第一話 村のはずれで
人生初投稿です。
更新も不定期になりますが、一人でも読んでくださったらめっちゃ嬉しいです。
多くの人族が住まう人大陸。その北部、東西どちらの都市圏からも離れた森の中に、小さなエルフの村があった。
いつからあったのか、最早誰一人として知る者がいないほど長い年月そこにあり続けた村は、小さいながらも確かなコミュニティとして存在し、そこに住むエルフたちもまた、森の恵みを糧に生きるのんびりとした毎日に特に不満を抱くこともなく暮らしていた。
その森中の集落のはずれに、日中若いエルフたちがよく訪れるちょっとした広場がある。朝早くからそこに集まった若者たちは、森で狩りをするためには自らを鍛えなければならないと、血気盛んに剣を魔法を打ち合わせ、或いはその様を肴に草木に囲まれながら談笑し、或いは木陰で各々持ち寄った書物を読みふける。ようは若者たちの憩いの場のようなものであった。
さて、そんな平和なエルフの村にて、ある日、草木も寝静まった真夜中のこと。件の健全過ぎる若者たちのたまり場に、いったいいつからそこにいたのか、ゆらゆらと揺らめく一条の影があった。
触手である。
なんだか物憂げにうねうねしている、触手である。
近づく人や獣を絡めとり、アレやコレやで体液を搾り取ろうとしてくる、あの触手である。
通常は群生するはずが、何かの拍子に分裂元からはぐれてしまったのだろうか。一匹の触手の幼体が真夜中、広場の隅にひっそりと根を下ろしたことを、今はまだ誰も知らない。
翌日、「天気のいい日は外で体を動かすに限る」とばかりに、朝の運動のため広場を訪れた幾人かのエルフたちは、昨日までは影も形もなかった触手の姿を見つけた瞬間、思わずどうしたものかと顔を見合わせた。
何せ触手である。変幻自在の無数の手で体中を撫でまわし、時には麻痺毒や媚毒をも用いて色々な体液を摂取しようとしてくるうえ、無駄に生命力が高く、地中に埋まっている核を木っ端微塵にしない限りは死なないとすら言われている、あの触手である。
「どうする?」
「どうするって……どうするの?」
「あー…とりあえずお前、ちょっと近づいて様子見てこい」
「いやよ!私には心に決めた彼がいるの!」
命の危険こそないもののある意味では非常に危険なこの魔獣の端くれを、さて一体どう処理しようかと思い悩む若者たち。
その横で、分厚い書物の1ページと件の触手をじっと見比べている一人の少女がいた。何度か書物を見直し、やがて自分の考えが間違いではないと確信をもった少女は、いまだ頭を突き合わせてうんうん唸っている年上のエルフたちに声をかける。
「やっぱり。この触手メスだよ」
言われたエルフの若者たちははたと触手を見直し、やがて少女の言葉が真実であることに気付くとほっと安堵の息を漏らした。
「確かに、体色が白っぽい」
「いやぁ、実物を見るのは初めだからすっかり失念してた」
「あー…なんか焦って損した」
「脅かさないでよ全く…」
危険ではないと分かった途端に散々な物言いである。
触手種は性別によって体色が大きく異なり、オスはピンクまたは紫色、メスは白や白銀色をしている。広場に現れた幼いそれは見事な白銀色をしており、メスの個体であることは明らかであった。知識としては知っていても、村の近辺には生息していないために触手を直接見るのがはじめてな若者たちは、オス・メスの違いをさっぱり失念していたのである。
触手の性別が判明したことで若者たちが警戒を解いたのには、2つの理由があった。一つは、触手種は他種族の『異性の』体液しか摂取しようとしないこと。もう一つは、
「反対側に行けば、エサもたっぷりあったろうにねぇ」
何を隠そうこの広場が男子禁制、女性のみ訪れることが許された場所だったことである。
村の周囲にはこの広場と似たような開けた場所がいくつもあり、それぞれが「誰でも出入り自由」「男子禁制」「女子供は入ってくんじゃねぇ!」「集え元気な130歳以上!まだまだ現役ジジババの集い」などといったような、いわゆる入場制限のようなものがかけられている。それぞれの広場は各々の空気感でいつもそれなりに賑わっていて、外部の目からみれば、案外こうした、村内の小さなコミュニティごとの共通スペースの存在こそが、この村が離散せずに長くあり続ける理由の1つ…なのかもしれないと思わせるものであった。
ともかく、女性しか訪れることがない場所であれば、女性を襲うことがない触手がいても何ら問題はない。それどころか、危険がないと分かり安心しきったエルフたちは、
「よく見ると結構かわいい…ような気がする」
「うんまぁ、色もきれいだし観葉植物として見れなくもない……かな?」
「野獣(オス限定)除けにもなりそうだし無理に引っこ抜くこともないんじゃないか?……たぶん」
「この辺じゃそう見れるものでもないですし」
などと、始めて見る触手に対して割と好意的であった。
結局話し合いとも呼べない短い会話の末に、「まあ危なくないならほっといてもいっかなー」くらいの軽い心持ちで触手をそのままにしておくことが決まった。
そんなこんなで、下手をすれば村人総出での大捕り物へと発展しかねなかった所を、運よく免れた幼い触手種は、そのことを知ってか知らずか、白銀の触手を風に乗せてゆらゆらと揺らめかせていた。