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■15×Time limit that approaches■


■15×Time limit that approaches■



ここ一ヶ月の間、毎日と言っても過言でないほど遊月とセノの二人は遊月の師を探す為に様々な空間を行き来した。それでも二人が訪れたどの場所にも遊月の師の姿はなかった。

少しの気配や痕跡が残っていてもおかしくはないはずなのに、それでさえも残っていないのだ。一向に見つからない遊月の師。彼に尋ねたところ、彼の師は女性でとても綺麗な人だと聞いた。

そんなに綺麗な人なら、すぐに見つかってもおかしくないはず。セノは初めそう思っていたが、そんな簡単に見つかりはしなかった。



 「セノ、ここにも居ない。師の気配が全くしない」


長く溜め息を吐き出しながらしゃがみ込んで、遊月は頭を掻きむしる。


「遊月、戻る?」


セノが微笑みながら尋ねると、遊月は何も言わずに頷いた。その時、短く小刻みにデジタル音が鳴り響く。


「…………あっ、悪い」


遊月は胸ポケットから銀チップを取り出して、セノの元から足早に離れる。充分過ぎる程の距離を離れた所で彼は立ち止まる。辺りを見回して、人目がないことを充分に確認してからチップを耳元に寄せた。


 「黒唯です……………………はい……………………………ええ…………時間の問題かと…………………分かりました………………………では………呉々も……………………大丈夫ですよ………………はい、では」


チップを仕舞い、遊月は白い雲に覆われた空を見上げる。溜め息を吐き出してから、セノの元へと戻って行った。



■■■■■■■■■



「すぐに黒唯を呼んで頂戴」


 黙々と湯気が立ち込めるその場所。無数の薔薇の花弁をお湯が見えぬ程に浮かべたバスタブに浸かっていた。

ふと思いついたように血神である香良は、鈴を鳴らしてバスルームに呼びつけた男に告げた。香良が右手にグラスを持つと、傍らに控えていた少女が真っ赤な液体をグラスへと注ぐ。


「失礼ですが、黒唯遊月は師を探しに行っているのではないかと………」

「ああ、そうね。じゃあ…………躑躅で良いわ。誰も居ないよりは良いもの、躑躅を呼んで」

 

赤い液体を飲み干すと、液体で赤く染まった自らの唇を指先で軽く拭った。


「躑躅が来たら、白夜の間で待たせといて頂戴」


クスクスと笑いながら、丸くくり貫かれた窓の外に視線を流す。水桜が咲き誇り光を放つその場所を見て、香良は大変満足そうな表情を浮かべた。


「血神様、赤い月以外に吸血を行った者達の処分は如何しましょう?」

 「そうね……殺しなさい、皆殺し。血神の命に背いたのだから当然でしょう。彼らから抜いた血は勿論、綺麗に濾過してから水桜にあげてちょうだい」


艶めいた声音で香良は言う。差し出したグラスに注がれた液体、それを飲み干して満足げに笑った。


‐‐‐


白夜の間、そう名付けられた部屋。冷たく感じて、目に染みるほど真っ白な四方の壁。部屋の中央には五人が悠々と座れるだろう、赤い縁取りがされた黒い長椅子が一脚。長椅子の下、床の上には毛の長い布が敷かれている。ゆっくりと真っ白な襖が開き、白夜の間に白いスーツを着込み気だるそうに入ってきた男。


「躑躅、血神様がいらっしゃるまで待つように。中からは開きませんから」


案内してきた男はそう言ってゆっくりと襖を閉める。ほぼ軟禁に近い状態で、白夜の間に置かれた躑躅。長椅子に両足を投げ出して座り、慣れた手つきで取り出した煙草に火を点ける。吐き出した煙りは白ではなく赤。


「…………ついてねぇ」


血神からの急な呼び出しさえ無ければ、今頃はゆっくりと月見酒でも飲んでいられたはずだ。


「躑躅、ここは禁煙よ。消して」


たわわな胸の谷間が見えるほど、大きく開いた黒い着物。赤い小さな桜を象った模様、細く柔らかそうな腿が見えるほどに乱れた姿で現れた香良。高い位置で結い上げた髪を、キラキラと光る赤い紐で縛っていた。躑躅はそちらには全く目も暮れず、煙草の煙りを長く吐き出した。


「躑躅、消してって言ったの」

「なら、何でここに灰皿がある?」

「あなたが吸うの見越して、よ」


溜め息混じりに、灰皿に押し潰して煙草の火を消す躑躅。香良はそんな様子を満足げに眺めながら彼の両足の間に両膝を立てて座り、躑躅の首に両腕を回す。甘ったる過ぎる香水の匂いに、彼は表情を歪ませた。


「退け」


躑躅は目の前の香良に冷たい視線を送りつつ、言い放つ。躑躅は自らの首に回っていた両腕を無理矢理、外させる。香良は自分の思い通りにならない躑躅の態度に気分を害したようで、無表情の躑躅を睨み付けた。


「用がないなら、帰っても良いでしょうか?血神様」


あからさまな嫌みを含ませた口調で、躑躅は言ってのける。その直後、右頬に走る灼けるような後を引く痛み。


「黙りなさい」


赤くなった自らの手のひらを労るようにゆっくりと撫でながら、香良は言った。


「俺は遊月とは違う」

「……そうね?」


自らが思い切り叩いた躑躅の頬を指先で優しく撫でながら、そっと呟く。


「……最初からあなたに期待はしてないわ。何と吼えようとも一向に構わない、あなたは黒唯の代わり。ただの代わりなのよ、私にとっても……勿論“彼女”にとってもね」


ガリッと嫌な音がして、肉が抉られるような感覚。生暖かい雫が躑躅の頬を伝っていく。赤いその雫を軽く指先に付けた香良は、躑躅に見せ付けるように舌で拭った。


「ごめんなさい?少し、強く引っかきすぎたみたい」


白いスーツの上に、赤い血の花が咲いていく。ポタリポタリと雫が落ちる度に一つ、また一つ。


 「でも……あなたの事………好きよ」


一体何が面白いのか、唇の端を吊り上げ声をあげて香良は笑っていた。




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