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□3×memory of snow□


□3×Memory Of Snow□



セノの両親は彼女が幼い頃に亡くなり天涯孤独の身になってしまった。

資産家の息子であった父親と大地主であった母親の亡き後、数百億ほどの大金がセノにもたらされた。そのおかげでお金に困ることはなかったが、その分負担も大きかった。T.B.I.D.の症状が出ても、誰も助けてはくれない。広い屋敷の部屋の中で一人苦しみ、泣きながら血を吐き出す。

何人もの手伝いを雇っても、皆がセノの病気を恐れて去って行く。他人にうつる病気ではないT.B.I.D.だが、他から見ればその症状は酷いモノだろう。


この世界に生を受けた時から、既に彼女はT.B.I.D.を患っていた。

そんなセノが遊月に出会ったのは、今からちょうど三ヶ月前――――



■■■■■■■■■



その日は白く澄んだ雪が、まるで天使の羽根のように空から舞い落ちていた。部屋を出て靴を履き、浅く積もった白い雪に靴跡を残して行く。

一面に積もった雪の白さがあまりに目に染みた。セノは空を見上げて目を細め、頬に落ちた雪が水滴となって頬を伝っていった。


『…………はっ』


突如、何の前触れもなく襲われた激しい胸の痛み。その場に膝を突き、痛む胸を抑える。

雪の針が刺さるような冷たい感覚とは逆に、体内が燃えるように熱くなる。胸を焼く激しい熱に眉を顰めて、片手で柔らかい雪を掴む。


『ゴホッ…ぅ……ゴボッ』


白一色だった場所に赤い血の花が咲く。セノの唇も真っ赤に染まっており、その口元からもポタポタと血の雫が垂れて新しい花を咲かせていた。


『ゴホッ……っ……ゴホゴボッ……』


体を支えることすら辛くなって、自らが吐き出し血の花の上に倒れ込んだセノ。

助けなど呼べるはずもなく、重力に従うように口元から血が頬を伝っていた。


『…………………ぅ………』


雪の上に倒れ込んだ体がビクリと跳ね、また大量の血を吐き出す。

生臭い鉄の匂いが鼻孔を刺激して普通なら気持ち悪いはずだが、混濁した意識の中では何も考えることが出来なかった。


『おい、生きてるか』


混濁した意識の中でも、その声は確かに聞こえた。


『………………ぅ…ゴホッ…』

『生きてるみたいだな』


セノの目の前に、声の主はしゃがみ込み倒れたままの体を抱き起こして自らの胸板に頭をもたれさせた。

体勢が変わったことで、体は少し楽になったが胸の痛みは激しくなる一方。セノの胸元が自らが吐き出した血で染まっている。

血でピタッと張り付いた服の上から、そっと指先で撫ぜる。


『選択肢は二つ。余分になった血を吐き出すまでずっと続く痛みが良いか、皮膚を破るほんの少しの痛み。どちらが良いか、お前が決めればいい』

『ゴホッ、ゴボ』


セノの口元から流れた血を男は指先で軽く拭い、その血を舌でペロリと舐めてみせる。


『とは言っても、お前今の状態じゃ話せそうにもないな………今のままが嫌なら、抵抗するなよ』


男はニヤリと笑い、血に濡れたセノの唇に自らのそれを押し付ける。

何度も何度も角度を変えて、深く深く。突然のことに、驚きながらもセノは全く抵抗しなかった。

抵抗しようと思えばどうにか出来たはずだが、あえてセノはその行為を受け入れた。


『……お前の血は甘いな』


男は一言、そう言った。自らの唇を一舐めして唇についた赤い血を舐めとる。

そのままセノの白い首筋に唇を落とし、柔らかい舌を押し付けてその場所に歯を立てて噛み付いた。


『ひっ………』

『俺はお前の苦しみを和らげることが出来る……ほんの少しだ、我慢しろ』


唇を一度離し告げると、もう一度白い首筋へと唇を落とす。薄い皮膚を破る二カ所の痛みの感覚に一瞬、セノは身を強ばらせた。


『……………ぅ……ん……』


じゅるじゅると体に響く不気味な音が、混濁した意識を覚醒へと導く。

しばらくの間セノの首筋に唇を落としていた男だったが、ゆっくりと余韻を残しその場所から唇を離した。


『やっぱ、美味いな……良い香だ』

『あ……なた……誰……?』


薄れいく意識の中で尋ねる。


『俺は黒唯遊月[クロイユヅキ]…………吸血鬼だ』


赤く血で染まった唇の端を吊り上げニヤリと笑い、艶のある声でそう告げた。

いつの間にか雪は止み、空には血の色にも似た真っ赤な月が浮かんでいた。それがセノが見たその時の最後の情景だった。




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