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戴冠式以来に見た国王の顔は、記憶にあるものよりもずっと老けていた。確かもうすぐ二十五になるとかだったはずだが、四十近いのではと思ってしまうほどに。
――政治というものが大変なのか、それとも今回の件か。恐らく両方だろう。疲れきった顔を隠す気力もないようで、頬杖をついたまま未成年者を集めた理由を話し始めた。
「今回諸君に集まってもらったのは他でもない……。この空と、先程の声のことだ」
場にいる全員が予想していた話題。若くして国を治める王はこの事態について何か知っているのか――。私たちはただじっと王の次の言葉を待った。
「話を聞いたことがない者はいないだろう。あれは、『時を喰らう者』だ」
***
世界は三の大陸、五の国からなっている。種族も文化も違うが、それら全てに「時を喰らう者」の話は語り継がれているそうだ。つまり、世界中の子供たちが一度はその存在に恐怖するという。
しかし成長して気付くのだ。「あれはただの御伽噺でしかないのだ」と。「時を喰らう者」など存在しない、ただ子供たちの悪戯を叱るためだけの話なのだと――今日まで、そう思ってきた。
「町の中央に初代国王の像があるのは知っているな」
――ただの御伽噺だったはずなのに。
「あれの下に、『時を喰らう者』の欠片が封印されている」
王の話が頭の中をぐるぐると回る。
「各国の王家にのみ語り継がれているあの話の真実を、今、皆に伝えよう」
とても悪い冗談はやめてくれと言えるような雰囲気ではなかった。
「結論から言おう。……奴は近い将来、この世界の全てを喰いつくす」
***
「カイル? どんな話だったの?」
母の不安を全面に押し出した顔を見ていると、とても王にされた話を伝える気にはなれない。いつかは知られてしまうことだし、言うなら私の口からが一番いいとはわかっているのだけれど――。
「ごめんね、ちょっと頭の中整理したいから、ラスとミーナのところに行ってくる」
私は逃げた。この空の色と突然響いた声、王からの招集。私よりずっと繊細な母はさぞ怖いだろう。何が起こっているのか知りたいだろう。それでも、今は話せる気がしなかった。
「あ、カイルちゃん……」
「ミーナ。あなたも出てきたのね」
目の前の幼馴染もまた、親にどう説明すればいいのかわからなくて出てきたのだろう。あったことを話したい、でも伝えればもっと深い恐怖を味わわせることになるかもしれない。迷った末、逃げるという選択肢しかできなかったのだ。
「だって、突然世界が滅ぶかもって言われても、どうしたらいいかわからないよねえ」
「ラスもきっと一緒よ。で、逃げることもできずにいるんだわ。ミーナ、呼びに行こう」
「うん。三人で話してればちょっとは落ち着くと思うし……」
もう一人の幼馴染は多分、逃げられないというよりも逃げるという選択肢が思い浮かばないのだろう。もしかしたらもう両親に話しているかもしれない。隠し事をするのに向かない性格の幼馴染を迎えに行くべく、私たちはいつもより重い足取りで彼の家に向かった。