第二十四話 背負わず歩いて気負って繋いで
リガルドからアルミレーダの町まで、徒歩でおよそ5日ほど。
当然、道中は野宿となる。
眠るときにはどちらかが見張りをしなければならないのだが、幸い触手種である私は人と比べて短い睡眠…というか休眠時間で活動できるため、移動中はセレナに多めの睡眠時間を割り振る事となった。
また、効率的に移動するために、私がセレナを背負って歩くというのを提案したのだが、残念ながらこちらは却下された。
私は疲労というものをほとんど感じないので、彼女を背負い汗を供給してもらいながら進めば、セレナの体力を温存したまま1日中でも歩き続ける事ができる…と思ったのだが、「流石に恥ずかしい」のと、「隣に立って歩きたい」という理由から断られてしまった。
隣も背中の上も、大して変わらないと思うのだけれど。てっきりセレナなら、私とくっついていられるという事で喜ぶかと思ったのだが…も、もしかして、自意識過剰だったかな。うわっ、はずかしっ。
しかし、どうも最近のセレナは、村にいた頃と比べて体の接触が少ないというか、私に対して以前ほどがっついてこなくなったというか。汗を貰う時以外は、抱きつく事はおろか、手を握る事もあまりしなくなったし。レゾナとの別れや町での生活を通して、大人になったという事なのだろうか。
…良い事、なのだろうけれど。何だか寂しい。時々起こる、行き過ぎたあれこれは別として、セレナと一緒にいること自体は大好きだし、汗とか抜きにして彼女と触れ合うのも好きだ。だから、今まで彼女からのスキンシップは、よほど疲れる事でもない限りは受け入れてきたのだけれど。
と、そこまで考えてから私は、そう言えば、今までこちらの方からセレナに好意を伝えた事はほとんどないのではないか、という事実に気が付いてしまった。
なんという事でしょう。
さっきは自意識過剰とか言ったけれど、実際セレナは、私の事が好きだと思う。
よく「かわいい」とか「賢い」とか褒めてくれたし、お姉様って呼んだ時にはすごく喜んでいたから、多分私の事は、可愛い妹のような存在として見ているのだろう。「好きだ」って直接言われたことはないけれど、普段の言動からそれくらいは読み取れる。
しかし、私から彼女への好意は、はたして伝わっているだろうか。
彼女からの好意の表れに対して私は、いつも無表情で、言葉少なく、返す反応も乏しいものだったように思える。
人は自分の心の内を、表情や行動、言葉によって他の人へと伝える生き物だ。セレナが…いや、セレナだけではない。家族のみんなが今まで、そうやってこちらへの好意を示してくれていたのに対して、私は、いつも一緒にいるからと、自分の意思を伝える事を蔑ろにしてはいなかったか。
よくよく考えてみれば、みんなに感謝の意を伝えたのだって、村を出る前日の夜くらいじゃない?
…なんという事でしょう。
これは良くない。
好きな人からの好意や愛情といったものが、自分にも向けられていると分かる事は、とても嬉しいものだ。
ならば、家族のみんながそうしてくれていたように、私の方からも彼らへの感謝と好意を、目に見える形で伝えていくべきではないだろうか。
さしあたっては、今隣を歩いているセレナに対して。
「…ん…」
というわけで、手を繋いでみる。
「…?どしたのミーニャ?お腹空いた?」
「…そうじゃない…けど…」
「けど?」
ここは素直に、直球でいってみよう。
「…セレナの事…好き、だから…」
「うーん…?…私も、ミーニャのこと好きだよー」
…あんまり伝わっていないような気がする。
私が言いたいのはもっとこう、「いつも感謝してるっ!ありがとー!」とか、「セレナ大好き!」みたいな……なんというか、今まで伝えてこなかった分の、溢れんばかりの感謝と愛情というか…
手を握ったくらいでは足りないかな…?セレナがよくやってたみたいに、思いっきり抱き着いてみる…?
とはいえ、歩いている時に抱き着かれても迷惑だろうし…よし。今夜、寝るときにでもやってみようかな。
にぎにぎ。
「ふふっ…ちょっとくすぐったいよー」
とりあえず今は、手を握りながら歩いていこう。
その夜私は、野宿中はどちらかが見張り番をしなければならないが故に、セレナに抱き着けないという事を思い知り…
…できないと知ると、余計にやりたくなってくるというか、なんというか。
何の問題もなく進んだ野宿生活が3日を過ぎ、4日を過ぎ……5日目の夜、アルミレーダの町に着いた頃には、当初の目的だった精霊宮云々よりも、早く宿を取ってセレナに抱き着くという事が、私の中で重要な事案となってしまっていた。
この時の私は、自分でも割とどうかしてたと思う。うん。
私達が町に到着したのは、日が暮れてから数時間後の事だった。
人の入りが最も多くなる夕暮れ時を過ぎていたためか、町の周辺や、中の入り口近くの大通りもそれほど混み合っておらず、セレナが道行く人から聞いた旅人向けの宿まで、すんなり辿り着く事ができた。
町全体の雰囲気が、リガルドよりもこう…上等というか、進んだ感じがするというか。とにかくアルミレーダの町は、リガルドの町と比べて新しい感じがしており、宿も同じく、値段はリガルドの安宿よりは少し高いものの、その分部屋も広くおいしいご飯が出るという話だった。
私にはあまり関係のない事だが、まぁセレナが嬉しそうにしているから良し。
旅人向けの宿というのはどの町でもこういう立地なのか、リガルドの町と同じく、大通りからさほど離れていない路地にあった建物へと辿り着き、中へと入っていく。
件の精霊宮の話を聞きつけてきたのか、中には既に宿泊客らしき人達が大勢おり、各々テーブルについて食事をしているところだった。
む、思ったより人が多いなぁ。部屋取れるかな…
客や、料理を運ぶ人達でやや手狭になっているテーブルスペースを通り抜けて受付の元へ辿り着き、セレナが女将さんに声をかける。
「すいませーんっ。部屋ってまだ空いてますかー?」
「すみません、空き部屋はもう残っていませんか?」
「あれっ?」
「んっ?」
するとその時、ちょうど同じタイミングで横からやってきた少女が、セレナと同時に、セレナと同じ事を、女将さんに問いかけた。
全身をすっぽり覆う、白い外套のような、ローブのようなものを身に纏った、すらりとした少女。切れ長の目と同じく灰色の、後ろで1つに束ねられた長い髪の上には、これまた同じく灰色の毛で覆われた三角形の耳が付いている。
獣人族だ。犬、いや狼系かな?
おや、というような顔でお互いを見つめるセレナと少女。
どうやらあちらも、今から部屋を取ろうとしているようだ。
うーん、2部屋空いてるといいのだけれど…この混み具合だと、厳しいかなぁ。
案の定、獣人の少女と私達を見比べた女将さんが、申し訳なさそうな顔をする。
「済まないが、あと1部屋、2人部屋しか残ってないんだよ」
こちらは2人、あちらは1人。
「そうでしたか。少し残念ですが……いえ」
少女は言葉通りに少しだけ残念そうな顔をすると、こちらに顔を向け、部屋を譲ろうとする。
「そちらで部屋を使ってください、私は野宿でも構いませんから」
その言葉を受けてセレナは、喜んで部屋を取る……訳はなく。
「うー…そう言われると、何だか使いづらいというか…」
彼女の言う通り。
「ここに来るまでも野宿でしたから、後1日くらいどうという事はありませんよ」
「その言葉で、ますます部屋借りづらくなっちゃったよ…」
ええ、まったく。
と、私達の会話を聞いていた女将が、少女の方へ声をかけた。
「そのローブを見るにお客さん、巡礼官のようだし、ギルド近くの宿に泊まったらどうだい?お仲間さん達はみんな向こうに泊まってるし、高いがこっちよりも質はいいはずだよ」
巡礼官、という事は精霊教の人だったんだ。
へー、巡礼官はこういう服装なのか。
「いえ、私はあまり、お金に余裕があるわけでもありませんし…ああいった宿の雰囲気は、上品過ぎてどうにも性に合いません」
女将さんの厚意にしかし、巡礼官の獣人少女は申し訳なさそうに首を振る。
「そうかい?…あぁ、まあ…獣人で巡礼官っていうのも、何だか訳ありっぽいしねぇ…」
少女の頭の上の耳を見ながら、小さく呟く女将さん。
「ええ、そんなところです」
「なら尚更、ウチに泊めてやりたいところだけど……あー、お嬢さん達、あんたらが向こうの宿に泊まるってのはどうだい?」
今度はこちらに顔を向け、別の宿を勧めてきた。
「すいません、こっちもあんまり、大金持ってるわけじゃないので…」
セレナが、先ほどの少女と同じように、申し訳なさそうな表情で言葉を返し。
それに合わせて少女が、再びこちらに向き直り、口を開く。
「いえ、2人部屋なら2人組のそちらが使うべきですし、やはり私は野宿を」
「うーん…」
話が再び平行線になりそうだったところで、私はふとある事を思い付いて口を開いた。
「…3人で、1部屋に泊まればいい…」
「「「ん?」」」
今まで黙っていた私が急に喋りだした事で、3人の目が一斉にこちらに向けられる。
「あー、なるほどっ」
「それは…」
その手があったかという顔をするセレナと、否定の言葉を口にしようとする巡礼官の少女。
私は少女の方を向き、言葉を続ける。
「…ベッドは2つ……私達は一緒に寝るから…もう1つのベッドを、使えばいい…」
元々、セレナと一緒に寝るつもりだったし。
「ですが…」
「…宿代は、折半……食事代は各自、別払い…」
「いえ、見知らぬ人と、同じ部屋で寝泊まりするというのは…」
あ、そっか。
私と、反応を見るにセレナも構わないようだけれど、巡礼官さんの方は他人がいると落ち着かないのかも。
「…そっちが嫌なら…無理強いは、しない…」
「嫌というわけでは、無いのですが」
返答に困っているような様子の少女に、女将さんからも声がかかる。
「良いんじゃないかい、どっちも、荷物を盗むような輩には見えないし。宿の女将なんてやってると、やらかしそうな奴の見分けくらいは付くようになるからねぇ」
ああ、荷物を盗まれる可能性を考えていたのか。
確かに、知らない人と相部屋して、朝になったら荷物持っていかれてました、なんて笑い話にもならない。
うわ、そのあたり全然考えていなかった。だから少女の方からも、女将さんの方からも、相部屋の案が出てこなかったのか。
「それに、その状況でどっちかの荷物が無くなっちまったら、それこそ犯人が誰かなんてすぐに分かるだろう?」
まあでも、女将さんの言う通り、今回はそんな心配はないだろう。お互いに。
「確かにそうですね……それに私も、この方々が盗みを働くような輩には見えませんし…」
少女は、女将さんの言葉を受けて少しの間考えていたが。
「…そう、ですね。実のところ、そろそろ屋根のある場所で寝泊まりしたいと思っていたので…」
宿側からも勧められたのが効いたのか、遂に本音を零した彼女が、小さく微笑みながらこちらに頭を下げてくる。
「では、お言葉に甘えて。3人で1部屋という事で、お願いします」
「…ん…」
「こちらこそ、よろしくお願いしまーっす!」
こうして私達は、出会ったばかりの獣人の巡礼官さんと、相部屋する事になった。




