1.2.
1.
季節は冬。場所はとある病院の一室、と言っても職員の部屋ではなく、患者、つまり病室である。
ここに、不幸にも交通事故で怪我を負ってしまった母親のお見舞いをしに来た少年――喜田陽がいた。
正確には、その部屋の前、自らの手で開け放たれた扉の前で止まっていた。
見つめる先には、ベッドに腰掛け、美しい肢体を晒す母親――――ではなく、見知らぬ少女がいた。
絹糸のようにつややかで、クセ毛一つない真っ直ぐな、腰まで伸ばされた黒髪。
触れれば折れてしまうのではないかと杞憂する程細い腕。
肌は陶器のように滑らかで、全てを魅了してしまうかのようだ。
そんな少女は、どうやら着替えの最中で、背中を向いていたためまだ陽に気づいていない。
だがそんな安心も束の間、少女の顔が陽に振り返り、赤らめる。
「い……」
「ま、待って! 誤解なん……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっっ!!」
叫びを上げると、シーツで露わになっている上半身を隠し、手元にあった果物ナイフを持って陽に近づく。
「出てって……出てってくださいっ!」
「分かったから! だからちゃんと服着ようって! あと声のボリューム下げて! 誰か来ちゃうっ!」
出来る限り顔を隠し少女を見ないように試みる陽だが、
「あなたを消す方が先です!」
そういうと少女は高く掲げたナイフを振り下ろす。
「あっぶない! 落ち着いて、誤解なんだってば!」
ギリギリのところで刃をかわし、そうなだめる。
「早く出てってくださいー! 出てってくださいー!」
しかしその効果はなく、ナイフが襲い掛かるばかりである。
次第に説得を諦め、走って逃亡を図る陽だった。
2.
「あっはっはっ! 病室間違えたの? バカだねぇ~」
「笑い事じゃないよ。お陰で誤解は解けないし、死にかけるし……病院で殺人事件なんてシャレんなんないよ……」
今度こそ母親がいる病室に辿り着いた陽。
一度受付のある一階まで戻り看護師に母親の病室の場所を聞き直したのだ。その部屋は先程の部屋の二つ下の階層にあり、部屋番号が三ケタの内、下二ケタが同じだったのだ。
「それで、怪我の方はどうなの?」
「大したことないよ。肋骨が一本折れてたんだっれさ」
「大したことあるんですがそれは……」
明るく振る舞う陽の母親。気さくな性格で、同じ空間に住まう自分よりも年上の患者とも仲が良いようで、
「おや、その子がこの前言っていた息子かい? かわいいねぇ。年は幾つってったっけね?」
「そんな……かわいいだなんて……知ってます! あ、年の方は今度の春で高校二年になりまして、十六ですね~」
一人息子を褒められ、ご満悦な母親。
話をかけてきた老婆は笑顔で、そうかいそうかいと頷き、そのまま陽に向く。
「お母さんのこと、大事にするんだよぉ」
「あ、はい。おばあちゃんもお体大事になさってください」
「優しい子だねぇ。どれ、お小遣いでもあげようか」
手元のバッグを弄り、財布に手をかける老婆に対し、気持ちだけ受け取ると丁寧にそれを制止する陽。
老婆は少し寂しそうになるが、すぐに元の表情に戻した。
「ところで、あんたが間違えたっていう病室、ここの二つ上だったっけ?」
「……? そうだけど」
「あー……じゃあやっぱり、“ミーちゃん”だ」
「みーちゃん?」
「そう、ミーちゃん。朝井未唯ちゃんって言うんだけど……」
少しの間、ほんの一瞬だけ考える素振りが窺える母親。それに陽は気付かなかった。
すぐさま続けて話す。
「あんたと同い年だから、仲良くしてあげなさいね」
「そんなこと言っても……全然仲良くできるような状況じゃないんだけど」
先程その少女にナイフをかざされた陽が言う。
もう一度、今度はちゃんと挨拶をしに行くよう母親に促され、陽は再び朝井未唯と呼ばれる少女のいる部屋へと向かった。




