第二十話 狩人の眼光
リガルドの町に到着した次の日。
町の安宿で一夜を過ごした私達は、ゴブリン討伐依頼の詳細を確認するべくギルドへと向かっていた。
『ギルド』というのは、魔物・魔獣の討伐や、一般人には近寄りがたい場所にある薬草やら何やらの収集、果てはとなり町への配達まで、個人或いは団体からの様々な依頼を取りまとめ、委託する組織の事だ。
依頼をするのは主に町人や商人など。
今回のような大量発生した魔獣の討伐などは、『町』が依頼主となる場合もある。
対して、依頼を受けるのは旅人、冒険者が圧倒的に多く、特に討伐依頼は彼らにとって大きな収入源であるらしい。
危険な分、割もいいという事だろう。
また、物品の配達や要人警護等の依頼が、身元のしっかりした者でなければ受けられないのに対して、討伐依頼は魔物・魔獣を倒し、その証明として体の一部をギルドに提出さえすれば、指名手配犯でもない限りその身元を問われることはない。その点も、各地を放浪する旅人にとって都合が良いのだろう。
ギルドは、宿のほど近くの大通りに面している…と聞いた時には、昨日の混雑を思い出し身構えたが、朝、それも比較的早い時間帯だからか、道行く人の数はあまり多くなく、特に人波に揉まれることもなしにギルドまで辿り着くことができた。
通りと同じくまだ人の少ないギルド内で、宿の時と同じように、エトナが依頼を受注する様子を観察する。
ギルドで取り扱う依頼は、難易度や危険度によっていくつかの階級に分けられている。
受注者の身元云々に関する事柄と同じく、物品配達や要人警護等の依頼は、その階級に見合った実力の持ち主しか受けられないという条件が付いている。
しかし討伐依頼の階級に関しては、あくまで討伐対象の強さの目安を示しているだけであり、冒険者自身がそれを見て自分に見合った依頼かどうかを判断する必要がある。身の丈に合わない討伐依頼に挑んで命を落としても、それは本人の責任でありギルドの知るところではない、のだとか。このあたり結構ドライだとも思うのだけれど…まぁ、大勢いる冒険者全ての面倒は、一々見きれないという事なのだろう。自分の身は自分で、というやつだ。
ちなみに、今回受けるゴブリン討伐の依頼は、難易度は『下級・下位』にあたるのだが、討伐数に応じて『下級・中位』の依頼と同程度の報酬が得られるのだそうだ。割が良いというのはこういう事か。
依頼の受注を終え、昨日入ってきた町の入口へと向かう。もっと大きな町ならいざ知らず、ここリガルドは小さな町なので、出入りはその一か所からしかできないらしい。
まぁ、そっちの方が入ってくる人、出ていく人の把握もしやすいだろうしね。
門の近くも、やはり昨日と比べると人通りはかなり少なく、スムーズに町の外まで出る事が出来た。
町の外は相変わらず、見渡すかぎりの平原。遠くから何人かの旅人らしき人影が、こちらへ向かって歩いてくるのが見えるくらいだ。
…ん?
今になって気が付いたのだけれど、こんなに見晴らしが良いのに、昨日は魔物や魔獣を全く見かけなかったのは、一体どうしてなのだろうか。
今回の依頼も「町の周辺」に発生しているゴブリンの討伐との事なのだけれど、森からここまでの道中で、それらしい生物の存在は全く感じられなかった。
もしや…他の冒険者たちが既に、あらかた狩りつくしてしまった、とか?
「ん、どうしたミーニャ。何か気になる事があるのか?」
隣に立っていたエトナが、私が首を傾げながら考えに耽っているのに気付き、声をかけてきた。
まぁ、一人で考えていても分かるはずがないので、素直に聞いて見る事にする。
「…ゴブリンが、見当たらない……依頼には、町の周辺、とあったはず…」
「ああ、その事か。確かに、ここからの景色だけ見たら、ゴブリンなんぞいないように思えるよな」
それもそうだと言いながらエトナは、私が疑問に思っていた事について教えてくれる。
なんでも、この町と私たちの住む森の間は、すでに見たとおりとても見晴らしがよく、魔物や魔獣なんかが現れると、あっと言う間に冒険者達が駆けつけて討伐してしまうのだそうだ。魔物達もそれを知っており、このあたりにはほとんどやってくる事がないのだとか。
「…じゃあ、今回の依頼は…?」
「私達が向かうのは、町を挟んでこことは反対側。窪地になってるところだ」
町をぐるりと囲う様にして伸びている街道に沿って進むと、町の入り口に反対側に、大きな窪地になっているところがある。こちら側に魔物がほとんど発生しない分、その窪地によく魔物が出没するのだとか。逆に言えば、魔物や魔獣が現れないからこそ、こちら側に町の入り口を作ったという事なのだろう。
「窪地…」
「噂によると、大昔に誰かが魔法で地面を抉っちまってできたものらしい。そのせいか知らんが、魔物どもにとってもそこは居心地がいいみたいでな、数が増え過ぎない限りは殆どそこから出てこないんだとさ」
つまり今回の討伐依頼は、そこに住むゴブリンの数が、その「増え過ぎない限り」の限界を超えてしまう恐れがあったために出されたもの、という事か。
「まあそういうことだ。…んじゃ、そろそろ行くとするか」
ミーニャの疑問も解決した事だし、というエトナの言葉を合図にして、町の入り口で話し込んでいた私達は、反対側の窪地へと向かう事となった。
街道を歩く事、2時間ほど。
町の外壁を左手に見ながら、ぐるりと回り込むように進み続けたその先に、件の窪地はあったのだが…
…でかい。
凄く、でかい。
目の前にあるのは、私が想像していたよりも遥かに大きな『穴』だった。
反対側の縁が遠い。
窪みの底も遠い。
ここにもう1つくらい町を作れるんじゃないかと思えるほどに大きな窪地である。
先ほどエトナは、これを誰かが魔法で作ったものだと言っていたが……その誰かさんは、あれだ。きっと馬鹿なのだ。
一体何を考えてこんな巨大な穴を開けようとしたのだ。何がその誰かさんをここまで駆り立てたのだ。というかもう魔法ってなんなのだ。流石に「何でもあり」が過ぎるのではないか。
ほら、ここから小さく見える、窪地の底でうろうろしてるゴブリンたちもきっと、「やべー…魔法やべー…超怖いわー」とか思っているに違いない。
「ほらミーニャ、下まで降りるぞ」
私が、魔法というもののあまりのスケールの大きさに現実逃避しているうちに、エトナやほかのメンバーたちは、さっさと窪地の底へと降りていってしまった。
「ミーニャ、早くいこっ」
最後に残ったセレナに手を握って貰いながら私も、幸いそう急ではない斜面を下っていく。
っと、そうだ、ここには討伐に来たんだった。決して、ゴブリンの心の声を勝手に代弁しに来たわけではない。
もうこの際、この窪地ができた経緯とかは考えないで、ひたすらゴブリンを狩る事だけに集中しよう。うん。
殴る。殴る。蹴る。殴る。たまに投げる。また殴る。
窪地の底に降りてから小1時間ほど。
私達は先に来ていたほかの冒険者たちに混ざって、うようよとその辺を歩き回っているゴブリンをひたすら狩り続けていた。
底へ向かって斜面を下っている時は、だんだん近づいてくるゴブリンの、その数の多さに慄いたし、森では見かけない魔獣という事で緊張もしたのだが……何というか、ゴブリンというのは正直、大したことのない強さだった。
小柄な、お世辞にも端正とは言えない顔立ちのこの魔獣は、力こそ弱くないものの、動きが鈍く、知能も高くない。
素早く後ろに回り込んだだけで、こちらの動きに対応しきれなくなり、1匹の相手をしている間に周りのやつらが一斉に襲い掛かかってくる……という事もない。背を向けていると時折後ろから襲い掛かってくる輩もいるものの、それすらも動きは単調で避けるのはたやすい。特に私のような、後ろにも『目』が付いているような人にとっては。
かくしてゴブリン狩りは、始まって30分もしない内に森での狩り以下の、ただの作業となってしまった。周囲を見渡しても、私以外のメンバーや見知らぬ冒険者たちも無心で作業をこなしており、中には雑談すらしながらゴブリンをばったばったと討伐していっている人もいる。
なんだろう、この緊張感のなさは。私が想像してた魔獣狩りと違う。
私は、何とも言えないやるせなさというか、がっかり感を抱きながら、後ろから迫ってきたゴブリンの顔面に振り返る事すらなく肘を入れ、さらに横から走り込んできた別の固体の鼻っ面を裏拳でへし折る。
先程からもう、自分から近づいていったり、後ろに回り込んだりするのも面倒になってしまい、近づいてくるやつらを適当に殴り飛ばすだけと化している私。討伐の証明として、私が殴ったゴブリンの体の一部を削いでせっせと袋に詰めるセレナ。
なんてうつくしいれんけいなんだー。
あ、首飛んでいった。ちょっと力入れすぎちゃったっ。てへっ。
「…あの子さっきから、あの場から全く動かずにいるな…」
「…ああ、無表情でひたすら、寄ってくるゴブリンを殴り飛ばしてるぞ…」
「…ゴブリンの方を見てすらいない。まるで人形だな…」
おっと、近くにいた冒険者らしき人達に、ちょっと怪しまれている。いかんいかん。
まぁ実際、『目』で見なくとも視えているかのように(というか本当に視えているのだけど)反応している私の行動は、人族基準で考えると結構不気味に映るのかもしれない。
確かセレナが、「怪しいと思われたときは、ニコッて笑うといいよ!ミーニャなら、それだけでもう全部解決だよー」とか言っていたし、ここは彼らの疑いを払拭しておかねば。
こちらを盗み見ながら小声で話している冒険者達に向かって、小さく微笑みながら手を振ってみる。反対側から近寄ってきたゴブリンを足蹴にしつつ。
「ひっ…ゴブリンを踏みつぶしながらこっちに手を振ってるぞ…!」
「しかも見ろ、あの虚ろな瞳と邪悪な笑みを…!」
「きっと、『黙らないとお前らもこうだ』という脅しに違いない…」
あ、あれ、なんか怖がられてる?
やっぱりまだ、自然な笑顔を作るのは難しいなぁ…
…まぁとにかく、私の触手生初のゴブリン狩りはこのゆるい雰囲気のままさらに数時間続き、結局最後まで、驚くほど緊張感のない単純作業として終わってしまった。
張り合いをください。
メンバー全員が、ゴブリンの体の一部がいっぱいに詰まった袋を担ぎ、町へ向かってもと来た道を戻る。
入り口まで辿り着いた時には日が沈みかけており、町に入り、昨日と同じく人でごった返す大通りを、もみくちゃにされながら何とか通り抜けてギルドに辿り着いた時には、既に町の中は街灯が灯り始めていた。
ギルドでエトナが報酬を受け取る様子を、朝と同じく隣で観察して手順を覚え、そしてみんなで宿まで一直線に戻る。
単純作業とはいえ、1日中やればさすがに疲れたらしく…みんな、今日はさっさと夕飯を食べて寝たい、と口々に言っていた。
私?私は触手ですから。栄養不足で弱る事はあっても、『疲労』というものはほとんど感じる事がない。
明日はまた、朝には町を出て、夕方には村に戻る予定らしい。考えてみたら結構な強行軍だったけれど、出稼ぎの時はいつもこんなものなのだとか。まぁ、長く滞在しても、宿代が嵩むだけだしね。
そして翌日、手早く荷物をまとめ、予定通り早朝には町を後にした。
帰りの道程で特に何かが起こるようなこともなく、来る時よりも少し早いペースで進んだ私達は、日が暮れる前には村まで戻る事が出来た。
ゴブリン狩りは拍子抜けだったけれど。森の外へ出た事、初めて町の中に入った事は、私にとって多くの刺激があり、とても有意義な事だった、と思う。
早く家に帰って、レゾナ達に、今回の旅の事を話してあげなくちゃ。
こうして短いながらも、私の初めての『旅』が終わり、慣れ親しんだエルヴィン家に帰ってきて。
私達は、レゾナが息を引き取ったことを聞かされた。




