続きの終わりの始まり
[続きの終わりの始まり]
こんな事望んじゃいなかった。
いや、もしかしたら求めていたのかもしれない。
知らぬ間に・・・。
「さて、今日も仕事か」
疲れで潤滑油が必要な体を無理やり動かし、身支度を始める。
「痛っっ」
鈍い音とともに顔を歪ませた。
どうやら、小指をたんすにぶつけた様だ。
「今日もついてないなあ」
定期入れをつかみ上着のポケットに入れた。
その定期券には、《シロイ イッキ》
白井一粋とカタカナで表記されている。
見慣れた道、見慣れた駅、見慣れた電車、そして見慣れたドアが開く。
いつもと何一つ変わらず、逆に何か変化が欲しくなるほど、当たり前になっていた。
「ねむ・・・」
ドンッと座席の座るとイッキは、すぐに眠りについた。
ところが、3駅ほど通り過ぎた頃だろうか、深い眠りに落ちそうになった瞬間。
電車の急ブレーキの耳を裂くような爆音に目を覚ました。
「ん?」
車両内の電気は消えていたが、他の乗客達は平然と雑談やうたた寝を続けている。
「え・・・あれ?」
隣の40代ぐらいの女性に声をかけても一向に返事はなく、イッキの姿、いや、存在自体に気づいていないように見える。
電車が急ブレーキをかけ、真っ暗になり、電車が異常事態を起こしてるのは、イッキだけに起こっていることのようだった。
「いや・・・なんだよこれ。俺の姿、みんなに見えてない?」
イッキの思考回路がショートしながらも、必死に理解し、整理しようとしていた。
夢だと決め付けかけようとしていたその時。
となりの車両から視線を感じた。
視線のする方へ目をやると、こちらに向かって手招きする女性。
「俺に?」
周りを見渡しても、その手招きに反応しているような人物もいない。
自分のことが見えているのか?と不思議に思いながらも半信半疑でそちらに向かっていく。
隣の車両をつなぐドアを開けようと手をかけた瞬間。
勢い良くドアが開いた。
「おっ」
ドアが完全に開ききると同時に、その女性は、イッキの体をそこに存在しているのかを確かめたかったのか、必要以上に触れてきた。
「な、うわ!?」
「見えてんの?」
「見えてるんだ?」
二人は、同時に顔を見合わせた。
「ごめんなさい 私のことが見えているのか確かめたくて」
その女性は、少し照れながらも、自分以外の人の存在があるということ事実に不安から開放されたようだった。
「いやあ、でもよかったですよ。この現象俺だけに起こってるのかなって、頭の中ぐちゃぐちゃになりそうでしたよ。」
頭をかきながら、あたりを未だに不思議そうに眺める。
「ん?」
イッキが何かに気づいたのか、他の乗客達に向かって歩き出す。
「やっぱりだ」
座席に座っていたサラリーマン風の50台ぐらいの男性の頭をおもいっきりひっぱたいた。
「え!?ちょっちょっと!」
イッキの行動が意味が分からず、慌てていると冷静に説明し始めた。
「反応無し・・・。」
「え?」
「まったく反応がない むしろ、微動だにしないんだ」
他の乗客達はさっきまで互いに雑談したり、いつもと変わらなかったが、二人が接触してからだろうか、時間がとまっているようだった。
「本当だね。何にも反応しない」
また、他の乗客達を必要以上に触って確かめる。
「触りすぎだろ・・・」
苦笑いした。
「とりあえず、何とかしないとなー」
女性は、あたりを見渡した。
「外、出てみない?」
イッキは、女性の顔を不思議そうに見つめながら、なぜ俺とこの人だけにこの現象がおきているのか全くわからない、と思いながらその提案に賛成した。
「開かねえ」
ドアは、それが元々ドアじゃなかったかのように開く気配を微塵も見せない。
30分、いや、1時間たっただろうか。
その間、窓も割ろうと試みたが、望んだ結果は得られなかった。
「ダメだこりゃ」
落胆と諦めが同時に襲ったような声を出し、イッキはドアに寄りかかるように座り込んだ。
その時
「わ!わ!わ!うわ!!!」
ドアが、確かにそこにあったはずのドアが存在しなかったのように消えてしまった。
当然、イッキは外へと転げ落ちた。
「おーい!大丈夫?」
しばらくして
「大丈夫じゃねえっての」
半ば、恥ずかしがりながらイッキが返事した。
「うわ!なんだこれ」
何かを発見したのか、何かがおきているのか、女性には外が暗闇に染まっているせいかイッキの状態がわからない。
「え、どうしたのー?怪我でもした?」
(な・・・こkっから落ちれば、普通にするだろ)
と、本心は言わなかった。
「手が・・・手が光っている。ちょっと、あんたも降りてみてくれ」
女性は、高さはそんなに無いだろうが、何せ30センチ先も見えないほどの暗闇だ。
心の準備が必要だろう。
「うわ!気持ちわりいなこれ」
その時、横で石の崩れる音がした。
「ど、ど、ど、どれ?」
思った以上に怖かったのか、声が震えていた。
可愛くも見えるその怖がり用にイッキは、鼻で笑いながら応える。
「あんた大丈夫かよっ」
自分の手に目をやると、ついさっきまで怪しげにぼんやりと発光していたはずの手は、何一つ変わらないいつもの両手に戻っていた。
「あれ、おかしいな さっきまで」
両手を勢い良く振ってみるが、反応は無い。
納得がいかないのか、必死にやっているイッキをよそに、女性はかばんを開け何かを探している。
「はい、これ貼って」
ひざを擦りむいていた、イッキに絆創膏を差し出した。
イッキは一瞬とまどい、彼女の顔を見たが、なんて準備がいいんだと驚きながらもその優しさがうれしかったのだろう。
素直に受け取った。
絆創膏を痛々しい傷口に暗闇でよくみえないがらも、目を凝らしながら必死に貼っている。
「そういえば、自己紹介まだだったよね。 私、桃山凛子」
こんな場面で、真剣に自己紹介してくる彼女に多少驚いた。
「あ、ああ、俺は、白・・・」
途中まで名前を言いかけたその時、二人の後方にあった電車が崩れ、いや、崩れるというよりは、100年・・・それどころじゃない何千年という月日が一気に経過したと言った方が当てはまる。
そこに存在する役目を果たしたかのように崩れ去った。
「うお!危ねっ」
「きゃっ」
咄嗟にリンコの手をつかみ飛びのいた。
先が見えなかろうと関係なかった。
むしろ、後方から迫る経験したことの無い変化、恐怖と立ち向かう術をもっていなかった。
「い、痛てえ・・・なんだっての!もうわけわかんねええ」
イッキは、空を見上げるような形で地面に寝そべった。
「なあ」
「おい、大丈夫かよ」
「多分」
さっきまで、光が沈黙を続けていた世界が明るくなっていることに二人は気づく。
「白井一粋・・・。」
ポツリとつぶやいた。
「え?」
「俺の名前、白井一粋。 まだ、いってなかったもんで」
「あ、そうだったね」
リンコは、すっかり忘れていたようだった。
「ねえ、どうするの?」
「何が?」
しばらく、イッキは黙り込み
「とりあえず、せーのでおきあがってみっか?」
そういうことじゃないんだけど・・・と、不安をたくさん抱えた表情のリンコだったが、渋々体を起こす。
目の前に広がる景色は、自分達の通勤経路には決してないものだった。
いや、日本にさえこのような場所があるのか確かではない。
どれほどつづいているのか解らない。
荒れ果てた大地。
「なんだよ・・・これ・・・」
「なあ・・・なあ!ってば!」
リンコが冷静に、いや、冷静にとも取れる返事をする。
「うーん、荒野っていうんじゃないの?」
(この女・・・)
「そっか!荒野か!・・・じゃねえよ!そうじゃなくてだな!」
イッキがお前おかしいぞといわんばかりにリンコを指差した。
すると、自分の手の甲に妙な幾何学模様が浮かび上がっていることに気づく。
「・・・なんだこれ?」
リンコも顔をのぞかせる。
「あーーもう!本当に本当に本当に本当にわけわかんねえっ」