第二十三話 着の身着のまま気の向くままに
「えいっ!」
掛け声とともにセレナが放った風の刃が、眼前のスライムを切り刻む。
さらば、今日何匹目かも分からないスライム。
「よし、今日はこんなもんかな?」
絶命し、消えていったスライムの残留魔力の一部を小瓶に入れ、その中を覗き込むセレナ。
「…もう、いっぱい…?」
「んー…もう少し入りそうではあるけど、宿代の分は十分稼げたと思うよ」
私の問いに応えながらセレナは、蓋をした小瓶を軽く振って見せる。
その中では、薄い水色の粒子のようなものが、ふわふわと漂っていた。
…私にはよく分からないのだけれど、恐らくそれなりの量の残留魔力が入っているのだろう。
「…そっか…じゃあ、町に戻る…」
「うんっ。今日こそ、面白そうな情報入ってるといいねー」
「…ん…」
小瓶を荷袋にしまい込み、並んで歩きながら、リガルドの町への帰路に就く私達。
村を出て、リガルドの町に滞在し始めてから、もう3週間近くが経過していた。
町へ戻り、そのままギルドへ直行。
職員に小瓶の中を確認してもらい、スライム討伐の報酬を受け取ってから、そのままギルド内の開いているテーブルに座る。
「いやぁ、しかし、便利な魔法だよね~」
席に着いたところでセレナが、空になった小瓶を小さく振りながらそう呟いた。
「…ん…」
その言葉に私も、首を縦に振って同意する。
この小瓶自体は、何の変哲もない、どこにでもあるような透明な容れ物だ。
しかし、それにかけられた『絶命した魔物の残留魔力の一部を保存する』という魔法は、旅人や冒険者達にとって、ギルドからの討伐依頼をこなす上で、無くてはならないものとなっている。
魔物、魔獣の討伐依頼では通常、報酬を受け取るためには、対象を討伐した証明となる物をギルドに提出する必要がある。
死体が残る魔獣であれば、体の一部を持っていけば良いのだが……死後、すぐに体が消滅してしまう魔物では、そういった体の部位を討伐の証明として持ち帰る事は、はっきり言ってかなり難しい。というかほぼ不可能だ。
そこでこの、残留魔力を保存する魔法。
この魔法は、何かしらの容れ物さえあれば、死体が消滅した直後の魔物の残留魔力の一部を、それに入れて保存する事ができる、というものだ。
保存された魔力はあくまで魔物の残滓なので、魔法に使ったりはできないが…解析の魔法をかける事で、その魔物の種類や討伐した数なんかを知る事ができる。正にこれ1つで魔物の討伐証明になる、という訳だ。
習得が非常に簡単な魔法であり、お金を払えばギルドからも教えてもらえるという事で、旅人や冒険者、ハンター達はどんなに魔法が苦手であっても、この魔法だけは絶対に習得するようにしているらしい。まぁ、食い扶持がかかっているからね。
セレナはこの魔法を、レゾナに教わったらしいのだけど、一方の私は、その存在すら教えられていなかった。あのレゾナがうっかり言い忘れた、なんて考えられないし……
もしかして、一緒に旅に出る事を前提にして、私達2人を育てていたのだろうか?いやまさか…でも、ううん…
実際、魔法が使えない私はセレナがいなければこの時点で、旅費を稼ぐ手段が大きく減り、旅立って早々に困った事になっていただろう。そう考えるとやはり……
だとしたらレゾナは、一体どこまで見据えていたのだろうか。やはり、レゾナ恐るべし、だ。
「さてっと、宿代は稼いだし、本日も情報収集と行きますかっ」
しばらくギルドで休み、一息ついた私達は、このこの町に来てから欠かさず行っている、情報収集を始める事にした。
と言ってもまぁ、ギルド内にある掲示板を確認するだけなんだけどね。
ギルド内の掲示板には、現在出でている依頼だけでなく、「町の近辺で何とか言う魔物を見かけた~」とか、「○○ができるから必要な人雇ってくれー」など、様々な人が、何でもいいからとにかく仕事に繋がりそうな事を色々と掲示してある。
さらにそれだけではなく、場合によってはその中に、この町に関する事柄以外の情報、つまり近隣の町の情勢や求人情報などが混ざっている事もあったりする。
私達が探しているのはまさに、そういった周辺の町に関する情報だった。
このリガルドからは、いくつかの町へ繋がる街道が走っている。
どの町もここからそう遠くない場所にあるのだが、それゆえに私達は、次にどの町を目指すのかを決めあぐねてしまっていた。であればいっそ、しばらくはこの町にとどまって、面白そうな情報が入ってきた町に向かおう、という事になったのだが…
何の情報も入ってこないまま一週間が過ぎ、二週間が過ぎ……正直なところ私とセレナはもう、スライムやゴブリンを狩って宿代を稼ぐだけの生活に若干飽き始めてしまっていた。いや、最初の内は、町での生活1つ1つが楽しかったんだけどね……ここ前も来た事あるし……ていうか村と近いから、あんまり旅に出た感がないんだよね、うん。
ああ、まだ核が地面に埋まっていた頃の、目に映るもの全てが輝いて見えた私は、どこに行ってしまったのだろう。
「あっ、ねぇミーニャ」
「…ん…?」
昔と比べて、少しだけ擦れてしまった自分を憂いていた私は、セレナの声によって意識を現実に引き戻された。
「これみて、これ。アルミレーダの町」
セレナが指さした先には、恐らくつい今しがた張られたばかりなのだろう、近隣の町の1つである、アルミレーダの町に関する情報が書かれた真新しい紙が掲示されていた。
なになに。
『アルミレーダの町近辺にて、精霊宮の出現が確認された。これについて精霊教巡礼官らが調査を行うことを決定、共に調査に参加する人員を募集する。経歴は問わないが、命の保証はしかねるとの事。調査開始は1週間後。詳細は、アルミレーダの町のギルドにて』
『精霊宮』というのは確か…人大陸において、新たな精霊が生まれた時に同時に出現する巨大な建造物、だったっけ。
その名の通り精霊族を信仰する精霊教の一員として、精霊宮が出現した際には、居合わせた巡礼官は地域住民と協力し、これの調査を行う事を何より優先するものである。レゾナの講義『精霊教について』より。
アルミレーダの町だけでは人員が足りなかったのか、それとも周辺の町まで含めて「地域住民」として動員するのか…どっちかは分からないがとにかく、「精霊宮調査するからあっつまれー。ただし死んでも自己責任でねっ」って事らしい。
恐らく命の危険がある分、報酬は多く貰えるのだろうけれど…
「どうこれっ、面白そうじゃないっ?」
キラキラした目でこちらを見てくるセレナ。私も面白そうだとは思うけど。
「…命の保証は、しかねる…」
わざわざそう書くという事はつまり、精霊宮は相応に危険な場所でもある、という事だ。
「話を聞いて危なそうなら、依頼を受けなければいいし…この精霊宮っていうのを遠くから見てみるだけでも、楽しそうかなーって」
確かに、町へ行ったからといって、この依頼を必ず受けなければいけないわけではない。セレナの言う通り、見たことのない精霊宮というものを遠くから眺めるだけでも、私達にとっては十分『面白い事』だろう。
「他の町の情報を探してたのって、あくまで行き先を決めるためでしょ?せっかく情報が入ってきたんだし、精霊宮を一目見に、取り合えずアルミレーダに向かってみるのも良いんじゃないかなー……って、思うんだけど…ダメかな?」
先程のキラキラした瞳とは一転して、今度は眉をハの字に寄せ、頼み込むような目でこちらを見てくるセレナ。
うう、そんな目で私を見るなぁ…!
村にいた時もこの目に騙されて、うっかりセレナを『お姉様』と呼んでしまい、散々な目にあったのだ。
…っていうかなぜ、決定権が私にあるかのような雰囲気になっているのだろう。
2人旅なのだから、行き先を決める権利は、2人平等にあると思うのだけれど。
いや、それだと意見が割れた時に収拾がつかなくなるか。
「…私が決めて、いいの…?」
「うん。私より、ミーニャの方がよく考えてると思うから。最終的に決めるのはミーニャ…の方がいいかなーって」
「…触手より、考えてないって…どうなの…?」
本物の人として。
「うっ……い、いいのっ。ミーニャはもう、私なんかよりずっと立派な『人』なんだからっ」
そんな事はないと思うのだけれど。
私はセレナには、まだまだ及ばないと思う。色々な意味で。
「とにかくっ、どうするミーニャ?アルミレーダに行く?それとも別の町?それとも、もう少しここに留まる?」
私達のしょうもない『人』論争はさておいて。
私としても、精霊宮というものは、是非一度見てみたい。最悪、滅多な事では死なない私だけ依頼を受けて、報酬を貰うという手もある。
とはいえ、村を出るときに少しはお金を持ってきたし、ここでも毎日少しづつ稼いではいたから、今現在、特段旅費に困っているわけではない。ので、別に無理してそんな事をする必要もないだろう。ていうか、やったらセレナが怒りそう。
「…じゃあ…アルミレーダに、行く。精霊宮を見に…」
と、いうわけで、アルミレーダの町へ向かうことに決定しました。
ぱちぱちぱちー。
「わーい!ミーニャありがとっ!」
「…いい……私も、興味ある…」
着の身着のまま、気の向くままに。
それが私達の、旅のモットーですから。
なんて、今適当に考えただけなんだけどね。
こうして、かなり適当に次の行き先を決めた私達は、翌日の早朝にはリガルドを後にし、アルミレーダの町へと向かうのであった。




