■20×Satan's whisper■
■20×Satan's whisper■
『幻刀“紅刹那”を使い慣らす為には、使いたい人物がそれで人を殺すのだ。黒唯、お前なら私が言っている意味が分かるな?“紅刹那”で私を殺せ、私を殺すのだ。そうすれば刀はお前に従い、コトを起こす時も上手く行くだろう』
螺螺はそう言った。遊月はそれを言われた通りに実行した。ただそれだけ、ただそれだけが苦しくて悲しくて辛い。
胸が痛くて、頭が痛くて、心臓を鷲掴みにされているかのように苦しい。手近にあるものを何これ構わず、所構わずに辺りに投げつける。血で赤黒く染まった両手で顔を覆い、嗚咽混じりに泣く。
「……………………っ………………………」
溢れでていた涙が枯れるまで泣いて、泣いて、泣いて、泣いて。涙が枯れたその後はもう、螺螺との約束を果たすことだけを考える。それしかもう残っていないのだから。
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躑躅は侍女によって案内された香良の自室にいた。この部屋に入ったのは初めてだった。黒いベッドと黒いソファだけしかないその部屋。壁という壁の全てが濃い紫一色。全く落ち着かない部屋だ。
躑躅の頬には長細い白いガーゼ。先日、香良が爪で抉ったその場所を隠すように自ら貼ったものだ。余計な詮索はされたくないが、引っかかれた跡がはっきりと残っているのだからしょうがない。
実際こんなところに来たいなんて全く思わない。それでも血神である彼女の呼び出しを断れば、彼女の怒りが治まるまで何人もの吸血鬼達が勝手な理由を付けられて殺される。さすがに自分のせいで罪もない仲間が殺されるのは、躑躅だって良い気はしない。彼女にどんな仕打ちを受けようとも、従うしかないのだ。
「…………今回は何の用だ」
香良の自室に案内されてから、随分長い時間を待たされた。
「躑躅、躑躅?こんなところで、寝ていては風邪を引くわよ」
壁によりかかり、いつの間にかぐっすりと寝てしまっていた躑躅。彼の肩を揺すっていたのはいつも通りに胸元が開いた黒い着物姿の香良だった。
「何用だ」
香良を見上げ、無愛想に言った香良。いつもなら平手の一つが飛ぶはずだが、香良は微笑んでいた。
「待たせてごめんなさい、躑躅。それと………これ」
ガーゼの上から自らが抉った傷口に軽く触れる。テープを外し両手でゆっくりとガーゼを外す。現れたのは薄く新しい皮膚が出来かけた傷口。
「今も、痛い?」
「いや」
いつもと全く違う香良の態度と雰囲気。それに多少は戸惑いながら、ぶっきらぼうに呟く。
「……動かないでね、躑躅」
傷口には触れないように彼の頬に触れる香良。そっと唇を寄せて、自らが付けた傷口を癒やすようにそっと舐め上げる。
「今まで、ごめんなさい。あなたに辛く当たったわ」
「……どういうつもりだ」
香良はそっと瞳を伏せて彼の腕を引いて部屋のその奥の部屋へと導く。
真っ白なスクリーンがあるだけのその部屋。香良がパチンと指を弾いた途端、スクリーンに映し出されたのは見覚えのある人物の姿だった。黒い喪服を着せられた全く血の気のない人物、それは螺螺の姿だった。
「これ……は…………」
「躑躅、気を落とさないで聞いてちょうだい。螺螺は死んだのよ」
香良はスクリーンから視線を外して俯きながら告げる。
「死んだ?まさか………何を……」
「本当よ、彼女に会いたいなら……会いたいのなら、一階の部屋に居るわ……会いたいなら会っても構わない。これ以上……あなたが気付く姿を見たくはないけれど」
それを聞いた躑躅は、その場に膝を突いて黙り込んでしまった。香良は彼の横に座り、彼の体を抱きしめる。いつもなら香良が触れることを厭うはずの躑躅だったが、呆然とスクリーンに映った螺螺の姿を見つめている。
「何で………だ」
「殺されたの、彼女は殺されたのよ」
躑躅の頭を抱き込んで、言い聞かせるようにそう言った。銀の髪を優しく撫でながら、躑躅の耳元に唇を寄せる。
「誰に………」
「…黒唯遊月。彼があなたの師であり、彼の師でもあった螺螺を殺したのよ」
躑躅の表情が一変する。
「そんな……まさかあいつが」
「……ごめんなさい、躑躅。あなたを傷つけることになってしまって。良いのよ、泣いて…………」
自らの胸に躑躅を抱き寄せて、優しい言葉を何度も囁くようにかける。
「我慢しないで良いのよ、躑躅……あなたが泣き止むまでずっと側に居るわ」
甘ったるい香水の香り。いつもなら気分が悪くなるその香りが何故かそれが今は心地良く感じる。いつの間にか香良の腰に両腕を回してもっと自分の方へ、近くに、と躑躅は抱き寄せた。
「良いのよ……泣いて」
まるで子供のように抱きついてきた躑躅の髪を優しく撫でながら、香良は赤い唇を吊り上げる。
「あなたが一番大切な人を奪われたのだから、彼の一番大切な人を傷付けても良いと思わないかしら?」
そっと顔を上げて、甘く囁く香良を見やる躑躅。
「何………を…………?」
「私の言う通りにすれば螺螺を生き返らせてあげるわ。私は血神ですもの、それくらい可能よ。どうかしら?」
悪魔の囁き、こういうのをそう呼ぶのだろうか。それでも愛しい、大切だった彼女を生き返らせてくれると言うのなら。答えはただ一つ決まっている。
「何をすればいい?」
香良の思い通り。思っていたシナリオ通りの答えに、満足そうに笑う香良。もう一度、優しく躑躅を抱きしめた。