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第十一話 人体に学ぶ その1

 夜。誰もいない広場。


 昼間、談笑の声や、武具を打ち合わせる音、或いはセレナの変な笑い声が響いていたのが嘘のように静かなこの場所で、私は今日、前回はあえなく失敗に終わったそれ(・・)を、もう一度行おうとしていた。



 すなわち、人族の姿に成ることを。



 準備は万端。

 思えばここまで長かった……ような、短かったような。


 目標が決まってからしばらくの間は、どうすれば自分の体を変化させられるのかが全く分からず、アレコレ色んなことをしてみたものだ。スライムを観察して、セレナが偶然仕入れてきた知識をきっかけに、考えに考えた末ようやく、形質変化とはどういうものなのかが理解できた。

 そう、難しく考えることではない、という事を。



 そうして、ようやく可能性が見えてきた…と思ったら、今度は栄養不足というなんとも間抜けな、しかし重大な問題に突き当たった。

 セレナの、同性の体液を摂取するという触手種の本能からはあり得ない解決方法は、私の中でそれなりに大きな変化というか、新しいものの見方を生み出したように思える。

 そう、自分が当たり前だと思っていたものを疑う、という事を。



 私は、恐らく人族と比べたらだいぶ程度が低くて稚拙であろう頭を捻りに捻り、『考えないこと』と『考えること』、両方の大切さを思い知ることができたと思う。そう考えれば、人族に成りすますという目標を達成する過程で私は、少なからず成長できたのだろうか。体も大きくなったわけだし。

…そうだとしたら、嬉しいな。






 なんていい感じの事を言っても、やっぱり目標を達成しないことには、真の意味でこれまでの努力が報われたことにはならないだろう、と私は思っている。

 この数か月間、様々なパターンの形質変化を多くの部位で同時に行えるよう、欠かさず練習してきた。

 今なら、以前より遥かに正確に、人族の姿形を模す事ができるはず。







 今までにないくらい心が張りつめているのが、自分でも分かる。これが『緊張』という奴だろうか。


 今日やろうと決めてからは気もそぞろで、今思い返せば昼間、いつも通り絡まれに(・・・・)きたセレナに対しても、結構ぞんざいな扱いをしてしまったように思える。私の様子がいつもとよっぽど違ったのか、つい先ほど村に帰る時にも彼女は、私の事を心配そうな目で見つめていた。

…彼女には少し悪いことをしてしまったかな。明日は、いつも以上にうねうねしながら接してあげよう。




…セレナといえば、確か以前彼女が呼んでくれた本に、こんな事が書かれていた。


『緊張は、期待の裏返しである』


 ならば。これまでにないほど緊張している今の私は、それと同じくらい期待しているという事だろうか。自分の、これまでの積み重ねの成果に。




――よし。




 今一度気合を入れ直し、数か月ぶりに自身の核を地面から引っこ抜く。

 いよいよ作業開始だ。




 大まかな方針自体は前回と同じ。核を中心にして、手足・頭となる触手を伸ばしていく方法。

しかし、前回は触手をただそのまま伸ばすだけだったけれど、今回は違う。



 まずは『胴体』を作るところから。

 以前は、楕円形の核をそのまま胴体にして、手足や頭に当たる部分を生やしてみたのだが…そのせいで何というか、手足に対する胴体の長さや幅が不自然な感じになっていた。

 なので今回はまず、核に触手を幾重にも巻き付け、胴体としての長さと幅を確保する。


 これまでのエルフ観察から人族の体は縦に見たとき、個体差はあれどおおむね、頭を1として胴体が3~3.5、足が4~4.5くらいの長さの比率になっている事が分かる。体全体のサイズとしては、手間や労力があまりかからないように、比較的小柄なセレナよりもさらに小さいメス……幼い少女のそれを目標とし、その全体のサイズ感を踏まえて胴体の長さや幅を調整していく。


 腰の部分は少し細く、胸や尻の部分はやや丸みを帯びるように。

 何層かに渡るほど触手を巻き付けていき、程よい大きさになったところで表面の触手の形を整え、触手と触手の間になるべく隙間や凹凸が出来ないようにする。そしてその上から、極限まで薄く広く引き伸ばし、質感をなるべく人族の体の表面に似せた触手を、できるだけ継ぎ目が目立たないように注意しながら巻き付けていく……っと、できた。



 ふぅー…とりあえず、胴体の部分は完成した。

 私は服を着ていない人族の体を見たことがないため、実際に胴体の表面がどうなっているのかはよく分からないのだが…まぁ、全体的な形状はこんな感じでいいと思う。広場に訪れるエルフの中には胸や尻の部分が膨らんでいる人もいたが、今回はセレナ同様あまり凹凸ができないように調整した。その方が楽なので。




 中心となる胴体は完成したので、次に『足』の制作に取り掛かる。


 ここ最近、よくセレナの手足に触手を絡ませていたおかげで、人族の…というか動物の体に関して1つ分かったことがある。


 彼らの手足には恐らく、硬い芯のような棒が一本通っている。


 最初にセレナの体に触れたとき、その柔らかさに驚いたものだ。何せ私はあの「シャキーン」とした感じから、人族の体は、何か硬い物でできているのだろうと思っていたのだから。

 しかし、何度もセレナの腕や足に触れているうちに私は、やがて柔らかい感触の奥に、何やら硬い棒のような物があることに気がついた。それは手足の中心にあり、体を支える芯のような役割を果たしていたのだ。


 人族の体が、触った感じでは柔らかいにも関わらず「シャキーン」としているのは、その硬い棒を支えにして、それを包み込むように柔らかい素材で覆っているからだろう。


 以前はそれが分からずただ触手を伸ばすのみで、結果的に芯のないぐにゃぐにゃとした手足になってしまった。今回は形質変化を活用し、この人族の手足の特性を可能な限り再現しようと思う。



 というわけで、まずは芯となる硬い触手を1本作り出す。

 胴体の右下から、胴体より頭1つ分ほど縦に長く、しかし横幅は胴体の半分よりもさらに細くした触手を伸ばし、硬質化させる。ああ、そういえば、この芯の中ほどで『膝』というらしい折り目を付ける必要があるだろう。この部分だけ木の枝の節くれのようにやや膨らませ、、かつ少し柔らかくすることで、足を内側に折り曲げられるようになるのだ。脚の先端でも同様に、『足首』という可動域を作る。

 その後は胴体と同じように、ある程度の太さと弾力性を確保するために芯に触手を巻き付けていき、その上から薄く引き伸ばした、表面に当たる触手を巻き付けていく。このとき、全体としては下に行くにつれて細くなっていくように、巻き付ける触手の太さを調整する。


 人族は足の先端にも『履物』と呼ばれる服を着ているため、その部分の正確な形状についてはよく分からない。しかし履物越しにも平たく楕円形であることは見て取れたので、とりあえず大まかな形だけでも再現しておく。体を支える部分だから、恐らく頑丈な作りになっているのだろう…という事でこの部分にもやや平たくした芯を1本通す。



 あとはこれと同じものをもう1本、胴体の左下から生やす。これで、『脚』の完成だ。

 足を地面につけて、立ってみる……よし、問題なく体を支えられている。軽く動かしてみたが、膝や脚の付け根も問題なく可動するようだ。




 では続いて『腕』。とはいっても、これの作り方は脚とほとんど一緒だ。


 胴体の右上の方から、芯となる硬い触手を生やす。足よりもさらに細く、長さは足の付け根よりもやや下まで。『肘』と呼ばれる折り目を中ほどに、『手首』と呼ばれる折り目を先端付近にそれぞれ作り、その後芯の上から触手を巻き付けていく。この時、肘は内側に、手首は内外両方に曲げられるように、膝と同じようにその部分だけ芯を膨らませ、柔らかくする。そしてこの手首の先に、硬く平たく伸ばした触手を芯にして、足の先と似た要領で『手』を作っていく。

 ここまでは順調、やっかいなのはここから先の『指』だ。


 触ってみると分かるのだが、指は腕や足と比べて芯の感触が分かりやすく、芯と体の表面との間の幅が小さい。そのため、腕や足と同じような方法で作ろうとすると1本1本が太くなりすぎてしまうのだ。かと言って、細くするために表面と芯の間の触手層をなくすと、芯の感触がそのまま表面まで伝わっていしまい、今度は本物に比べて硬すぎるという結果になってしまう。


 そこで、私がセレナの指を何度も触手で触り、この感触をどう再現したものかと考えた末に思いついたのが、表面層をやや厚くするという方法だ。

 表面層は芯との間にある触手層よりは柔軟性に欠けるものの、芯の部分に比べたら十分な柔らかさを持っている。触手層を巻き付ける代わりにこの表面層を少しだけ厚くすることで細さを維持し、芯の感触を感じつつも柔らかさがあるという、指特有の触り心地を再現することに成功したのである。

 まさに匠のこだわり。私、頑張った。


 しかしこれを5本、両手合わせたら10本作るのは中々大変な作業でもある。指にはそれぞれ2つ、付け根の部分も合わせたら3つの折り目があるし、表面層を厚すぎず薄すぎず、絶妙な厚さに調整しなければならない。

 また指1本1本が腕や脚に比べて圧倒的に細いがために、より精密な形質変化が要求される。いくら形質変化が本能に根差した、できて当たり前の事だといえども、これはかなり疲れる作業だった。


 

 かくして、今まで以上に集中し、足を作る時の倍以上の時間をかけて左右の『腕』全体を完成させる。



…よし、だいぶ人族の体に近づいてきた。あとは首から上だけだ。





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