■6×Ask & Her Answer■
■6×Ask & Her Answer■
黒のロングワンピースに薄いショールを羽織り、ソファに座ってアフタヌーンティーを楽しんでいたセノ。
先ほどからチラチラと視線を送るその先には、彼女から少し離れて木製の椅子に腰掛けている遊月の姿がある。彼は深々と椅子に腰掛けて、分厚い本に目を通していた。セノの両親の莫大な遺産の中には、古書と呼ばれる書物も多数あった。
その古書の中には、長い年月を生きる吸血鬼でも目にしたことのない貴重な物もあったらしい。
「……遊月、何かあったの?」
「何故?」
ゆっくりと古書から視線を上げると、セノを見る遊月。
「何か、いつもと違うから」
少し残っていた紅茶を一口で全て飲み干すと、ソファから立ち上がる。肩から落ちたショールをもう一度肩に羽織り直した。
「そうか?」
彼の目の前で歩いて行くと立ち止まり、その場で床に両膝を付く。遊月がずっと読んでいた本を奪って、両手で閉じると自らの隣り置いた。
「遊月、言って」
読んでいる最中の本をセノに奪われた遊月だったが、古書に伸ばしたその手を思い切り彼女に弾かれた。
「……別に、大したことじゃない。俺の師が失踪したそうだ」
「失踪って?」
「さぁ、何を考えてるんだか」
遊月はそう言ってもう一度、セノに奪われた半分まで読んだ古書に片手を伸ばした。
「それだけじゃないでしょう?」
セノはそう言うと横に自らの傍らに置いた古書を片手で掴み、後方の壁に向かって放り投げる。壁に当たった古書がバサリと広がって床に落ちた。
「……セノ」
「“君には隠し事はしない”あなたがあたしに言ったことでしょう?」
しれっとした態度でセノは言った。
「もしかして、怒った?」
「怒らせたの?」
真っ直ぐに見つめてくるセノ。こうなった時のセノは、退くと言うその二文字を全く知らない。そんな彼女の性格を知っている遊月は、渋々だが自ら折れることにした。
「…………探すように上から命じられた。それだけだ」
「そう?」
セノが立ち上がろうとしたその時、遊月がその腕を掴んだ。
香良の元から去る際に彼女は遊月の腕を掴み、耳元に唇を寄せた。
『そうだ黒唯、あなたが血を吸ってるあの子も連れて行ったらどうかしら?』
そう囁くように言って笑ったのだ。
それは提案でなく、どちらかと言えば命令、指令、強制の部類に入る。遊月は、選ぶ権利など持ち合わせていない。
―――ならば答えは一つ。
「セノ、君も一緒に探して欲しい」
セノは足を止めて、自らの腕を掴んでいる遊月を見る。
「…………」
「探すのを手伝ってもらいたい」
遊月にそう言われたセノは、視線を交わしたまま彼に向き直った。
「あたしに?」
遊月は何も言わずにただ頷く。
「良いよ」
あっさりとしたセノの回答に、遊月は吹き出してしまった。
「何で笑うのよ!」
「“少し考えさせて……今すぐには”とか、何とか言われると思ってた」
立ち上がり、遊月を見やると笑う。
「言って欲しかった?」
「いや」
一言そう言って遊月は立ち上がりセノへと片手を伸ばした。セノのキツく巻かれた柔らかな黒髪を指先で撫でる様に優しく触れ、細くキツく巻かれた一房をそっと指先に軽く絡める。絹糸のようにしなやかな髪先に薄い唇を落とすと、微かに石鹸の香りがした。
「飲みたい」
指先に絡めた髪から唇を離すと両手で黒髪を退けて、光に露わになった首筋に指先を這わす。
「駄目」
このまま雰囲気に呑まれてはいけないと思い、セノは両腕を離させた。
「喉、乾いた。お前だって紅茶飲んでただろう?」
「紅茶は誰かに頼んでから飲むものじゃないの」
セノはそう言って部屋から出て行く。
あのまま、血を飲ませてあげても別に良かった。それでも飲ませてあげなかったのは、約束を破ろうとした彼への罰。