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私たちの世界には、ずっと語り継がれている御伽噺がある。それがいつの頃からあるのかは誰も知らないけれど、誰もが子供の頃に「悪いことをしたらやってくる」と親に話された。
――「時を喰らう者」。生きとし生ける者の時を喰らい、世界を滅亡させるという悪魔。私たちはみんなその話を聞いて育った。悪いことをしたら時を喰われて死んでしまう、だから善い行いをしなければいけないよ、と。奴は命ある者の「生きるはずだった時間」を喰らうと言われている、とても恐ろしい存在だ。
しかし、所詮は御伽噺。学者の一部には「実際にあったことなのではないか」と言う者もいるようだが、かなり少数派の意見だ。あの話は子供たちが悪いことをしないようにするための話。いかに長年語り継がれているといえど、その程度の存在なのだ。
***
「――カイル! こっちに来て!」
母のいつもより焦りを含んだ声で目を覚ます。部屋の中がいつもより暗い。どうやら今日は曇りらしい。日光があまり好きではない私にとっては喜ばしい天気なのだが、洗濯物が乾かないからと太陽を望む人間の方が多い。遺憾の意。
目を開けたままぼんやりと天井を眺めていると、また母の声が聞こえてきた。一体何をそんなに慌てているというのか。外には複数の人間がいるらしく、母以外の慌てた声も聞こえる。
王が町に出てきたのだろうか。渋々外に出てみれば、周囲の人間は皆不安そうな顔をして空を見ていた。何事かと、私もつられて空を見る。
「……何、これ」
そこに広がっていたのは想像していた曇天ではなく、毒々しい紫色だった。
「ああ、カイル! やっと起きてきたのね!」
「お母さん、これ、どういうこと?」
「わからないのよ……。この町一番のお年寄りに聞いてもこんな空は初めてだって言うし……」
誰も見たことがない、禍々しい空。私が嫌いな太陽は顔を出してはいたが、一切光を放っていないように見えた。
――もしかして、このまま死んでしまうのではないか? そんな考えが過る。迂闊に口にしてしまえば辺りは混乱してしまうだろう。しかし、誰もがどこかで考えていることのように思えた。
『――――我の声を聞け、命ある者よ』
瞬間、脳内に声が響く。辺りを見回すと、少なくともこの場にいる人間は全員聞こえているようで、先程までとは違った困惑がここら一帯を支配していた。
『審判の時が来た。我が元に集え、彼の子らよ』
数分後、城からやってきた兵士たちの言葉によって私を含む未成年者――魔法を使うことができない者たちは城に集められることとなった。