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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第三章<集落編>

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第二十二話 娘の旅立ち

 冷たい風の吹きすさぶ真冬を過ぎ、ほんの少しだけ暖かくなってきた森の中。

 レゾナが亡くなってから、少しの時間が過ぎた。





 彼女の遺体は、村の慣習に則って燃やし、灰は家の周囲に巻いた。


 この村で最も大きな広場で行われた、彼女の死を悼む集まりには、村中の人達が参加し、思い出話に花を咲かせた。

 何せ180歳以上だ。村のほぼ全員が、何かしら彼女との関わりを持っている。ちょっとした笑い話から、あっと驚くようなエピソードまで、私の知らないいろんなレゾナの話を聞きながら、彼女と、お別れをした。








 それから数週間後。

 私は、近いうちにこの村を離れ、旅に出る事を家族に話した。町へ出向いた日から、近いうちにこうなる事が分かっていたのだろう。みんな、笑顔で了承してくれ、旅の支度を手伝ってくれたりもした。

 と言ってもまぁ、触手()は人ほど荷物が必要なわけではないので、荷造り自体はすぐに終わったのだけれど。特に仲の良かった村の人達への、あいさつ回りに少し時間を食ってしまったくらいだ。

 最後に顔を出しに行った筋肉さん達に、お別れの胴上げをされたりなんかして。








 そしていよいよ、村を出る前日の夜。

 私は、お父様とお母様、セレナ、エトナと一緒に最後の食卓を囲んでいた。いや、私は座っているだけだけどね。



「いよいよ旅立ちか……まあ、なんだ、寂しくなるな」


 相変わらず遠慮なく食事を口に運びながら、エトナが静かに呟く。


 

 彼女にもいろいろとお世話になった。

 レゾナには常識や知識なんかを教えてもらったけれど、その一方で、身を守る術や狩りの方法などは、全てエトナ(と筋肉の人達)に教えてもらった事だ。おかげで、今では人型のままでもある程度は戦えるようになった。


「…エトナ…今まで、ありがとう…」


 今までの感謝を込めて、彼女に礼を言う。


「なに、お前がただの触手だった頃からの仲だ。礼などいらんさ」


 私の言葉に、なんてことないという様に笑うエトナ。

 かっこいい。




「私だって、ずーっとミーニャと一緒にいたからね!」


…今、張り合わなくてもいいから。

 謎の対抗心を燃やしているセレナを放っておいて、今度はお父様とお母様の方を向く。



「…お父様と、お母様も…私を受け入れてくれて、育ててくれて……ありがとう…」



 1年という、長いような短いような期間だったけれど。

 この2人の家族であれた事を、嬉しく思う。



「何かあったら……いや何もなくとも、いつでも帰ってきなさい」


「ええ。あなたも、私達の娘なんですもの」


…そうだね。

 家を出るからと言って家族ではなくなるわけじゃない。

 『家族であれた事を』じゃなくて、『家族でいる事を』、嬉しく思うよ。




 最後に、セレナ。


 私が、最も多くの時間を共に過ごしてきたのは、間違いなくセレナだ。それこそ、私が『何も』知らないただの触手だったときから今まで、毎日のように傍にいてくれた。私が人型になれたのも、今ここにいられるのも、全部彼女のおかげだ。

 でも、それだけじゃない。なんというか、上手く言葉には出来ないけれど、『人』としての大切な、いろいろな事を、彼女から教わった気がする。

 そんな、私の大切な友人。


「…セレナ、も…」


 何か気の利いたことを言おうとして、でも言葉が詰まる。

…やっぱり、上手く言葉に出来ないな。


「…今まで、本当に…ありがとう…」


 結局、月並みな言葉で終わってしまったけれど。まぁ、私達には、このくらいの方が合っているだろう。


「いいのいいの。こっちこそ、今までありがとー!」


 いつも通りの軽い感じ。うん、私達らしい。




「そして、これからもよろしくね!」



…うん?



「…これから…?」


「そう、旅に出たら、いろんな困難があるだろうけど…大丈夫!私達2人で力を合わせれば…」



 ちょっとまって。



「…セレナ…」


「ん、何?」



 私達、2人で?



「…付いてくる、つもり…?」


「え?荷造りの時にそう言っ…て、…な、かったっ…け…?」



 初耳なのですが。



「…聞いてない…」


「…」


「…」


「…一緒に頑張ろうねっ!」



 ちょっとまて。









「はぁ……セレナ、こういうことはしっかり伝えておかなくては、ダメじゃないか…」


 お父様が額に手をやりながらため息をけば。


「今回は、セレナにしては手際よく動いてるなと思ってたんだが…まさか1番最初の段階でミスをしていたとは…」


 エトナも呆れたようにセレナを見やり。 


「成人してからもう1年以上経つっていうのに、こういうところは相変わらずなんだから……レゾナに顔向けできないわね…」


 お母様が悲しげに天を仰ぐ。



「いや、あの、すっかり伝えた気になっていたというか…私も私であいさつ回りとかでバタバタしてたから、ちょっと勘違いしちゃってたっていうか」


 手をわたわたと振りながら言い訳をし始めるセレナ。

 ああ、最近いろんなところに出向いてたのは、そういう事だったのか。

 

「でもほら、今ここで伝えられたし!ギリギリ問題なし!ねっ?」


 問題ありです。 


 とでも言うような、周囲からの冷たい視線にとうとう耐え切れなくなったのか、セレナは、やがて肩を落として、がっくりとうなだれてしまった。


「うぅ…その……すいません…」



 今回は完全に、彼女の自業自得なので、同情の余地はない。

 が、まぁ、当日の朝、本当にぎりぎりになってから判明するよりは、ましか。

 

 今ならまだ間に合うだろう。



「…付いてこなくていい…」



 彼女を置いて行くには。





「…え?」


 セレナが、何を言われたのか分からない、というような顔をする。



「…私は、1人で大丈夫…セレナは、付いてこなくても、いい…」


 私がもう一度同じ言葉を繰り返すと、彼女は、少し黙った後に、静かに問いかけてきた。



「…どうして?」


「…お父様とお母様が、寂しい思いをする…」


「ミーニャがいなくなったって、お父さん達は寂しがると思うよ。自分はよくて、私はダメなの?」



 確かにそうだろう。でも私は、最初からそのつもりでこの家にいたんだ。2人だってそれは承知の上。



「…私は初めから…旅に出るのが…目的だと、言っていた…」


「別に、順番の問題じゃないと思うんだけど…まぁいいや、ほかに理由ある?」



 しかし、セレナは私の言葉を軽く流してしまう。

 理由?もちろん、まだある。



「…旅は、危険…」




 旅は、楽しい事ばかりではないだろう。危ない事や、命の危険にさらされることだって、幾度もあるはずだ。

 私は触手種。人とは違って、核さえ無事ならそうそう死ぬことはない。



「それこそ、ミーニャにも言える事でしょ?」


「…私は、触手…人より…死ににくい」


 触手(手足)だって再生するし。



「私は死にやすいからダメで、ミーニャは死ににくいからいいって?」



 セレナの言葉に、小さく頷く。

 もし、強大な魔獣などに遭遇してしまっても、生命力の高い私ならば、逃げ延びる事くらいはできるだろう。

 しかし、人族ではそうはいかない。

 四肢の1本でももがれてしまえば、痛みで動けなくなってしまえば。

 そうなればおそらく、命はない。


「…セレナが死んだら、みんな悲しむ…」


 もちろん、私も。



「…理由は、それだけ?」


…まだ引かないつもりか。

 

「…まだ、ある…」



 実のところ私にとっては、これが最大の理由でもあるのだけれど。



「…セレナは、自分のしたいことを、すればいい……無理に、私についてくる…必要は、ない…」



 今まで彼女には、散々お世話になってきた。これ以上私についてきて、手を煩わせる事もないだろう。 

 いや、セレナが私の事を好いてくれているのは分かる。でも、いくら私の事を可愛がってくれているからと言って、いつまでも私に掛かりきりにならなくたって良い。

 だって彼女は、まだ若いのだから。って、私の方が年下なんだけどね。



「それ本気で言ってる?」


 本気も本気、大真面目だ。


「…そっか、分かった」



 私の思いが伝わったのか、神妙に頷くセレナ。

 ああ、よかった。

 


「じゃあ全然問題なしだね!一緒にいこっ!」



 いや、よくなかった。

 あれー、全然伝わってない?




「……いや…だから―」

「ひとーつ!」



 再び説得しようとする私の言葉を遮り、セレナが元気に指を1本立てる。

 さっきまでのあの、大人しい感じはどこへ行ったのだ。



「『お父さん達が寂しがる』っていうのは、まぁその通りなんだけど……それに付いてはちゃんと話し合って、みんな納得済みだから」


 お父様もお母様も、エトナも、その言葉に頷いている。



「……でも―」

「ふたーつ!」



 またしても私の言葉を遮り、指を2本立てるセレナ。

 いや、まだ話終わってない…



「『旅は危ない』って話。私の死にやすさとミーニャの死ににくさなんて、『結局死ぬときは死ぬ』って考えたらおんなじでしょ」


 まぁ、私だって不死ではないわけだし。確かに彼女の言う通り、死ぬときはきっと、あっさり死んじゃうんだろうけど…

 流石にそれは、屁理屈が過ぎるよ。



「…おんなじじゃ、ない…」


「おばあちゃんなら、そう言うと思ったんだけどなー」


…どうしよう、否定できない。



「そもそも…旅人なんてみんな人族(死にやすい生き物)なわけだし、ミーニャの言う事って、旅人の存在そのものを否定してない?」

 

 ぐっ。

 い、いや、彼らは危険を承知で旅人になっているのであって……だめだ、これを言うと『危険を承知で』付いてくると言っているセレナには逆効果だ。



「そして、みっつー!」



 私が黙り込んだのを良いことに、勢いに乗ったセレナが、3本目の指を眼前に突き付けてくる。

 なんか悔しい……くそう、噛みついてやろうか。



「私が付いていくって言ってるのは……私も、旅をしてみたいと思ったからだよ」


 一転して、穏やかな雰囲気になった彼女が、ゆっくりと、しかしはっきりと、自分の胸の内を語りだす。


「おばあちゃんがいなくなってさ、考えてみたんだよ。その……目を開いて、世界を見るって事について」


 レゾナが、教えてくれた事。


「それでね。私も、もっとちゃんと見てみたいなって思ったんだ。この世界の事とか、他にも色々と、ね……だからこれは『ミーニャに付いていかなきゃー』とか、そういうのじゃなくて。私自身が、したい事なの」 



 その言葉の端々から、彼女の決意が感じ取れて。

 レゾナが死んでからのあいだ、ずっと考え続けた末の結論なんだなって、私にも分かってしまった。



「あ、もちろん、ミーニャと一緒にだよ!ここは譲れないから!」


 分かったから。 

 そんな強く手を握らなくてもいいから。




「本人が言っているように、僕達も了承済みの事だ。できるなら、一緒に連れて行ってやってほしい」


「ええ。2人一緒の方が、私達も安心だわ」



 お父様とお母様が、こちらに頭を下げてくる。

…そこまでしなくても、私にはもう、突っぱねる理由がないよ。



「狩りの時にも、お前たちは常にペアだったからな。大抵の事は、どうにかなるだろう」


 エトナが言うと、何だか大丈夫そうな気がしてくる不思議。

 こうなればもう、一緒に行くしかないだろう。



「……ん、わかった……」


「ミーニャ…!」



 まぁ、あれこれと理由をつけて、諦めさせようとしてはいたが……正直なところ、私だって嬉しいのだ。




「…セレナ…これからも、よろしく…」


「うん!一緒に、頑張っていこうね!」




 大好きなセレナと、これからも一緒にいられるっていうのは。












 翌朝、私達は手を繋いで、村を旅立った。










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