■7×Rainy Day■
■7×Rainy Day■
夜の空気と共に漆黒の闇が辺りを包み込む頃、黒の雲が運んできたのはポツリポツリと降り始めた大粒の雨だった。
「雨、だな。この分だと今晩は止まないだろうな」
壁に寄りかかり、三階の窓越しに雨が降る外を見やりながら遊月は呟いた。雨の激しさと言えば全く止みそうもない、広々とした庭にいくつもの小川を作り出すほどだ。
「雨かぁ……」
ソファに座り、降り止まぬ雨音に耳を傾けたセノ。彼女は、雨が好きではない。
雨の臭いは大嫌いだし、何よりも雨の日は体がとにかく辛いからだ。
「…………ゴホッ……ゴホッゴホ、ゴホッ…ゴホッゴホ」
異変に気付いた遊月はすぐさま彼女の側へと座り細い背を撫でる。セノは体を丸め、酷い咳に身を揺らしていた。彼女の病気は突然、何の前触れもなく症状が出る。一昨日に症状が出たばかりだというのに、また病気の症状に襲われていた。
「大丈夫か、セノ」
「ゴホゴホッ…最…近…ゴホッ……多ッ…ぃ……ゴホッゴホッ、ゴホッ……」
あまりに苦しそうな彼女の様子を見た遊月は、セノの体を自分の方に向かせると乱れた髪を両手で退かした。
「ゴホッ、ゴホゴホ……ゴホゴホッ……ゴホ…コホッ」
セノが着ている白いフリルブラウスの釦を、プチプチと一個ずつ手早く外していく。フリルが付いた両襟を持って、胸元をガバッと開くと白い首筋が露わになった。
「…ぅ……ゴホッ…ゴホッゴホ……ゴホッゴホッ」
いつもより酷く咳き込み、セノは縋るように遊月のワイシャツを両手で掴む。呼吸が出来ぬ程の咳で苦痛の色に顔色を染めて、大粒の涙を流しながら左右に激しく首を振るセノ。
「ゴホッ、ゴホゴホッ……ゴホッ…ゴホッゴッホ…ゴホ」
遊月はセノの背に片手を添えて抱き寄せる。もう片方の手で小刻みに震える細い肩を抑えた。いつもは牙が刺さる時の痛みが少しでも減るように、皮膚が少し麻痺するまで同じ場所を甘噛みして舌を這わす。だが前例がないほど、酷く苦しむセノを目にしてそんなことは言っていられない。すぐに首筋に唇を落とし白い皮膚に鋭く尖った牙を刺す。
「……っあ……んん―――…………」
遊月の肩に顔を押し付けたまま、くぐもった咳をセノは何度となく繰り返す。
首筋の牙の痕から遊月はセノの血液を吸っていく。なま暖かいドロリとした赤い液体が器官を伝っていく。
「セノ?」
しばらくして酷かった咳が止まった彼女へと、首筋から唇を離し呼び掛ける。
全く反応がない彼女の頬を両手で包み込むと、その表情を覗き込む。涙を流し、微かに震えるセノ。
「首、痛かったか?」
親指で優しく涙を拭い尋ねる遊月。
「違うの…………最近…………」
セノが言おうとしていることを遊月は分かっている。最近は病気の症状が頻繁に出るようになった、ということだろう。
彼女の体は発症者もなく治療法も、治療薬もない病気に侵されているのだ。それに付け足し、前より症状が出る回数が増えたとなれば、不安になるのも当然のこと。雨の日は体も辛く、辺りが漆黒に包まれる夜は少しの不安でも募る一方。
「セノ、もう何も考えるな」
「…………遊月、一緒に居て……」
「分かったから」
そう言って、赤黒く固まりかけている首筋の牙の痕に唇を落とす。セノの体をソファから抱き上げると、螺旋階段を下り二階の彼女の部屋へと連れて行く。
‐‐‐
天蓋付きのベッドの上にセノを横たわせると、蝋燭の光のみの薄暗い室内で二人の視線が合う。
セノの両手が遊月の首に回され、それとほぼ同時に彼女に口付けた遊月。彼の口内に微かに残る、セノ自らの血の匂い。
温かな感触を残し離れた唇。次の瞬間、セノの意識がゆっくりと薄れていく。
「ごめんな、セノ」
遊月は彼女の唇に残った速効性のある液体の睡眠薬を指先で軽く拭う。
こんな時に相手が何を望んでいるのか、何をするべきかは遊月も分かっている。それでも、許されることではないのだと言い聞かして今までもやり過ごしてきたのだ。
毛布を肩口まで掛けて、薬の効果でぐっすりと眠るセノを確認してからベッドの天蓋を下ろす。自らはソファに座り、灯りを灯すと本棚から取り出した古書に視線を落とした。