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第二十五話 恥をかき捨て枕を投げ捨て

 「食事は外で済ませてきたので」と言う少女と一旦別れ、テーブルスペースで食事を終えてから(と言っても、食べたのはセレナだけだけど)。

 私達は、体を拭くために女将さんに頼んで用意してもらった布と水の入った桶を持って、2階の部屋に戻る。

 



 部屋では、既に体を拭き終えた巡礼官の少女が、ローブを脱いだ質素な姿で、細長い剣のような武具の手入れをしていた。

…そういえば、まだ名前も聞いてなかったな。



「ああ、おかえりなさい。…私はしばらく、出ていた方がいいですか?」


 私達が手に持った桶を見た彼女がそう言い、立ち上がろうとするが、


「んー…女同士だし、別に気にしなくていいよー」


「そうですか、では、お言葉に甘えて」


 セレナの一言で、再び腰を下ろした。 



 私達も、2つあるベッドの内、入り口側にある方へ腰を下ろし、旅装を脱いでいく。


「…名前…まだ、聞いてなかった…」


 手早く体を拭きながら、少女に話しかける。

 触手()って汗かかないから、人よりも体が汚れにくいんだよね。こういうとき楽だ。


「そう言えばそうでしたね、これは失礼。私、獣人は灰狼族、オオガミの家のカナエと申します」


 小さく頭を下げる、カナエ。


「カナエさん、だね。私はセレナ・エルヴィン、見ての通りエルフでーす。改めてよろしく!」


「…ミーニャ・エルヴィン…よろしく…」


 こちらもぺこりと頭を下げ、自己紹介をする。

 カナエは、髪や瞳の色が違う私達が、同じ苗字を名乗った事に少し驚いたよう様子を見せたが、


「姉妹…には、見えませんが……いえ、あまり詮索する事でもありませんね」


 結局、深く追求する事はなかった。


「…ん、家族のようなもの…」


「そうですか」


 カナエは、私の言葉に小さく頷いてから、「ところで」とあっさり別の話題に切り替える。

 一流の冒険者は、見知らぬ人の事情に深入りしないものだって、レゾナが言っていたっけ。



「お二人も、精霊宮の調査に参加するつもりなのですか?」


 ここに来た目的。


「うーん、とりあえず精霊宮っていうのを一目見ようと思って来たんだけど……やっぱり調査って、危ないものなの?」


「そうですね…精霊宮と一口に言っても、様々な形式がありまして」


「形式?」


「ええ。内部の構造なども含めて…」



 2人の会話を聞きながら、まだ体を拭いている途中のセレナを眺めているうちに、ふとある事を思い付く。

 そうだ、私が体を拭いてあげよう、日頃の感謝を込めて。これも1つの気持ちの表現、だよね。



「精霊の誕生と同時に現れるのが精霊宮、なんだよね…って、ミーニャ?え、何、どうしたの?」


 突然布を取り上げ、後ろに回った私にセレナは困惑した様子を見せるが、


「…気にしないで、話を続けて…」


 そんなのお構いなしに、後ろから抱きすくめるようにして、彼女の体に手を回す。


「えーっと…」


「…いいから、私に任せて…」


「そ、そう…?じゃあ、お願いします…」


 妙にしおらしくなったセレナの体を丁寧に拭いていきながら、カナエの方にも「お気になさらず」と声をかける。


「仲が良いんですね」


 微笑ましいものを見るような彼女の言葉に、


「…ん…」


 大きく頷いて答える。



「いや、私もちょっとびっくりしてるんだけど……まぁいいや。その、精霊宮にも色々ある、って?」


「ええ。先ほどセレナさんは、精霊宮を『精霊が生まれた時に出現するもの』だと言っていましたが…正確には『人大陸において精霊が生まれた時に出現する』のが精霊宮なのです」


「あれ、そうなの?って事は精霊大陸じゃ…」


「ええ、精霊宮などと言うものは存在しません」


 へー、と興味深そうに声を漏らすセレナ。

…確か、レゾナも同じ事を言ってたと思うんだけど…


「膨大な魔力の塊である精霊は、死ぬとその魔力を一時的に大陸へと還元します。やがて幾許かの時を経て、還元された分の魔力が再び寄り集まり、新たな精霊として生まれ落ちるのですが…」


 と、そこで一旦言葉を切り、私達の様子を窺うカナエ。




「…ひゃっ……ちょ、ちょっと…ミーニャ……くすぐっ、たいよぉ……」


「…人の肌は繊細…優しく、丁寧に扱うべきだと…お母様が言っていた…」


 後、レゾナの話をちゃんと聞いていなかった、お仕置き。 




「えっと…聞いてます…?」


「…問題ない、続けて…」


「ごめんね…ちゃんと聞いてるから、んっ…気にしないで、続けて…」

 

 レゾナからも習った事だし、ちゃんとついて行けている。



「そうですか…で、では…」


 カナエは少し気まずそうにこほん、と咳ばらいをしてから、説明を再開する。


「精霊大陸と人大陸の魔力濃度の違いか、はたまた質の違いか、明確な理由は明らかになっていませんが……人大陸においては精霊の死から誕生までの過程に、何らかの歪みが生じるようなのです。或いは、精霊の死と誕生の循環は、精霊大陸という場でこそ完全なものとして機能する、という事なのか…」


 この辺りはまだ、精霊教でも分かっていない部分が多い、という事か。



「ミーニャ…もう、十分だから…あぅっ…」


 なでなで、さすさす。



「…その…精霊大陸と人大陸の、何らかの違いが…精霊宮を出現させる…」


「え、えぇ。還元された分の魔力をきちんと寄せ集める事ができず、誕生直後の精霊が一時的に不安定になってしまい…そしてその不安定な精霊を守るために、集まりきれなかった分の魔力が精霊宮という建造物を作り上げるのではないか……というのが、現在の精霊教の見解です」


「…つまり…精霊宮も、魔力の塊…の、ようなもの…?」


「恐らくは。精霊のような自我も、魔物のような本能も持ち合わせてはいない、これ自体は正真正銘ただの『物』なのですが……内部には、漏れ出た精霊の魔力を呼び水として発生した魔物がいますし、時には、不安定な精霊の影響を強く受けた特殊な個体が、その精霊を守護している場合もあります」


「…なるほど…だから、危険だと…」




 なでさす、なでさす。


「…ほ、ほんとにもう、大丈夫だから…!」


 あ、逃げられた。

 私から離れ、いそいそと寝間着に着替えるセレナ。

 なんだか顔が赤い。怒って……は、いないようだけど。



「ええと…大丈夫、ですか…?」


「…ん、問題ない…」


「問題あるよ…!カナエさんに見られてるのに……あー、恥ずかしかった…」


 女性同士だから気にしなくてもいい、と言ったのはセレナの方ではなかったか。


「そうだけど、そうじゃなくて…!」


「…やはり私は、席を外した方が良かったのでは…」


 良く見ればこちらも、少し顔を赤くしているカナエが、気まずそうに呟く。


「いや、私も、まさかこんな事されるとは思ってもみなかったから……なんていうか、すいません…」


 今思い付いた事だからね。


「…日頃の感謝を…伝えようと、思っただけ…」


「どういうことなの…」


 言葉の通りだけど。




「ミーニャが突然変な事しだしたのは、うん、今はおいておこう。私にもよく分からない…」


 うーん、やっぱり。感謝も好意も、いまいち伝わっていないみたいだ。

 やはりここは、思いっきり抱き着くしか…


「えーっと、それで今回の精霊宮は、危ない魔物とかいっぱいいる感じ、なのかな?…って、それを調査するために依頼が出されたんだよね」


「先に現地入りしていた数名の巡礼官が、軽く事前調査を行ったようなのですが…魔物自体の強さは大したことはなく、むしろ、暗く迷宮のように入り組んだ内部構造の方が厄介そうだ、と」


「あ、そうなの?」


「ええ。ですから、比較的少人数…遺跡・迷宮の攻略に長けた方や、『灯の魔法』を扱える方を優先して、起用する事になると思います」



 灯の魔法。

 「ともしび」と銘打ってはいるが実際には火ではなく、ただ光源を発生させるだけのもの。

 暗闇や洞窟を進む際に役立つ魔法だが、その割には、旅人の中でもそれを習得している人は思いの外少ない。

 松明や、繰り返し使える灯りなどは町で普通に売られているし…何より、闇を照らすだけでなく、調理や攻撃にも転用できる『火球』の魔法の方が、役立つ場面が多いからだ。



「今回は狭く入り組んだ迷宮型ですからね。味方に燃え移ったり、空気が濁ってしまう火の魔法はむしろ危険です。また、精密な操作が難しい土や水の魔法も、あまり活躍はできないでしょう」



 水や土といった魔法は、火や風などと違って実際に質量がある物質を操作する魔法だ。であれば当然、水や土の重さなども考慮して魔法を行使しなければならないのだが……それらの魔法で、狭い空間で味方の間を縫って魔物を攻撃するのは、それなりに熟練した技術が必要だろう。


 という事は。

 今回必要とされている魔法は、風、光、闇、といったところだろうか。



「はいはーい!私、灯の魔法使えるよ!契約してるのは風の精霊だから、そっちの魔力使えば風魔法も大体いけるしっ!」


 元気良く手をあげるセレナ。

 どうやらレゾナは、灯の魔法もしっかりと教えていたらしい。


「ほう、灯の魔法を…成る程。流石はエルフ、といったところですね」


 カナエが感心したように頷く。

 セレナも、まんざらでもなさそうだ。

 私もセレナが褒められて嬉しいよ。


「魔物はあんまり強くないって言ってるし、どうかなミーニャ?せっかくなら、中も見てみたいと思わない?」


 どうかな?なんて言っているけど、表情からは既に行く気満々なのが読み取れる。


「私としても、セレナさんにはぜひ調査に同行してもらいたい所です。先程も言った通り、直接の危険はあまり無いようですし…それに、報酬は結構良いですよ?」


 うーむ。


「…セレナが行くなら、私も一緒に行く……けど…私は、灯も風の魔法も、使えない…」


 私が役に立つのか、という問題がある。

 セレナ1人で行かせる?それは論外だ。


「では、ミーニャさんは、どういった魔法を?」


「…肉体強化……私が前衛、セレナが後衛…」


 本当は魔法なんて、1つも使えないけどね。


「なら、問題ありません。勿論、前衛を務める方も何名か雇うつもりでしたから。何ならミーニャさんとセレナさんは、ペアで動いてもらいましょうか。その方が、そちらもやりやすいでしょうし」


 それは、願ってもない事だけれど。


「ありがたいけど、いいのかな…?そんな贔屓してもらって…」


「構いません、泊めて頂いた恩です。…それに、私は武力重視の実動隊ですから、こういった場面では指揮を任されることが多いんですよ」


 そう言ってカナエは、先ほどからずっと手入れをしていた武具を持ち上げて見せた。

 なるほど。巡礼官にも、向き不向きのようなものがある、という事か。



「はぇー…なんかかっこいいね、カナエさん」


「いえ、そんな…私には、これしか取り柄がありませんから」


 気恥ずかしそうにしながら、手入れを終えたそれをしまい込む。


「…1つでも、取り柄がある事は、良い事だと…思う…」


「そうそう、もっと自信もって!」


 素直に思った事を口にした私に、セレナも同意し声をあげる。


「…セレナは、もう少し…落ち着いた方がいい…」


 さっきも急に逃げられたし。


「今日のミーニャに言われたくないよっ」


「…私は落ち着いてる…」


「うそだーっ」


 失礼な。



 いつの間にか…というかむしろいつも通りに、変な方向へと逸れていく私達の会話を聞き、カナエもおかしそうに、小さく笑いだす。



「…ふふっ…そうですね、二人とも、ありがとうございます」




 こうして夜も更けていく中、私達とカナエは、意味があったりなかったりする会話を弾ませて、親睦を深めていった。











 あ、そういえば。







「…セレナ……セレナ…」


「…ちょっ、ミーニャ…そんな強く…んっ…」


「…枕、邪魔…」


「…ミーニャ…何を…!」


「…セレナ…いつも、ありがとう……セレナ…」


「…あぅ…!…耳に、息が……ひゃうっ……だめ…だっ、てばぁ…」



 当初の予定通り、寝るときには思いっきり抱き着いて、感謝と好意を伝えてみました。



「あああのっ!やはり私はっ、席を外した方が良いのでは!?」


「いやっ、ちが……いつもっ…は、こんな事…」


「…セレナっ…セレナっ……大好き…」


「…っ!…やっぱり、今日の、ミーニャっ…なんか変だよぉ…」


「…『家族のようなもの』というのは、つまりそういう…!?」


「…私の、気持ち……ちゃんと、伝わってる…?」


「伝わってる…伝わってるから…もうっ、許してぇ…」



 ようやく伝わったみたい。いやあ良かった良かった。 

 これからも、気持ちは積極的に伝えていかなきゃ、ね。



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