■19×Rain that lies thick in impure■
■19×Rain that lies thick in impure■
「血神様、黒唯遊月と接触していた螺螺の生体反応が先ほど途絶えました」
天蓋付きのキングサイズのベッドに横になり、目の前で煌びやかな衣装を纏わせて踊らせている少女達の舞をつまらなそうな表情を浮かべつつ見ていた香良。
「お前達、もう良い。下がりなさい」
少女達は香良に言われるがまま、舞を止める。香良の目の前で跪き、敬意を表した後に部屋から出て行った。
「本当に?」
「はい。今のところ詳細は不明ですがどうやら弟子であったはずの黒唯遊月が螺螺を始末したようです」
それを聞いた香良は声を上げて笑い始める。ベッドから起き上がり、高らかに声をあげながら笑っている。
「早く、死体の回収に行かせて。螺螺の死体は手厚く葬ってあげなさい。弟子に殺された彼女に、敬意を表して些細な傷一つ付けずにね」
「承知致しました、血神様。すぐに下界に選りすぐりの人員を向かわせます」
「ふふふふ……そうだわ、躑躅を呼んでちょうだい。勿論、螺螺の死体をこちらに回収してからよ。この部屋に彼を呼びなさい、丁重に扱いなさい。自分と同じ弟子に師を殺された、可哀想な彼を慰めてあげなくちゃいけないでしょう?」
「承知致しました」
香良は満足そうに笑い、天を仰ぐ。笑いながらソファに座り、天井を見ながら寝転がる。
「………面白くなるわ」
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ソファの上で目を覚ましたセノ。いつの間にか眠ってしまっていのか。外は土砂降りの雨が降っている。
「遊月、螺螺さん?」
全くの反応がないことを不信に思い首を傾げ、頭を抑えながら応接室から出るセノ。屋敷内の何処を探しても、二人の姿は見えなかった。
廊下を歩いていたその時。酷い雨に混じり、ふと聞こえた叫び声にセノは振り返る。いつの間にか、セノは駆け出していた。まるで何かに引かれるように屋敷から出て、土砂降りの雨の中に傘も差さずに出て行く。
「遊……月?」
庭の中央で膝をついて座り込む彼の姿を見つけたセノは、不信に思いながらも彼に駆け寄る。彼に後もう少しで近づくという時にセノの足が止まる。地面の雨水が遊月の周りだけ赤く染まっていた。
「遊月……?」
意を消して、遊月の肩に触れる。彼女が見たのはクタっとして全く動かない螺螺を抱きしめる遊月。目を見開き、セノは崩れ落ちるようにその場に膝を付く。
「螺螺………………………さん?」
胸元や腕が赤く染まっていた彼女。セノが遊月に視線を映すと、表情も無くただ涙を流す彼。その傍らには、抜き身の刀が転がっている。
「遊月?これは………」
遊月は何も答えずに黙り尽くしたまま動かない螺螺を見つめていた。
「螺螺の死体回収に来た。ご苦労だったな、黒唯。死体は丁重に葬るように血神様から仰せつかっている」
現れたのは二人の男だった。黒一色に身を包んだその姿はまるで死に神のよう。呆然としている遊月の腕の中から、動かない螺螺の体を抱き上げる。
「黒唯遊月、近々血神様から直々にお前にお呼びがかかるだろう。それまでにこのことは忘れろ、良いな」
言い残すと男は螺螺の体を抱いたまま消えた。その場に残ったのは赤い血の跡。それも何れ雨水に流れて跡形もなく消え去るのだろう。はじめから何もなかったかのように。
‐‐‐
土砂降りの雨と対になるかの様に音もなくシンと静まった屋敷内。自室で遊月は呆然とソファに座っていた。傍らには鞘に仕舞われた紅刹那。それを握り締めると、壁に思い切り投げつける。ガチャンと音がして刀は床に落ちる。
「遊月、紅茶煎れてきたの」
セノはゆっくりと扉を開き、彼の側に向かい彼の前に白い湯気が立つ紅茶を差し出す。雨に濡れたまま、シャワーも浴びずにいる遊月。ポタポタと髪やスーツから垂れた雫。雨の水に混じり、瞳から流れる生暖かい雫。
「温まるよ?」
セノに差し出された紅茶のカップを、遊月は片手でテーブルの下に払い落とす。ガタンと転がり、白い絨毯の上にじわじわと茶色のシミが出来た。
「あっ、ごめん。煎れ直してくるね」
遊月が落としたカップを拾おうとしたセノの腕を、キツく掴む。遊月に掴まれた手首の痛みは酷かったが、セノは苦痛の色を表情には出さない。螺螺と遊月の二人の間にどういうやり取りがあったのかは分からない。遊月に何があったのかを聞けるはずもない。ギリギリと、掴まれた手首が痛い。それでもセノは平静を装って見せる。
急に手首を強く引かれ、ベッドの上に放り投げられるように倒れ込んだセノ。
「遊月っ?んっ………んん……んんっ………」
自らの上に覆い被さってきた遊月。彼によって否応なく貪るように唇を奪われ、息つくことすら困難なセノ。
何度となく角度を変えて深く、奥へ。まるで噛み付くようなキスを、セノは全く抵抗せずにただ受け入れる。
「……………んん………んんっ…ん………っ……ぁ」
長い長いキスの後やっと解放された唇。遊月はそのまま片手をセノの後頭部とベッドの間に差し入れる。後頭部を持ち上げて、髪を退かして首筋に舌を這わす。擽ったさに身を捩ろうとするセノの体を許さずに、強くベッドに押し付ける。
「っぁ………く」
突如、首筋に深く噛み付く遊月。感じたことがないほどのあまりに酷い痛みがセノを襲ったが、セノは唇を噛み締めて瞳を閉じるだけで抵抗は全くしない。
じゅるじゅると絶え間なく、吸われていく血液の音が静まった部屋の中に響く。再度、遊月が首筋に歯を立てて薄い皮膚を深く貫いた時にセノの体が遊月の下でビクリと跳ねた。
「っあ…………」
首筋に顔を埋めていた遊月が吸血をピタリと止めて顔を上げる。口の周りを真っ赤に染めて、泣きながらセノを見やる。口元を拭うとセノの上から退いてソファに座った。
「遊月……どうし……たの?」
血の流れる首筋を片手で抑えてベッドから起き上がる。
「………俺、どうかしてる。悪い………………悪い、一人にしてくれ」
「遊月、良いの……あなたが飲みたいなら、飲ん………」
「出てけ!……悪い、一人になりたいんだ。頼む……頼むから…………」
セノは血液が足りずに、ふらつきながらもベッドから立ち上がる。壁伝いに歩きながら、部屋を出て行った。
土砂降りの雨は未だ降り止まない。遠くで雷鳴がしていた。