
地図を覗き込みながら、何やら話し込む2人。それにつられて、巡礼官の2人とおじさんも、測量士さんの元へ集まっていく。
…私も見に行きたいけど、誰かが前方の警戒もしておかなくちゃね。
「…セレナ…」
「なーに、ミーニャ?」
警戒する、とは言っても、歩みが止まって手持無沙汰ではあるので、私と同じくその場にとどまっていたセレナに話しかけてみる。
「…疲れて、ない…?」
「全然大丈夫!…って訳ではないけど、まだ平気。歩いてるだけとはいえ、初めての精霊宮だから結構楽しいし!」
なんて言ってるけど。
顔は見えなくとも、疲れてるのは分かるよ。
「行きたいって言ったのは私だし…こんなのでへばってたら、同行させてくれたカナエさんに申し訳ないからねっ。まだまだいけるよー!」
そう言うと思った。
でも、あんまり無理はしないで。
って、これさっき、私がカナエに言われた言葉そのままだ。
「…疲れたら、言って…おぶるから…」
「それは恥ずかしいからいいってば…ていうか、そしたらカナエさん1人で戦う事になっちゃうよ」
「…冗談…」
でも、気持ちはそれくらい、って事。
「もう、ミーニャったら……でも、うん。ありがと」
いえいえ、どういたしまして。
それから少しして、後ろで話し込んでいたカナエが戻ってくる。
「…どう…?」
どうって、なにがどうなんだろう。我ながらざっくりした聞き方だ。
「ええ。どうやら今まで通ってきた道は、分かれ道などはあれど、この建造物内を大きく回りながら徐々に中心へと向かって行っているようです」
へー、そんなふうになってたんだ。
「地図の真ん中にある空白部分から推測するに、この迷宮の中心部に大部屋のようなものがあり、そこに精霊がいるのではないかと考えられます」
なるほど、とりあえず終着点は分かってきた、と。
「…このまま、進む…?」
「空白の大きさから考えるに、中心の大部屋まではまだかかりそうだという事で……もう少し進んだら今日は撤退する、という方向で決まりました」
「…ん、わかった…」
今日はもう少し先まで行って、終わり。
よし、じゃあもうひと頑張り、しましょうかっ。
もう一息で帰れるという事で、みんな最後のひと踏ん張りとばかりに意気込み、精力的に進んでいったのだが…
それが良かったのか悪かったのか。
まさに、この先まで確認したら帰ろう、と決めた曲がり角の先で、私達は。
いかにも何かありそうな、巨大な両開きの扉を発見してしまった。
…えーっと。
進む?それとも、帰る?




