第十二話 人体に学ぶ その2
最後に取り掛かるは『頭』。
まずは胴体の上の部分に、頭を支えるための『首』をつくるところから。腕、足と同じ要領で、それらよりも少しだけ太く、そしてだいぶ短く、頭を乗せる土台となる部位を作り上げていく。
腕・脚と同様の慣れた作業でかつ長さが無い分、あっという間に首が出来上がり、いよいよ『頭』の作成。
この頭というのは、触手を使って形を模倣する上で最も厄介な部位だといえる。
何せ、丸いのだ。
いくら形質変化である程度形を変えられるといっても、結局触手というのは、本質的には『縦長』である。だからこそ、手足や指はそれなりに精緻に再現できたし、手足よりも横幅がある胴体だって、形状的には似通っている核を中心に据えることで形作ることができた。
しかし頭は、やや縦長の楕円ではあるとはいえ、圧倒的に丸い。しかもそれでいて、鼻だの耳だの微妙な大きさの突起がついているし、口、鼻の穴、耳の穴といった内部へ続く空洞のようなものまである。目なんて、あの眼球をどうやって再現すればよいのかとどれほど悩んだ事か…
つまり、人族の『頭』を作るという事は、元の形状からして触手では再現しずらいものを形作り、その上で凹凸や穴などといった細かな部分まで再現しなければならない、という非常に厄介な作業が必要である事を意味しているのだ。
いやまぁ、やるんですけれどね。そのために色々と考えてきたわけだし。
さあ、括目して見よ!これが触手工芸歴数か月、自称・匠の持ちうる技術の結晶である!
まずは、首の中心を通る芯だけを、頭のおおよそ中心となるであろう位置まで伸ばす!
そして!先端を少し柔らかくし、膝や肘を作った時と同じように少し丸く変化させる!(少し丸くする程度が限界なんです…細長さに定評のある触手種ですから!)
そしてそして!そのわずかに球体に見えなくもない部分を中心に、触手を幾重にも巻き付けていく!
…はい、勿体ぶっておいてなんですが、やっていることは胴体の時と大体同じでございます。
胴体の時は核を中心に据えて、触手を巻き付けることで幅や長さを調整していた。
頭でもそれと同じように、できるだけ先端を楕円形に近づけた芯を中心に据えて、そのままサイズを大きくさせるように触手を幾重にも巻き付けていくのである。この時巻き付ける触手は、脚や腕、胴体に使った物よりも少しだけ硬めに調整してある。頭に関しては他の部位よりも芯が小さいため、硬さが足りずにぐにょんぐにょんになってしまうのを防ぐためである。
とはいえ、私は人族の顔には触ったことがないので、硬さとかその辺は見た感じの想像である。セレナの頬っぺたはすごくやわらかそうだった。
そして最後に、表面層となる薄く引き伸ばした触手を丁寧に巻き付けていく。
……こうして、ただ触手を束ねたりするだけでは、恐らく再現することができなかったであろう楕円形の頭部が完成した。
…ふぃーっ。我ながらなかなかいい出来だ。
まだ目も鼻も耳も口も髪もないから、顔というよりただの楕円形にしか見えないけれど。しかしそれは、永きに渡って『長き』に甘んじてきた私たち触手種が、遂に形状の限界であった『球』を克服したという事実に他ならない。
なんと素晴らしく、そしてなんと誇らしいことだろう。
今なら触手を振って、まだ見ぬ同胞たちにこう言える。
――これが、これこそが、私たち触手種の可能性なのだと――!
…テンションが上がり過ぎて、何だか変なことを考えてしまっていたようだ。ちょっと落ち着こう、うん。
とりあえず頭の素体は無事完成したので、次いで各部位を形成する作業に取り掛かる。
まずは『耳』、これは他の部位と比べたらまぁ簡単だ。作るのは細長く、触手で再現しやすいエルフの耳。人間族の耳はエルフのそれよりも丸っぽく、獣人族の耳は獣のそれに近いということだが、どちらも実物を見たことがないため、やはり普段見慣れているという点でもエルフの耳が良いだろう。
頭の左右、中ほどの位置から、先端に向かって細くなっていく様に、耳の形に似せた触手を1本ずつ生やしていく。勿論表面の質感は人族のそれに出来るだけ近づけてある。
耳の穴まで再現することは残念ながら今の私には不可能……というか耳、鼻、口の穴が体内のどこまで続いているのかが分からないため、再現のしようがない。あまり深い凹みはまだ作れないし。取りあえず今回は穴っぽく見えるような窪みを作る程度に留めておく。
続いて『鼻』。こちらは耳よりも太く短い触手を、生やす、というより浮かび上がらせるイメージで、顔の中心付近を盛り上げるように作っていく。鼻にも2つの穴があるが、これも耳と同じようにそれっぽく見える窪みを作っておいた。
そして『口』。これは、顔の中では目に次いで難しい部位だと思う。
何よりもまず、口を構成する部位ごとの質感の違いが大きい。入り口である『唇』、食物を千切り、すり潰すための『歯』、口の中に入れた物を内部で転がすための『舌』。そして恐らく、声を出すための機能が備わっていると思われる『喉』。
観察した感じでは、唇と舌は柔らかい材質でできているように見えた。対して歯は、物を千切ったり潰したりするのだから、恐らく硬いものでできているのだろう。喉や、体の奥に通じる穴は、外側から見ただけではよく分からなかったので、正確な再現は断念する。
まずは、顎の少し上、鼻の少し下に当たる部分に口内となる窪みを作っていく。これは体内へ通じる穴にはなっていない、文字通り見かけだけの口だ。近寄って覗き込めば、奥で行き止まりになっていることが分かるだろう。
その穴の入り口付近を、唇の形となるように少しだけ盛り上がらせていく。唇や口の中は他の部位の表面と比べると色が濃く赤みがかっているが、今は形のみを作り、色の調整は最後にまとめて行うことにする。
唇を作った後は、その内側に歯を作る。硬く短い触手を何本も、半円状に配置するように上下に生やしていき、口を閉じたときにぴったりくっつくように長さを整えていく。
そして、下の歯の内側に少し平らに伸ばした触手を生やし、舌を再現する。
これで、ほとんど見た目のみだが口が完成した。というか見た目だけの再現だというなら、顔の部位ほとんど全部がそうだ。
しかしやはりというか、見た目を真似ただけでは声を出す機能までは再現できないようだ。まぁそれに関しては予想できていたし、今更そう落胆することでもない。
今回はダメだったがいずれは、その機能までも模倣できるようになりたいものだ。
それからもう1つ。
実際の人族の口内は、一部の触手種が分泌するような毒液と同じようなものなのか、何やら液体が分泌されて常に湿っているようだった。しかし、今の私に液体を分泌する能力はないので、その再現も残念ながら今回は断念する。
形質変化と同じように、液体の分泌もやればできるのではないかとも思ったのだが、どうもそうではないらしい。何か特殊な条件とかがあるのだろうか。これもまぁ、今後の課題の1つといえるだろうが、今は一応とはいえ口が完成したので、良しとする。
……あの液体、おいしいのかな。
く、口に関してはこのくらいにして。お次はいよいよ、『目』の作成。
「人族はねー、この目の中の『眼球』っていう丸い球を動かして、物を見るんだよー。……いや、『瞳』で見てるって言った方がいいのかな、この丸い模様になってるところ」
いつだったかセレナが、自分の目を指さしながら言っていたのを思い出す。
その時から常々思っていたのだが、どうして人族、というか動物全般は、視覚や聴覚といった機能を一点に集中させているのだろうか。しかも、この『目』に代表されるように、それぞれの仕組みがやたらと複雑になっている気がする。
私のように、どこからでも見えて、どこからでも聞こえる方が便利だと思うのだけれど。或いはこれが、動物と魔物の決定的な違い……の1つに当たるのだろうか。
まぁとにかく、触手種なのになぜか物を見ることができる私は、顔の他の部位同様、目の機能も完璧に再現する必要はなく、見た目がそれっぽければそれでいい。
つまり鼻の上、耳の先端と同じくらいの高さの位置に2つ切れ込みを入れ、その中に『眼球』だか『瞳』だか言うらしい球体を埋め込めばいいわけだ。
…そう、またしても球体である。しかもサイズが小さい。これだけでも面倒なのだがしかし、この瞳とやらには、触手を使って再現する上でそれ以上に厄介な点がある。
それは、この球体が、体の他の部位と比べて『色が大きく異なっている』という点だ。
例えばセレナなんかは、肌は結構白く髪もあまり色味の強くない金色なのだが、何故か瞳の部分だけは鮮やかな緑色なのである。しかもよくよく見てみたら、瞳の外周や中心部は黒っぽくなっており、見る角度などによって細かい色彩が鮮やかに変化する。他のエルフたちも同様に、瞳だけが体の他の部位とは明らかに異なった色で、妙に鮮やかな輝きを放っているのである。
確かにそれは精巧に出来ていて、美しいものだと関心する…が、それゆえに私には、たとえ見かけだけでもとても真似できる代物ではない。というのも残念ながら私は、体色をそれほど劇的に変化させることができないのである。
どうも触手種というのは、体色を大きく変化させる生物ではないらしく、頑張っても精々、濃淡や色味が少し変化する程度にしかならなかった。瞳のように、一部分だけ鮮やかかつ複雑な色彩に変えることなど以ての外。これでは、たとえ球体を形作ることができたとしても、人族の瞳を再現することは到底不可能だろう。
というわけで、これに関して私は、ちょっとだけズルをすることにした。元々の自分の体以外の物を使うことにしたのである。
いや、最初は結構悩んだし、さっき自分で言った触手種の可能性云々は何だったのだという感じはするが……まぁ、なんだ。ここまで頑張ってきたんだし……ちょっとくらいは見逃してくれ、まだ見ぬ同胞たちよ。すまん。
で、何を使うのかというと、コレ――私の自我が目覚めたその時から、体の中にあった2つの『石』。
まん丸だし、サイズはやや小さいが、幼い少女の瞳とするには問題ないだろう。
そして何より、色。
赤のような黒のような、不思議な色味をしているのだ。流石に本物の瞳のように鮮やかに輝いているというわけではないが、触手で無理やり作るよりはだいぶ本物に近い瞳になると思う。
そういうことで、最近存在すら忘れかけていたこのよく分からない石を有効活用すべく、今回、瞳として顔に埋め込むことにしたのである。
私、頭いい。えっへん。
…はい、作業開始。使うものが決まればやることは簡単だ。
まずは鼻の上、耳の先と同じくらいの高さの位置に、左右で対象になるよう表面層にあたる薄い触手に切り込みを入れる。そして、その切り込みによって露出した内部の触手層に、例の石を埋め込んでいく。最後にその表面層と触手層の隙間に、『瞼』と呼ばれる可動式の表面層を挟み込む。
観察している限り人族は、この瞼によって、一定の間隔で瞳を外界から遮断していた。正直それに何の意味があるのかはよく分からないが、一応再現はできそうだったのでとりあえず作っておくことにする。
はい完成。
こうして顔もほとんどが完成し、もう今の私は、ほとんどエルフの少女といっても過言ではない見た目になっている。と、思う。体色以外は。
さあ、次で最後の部位。この部位は作ること自体は簡単なのだが、しかし最も丹念に、最も時間をかけて作成しなければならないものである。
なぜなら、いつもはにやにやと変な笑みを浮かべているセレナが、事この話題に関しては、これ以上ないほどに真面目な顔をしながら、他のエルフたちと話し合っているのを見たことがあるからだ。
――曰く、「『髪』は女性の命である」。
この言葉から察するに、恐らく人族の女性にとって髪の毛というのは、触手種にとっての核のような自身が生命体として生きる上で最も重要な物なのだろう。
であれば、ここを最も丹念に、精緻に作り上げる事こそが、より高度に『人族の模倣を成す』という事に繋がるのだと、私は考えている。
髪の毛のような細い触手を作ることは、私にとっては最早造作もない事ではある。しかし、だからといって乱雑に、手早く作り上げてしまってはならない。1本1本に魂を込め、まさしくそれが『生命』であるかのように扱うことで、私は初めて、人族の世界に入っていく事ができるのだ。なんかそんな気がする。
完成が近づき、緩みかけていた気をもう一度引き締める。
長さは腰のところまで。本数は……一々数える必要もない。十分だと思うまで、だ。
…………
………
……
…
細く長い触手を1本1本丁寧に作り込んでいき、いったいどれだけの時間が過ぎただろうか。
出来具合を確認してみようと、体全体が見える位置に視覚を乗せた触手を伸ばしたとき。
――登り始めた朝日に照らされ、キラキラと輝く白銀のそれに、私は目を奪われた。
自分で作ったものに対して、こんなことを自分で言うのも、変だとは思うのだけれど。
まぶしい日の光を反射し、けれど優しく煌めく銀色の『髪』を見て。
人族のそれに似ているだとか、上手く作れただとか、そういう事の前に。
ただ純粋に「きれいだな」って、そう思えたのだ。
…うん、頑張った甲斐があった。
……髪の毛も遂に完成し、後は最後の仕上げのみ。体色の変化だ。
髪の毛の色はそのままに、それ以外の体表の色を白銀から白へ変化させ、そこからさらに少しだけ色味を付けていく。
目の、瞳の周りだけは真っ白なままに留める。
唇と口の中を、可能な限り赤く変色させていく……といっても、精々が薄いピンク色といった程度なのだけれど。
口はあまり大きく開かないようにしよう。どうせ喋れないし、口から養分を摂取するわけでもない。閉じていても問題ないだろう。
変色を終えて、もう一度自分の体を見回してみる。
そしてそれと同時に、腕や脚、手、首など、可動部がきちんと動くかどうかを確かめる。
――よし、問題なさそうだ。
完璧……とは流石に言い難いけれど。
でも、そこにいたのはもう、ただの1匹の触手ではなく。
一目見て、誰に言われずとも幼いエルフのそれだと分かる、人族の、少女の体。
飛んだり跳ねたり歩いたりしているうちに、なんだか徐々に実感が湧いてきた。
…そうだ。
私は、ようやく。
遂に。遂に。
『ヒト』に、成ったんだ―――!
「そろそろ声かけてもいいかな?ミーニャおはよー!」
そういえば、もうとっくに夜が明けてましたね。
…どうしよ。




