■11×Degenerated vampire■
■11×Degenerated vampire■
セノが目にしたのは、この世のものとは思えぬ姿のものだった。三メートル以上もあるだろう背丈で、闇に染まったかのような真っ黒い肌。顔だけは辛うじて人間のそれであるが、深紅の瞳から止めどなく流れているのは真っ赤な血の涙。
鋭く尖った二つの牙が耳まで裂けた唇と思わしき隙間から顎先まで伸びている。そこからチラチラと覗く赤い舌は、まるで蛇のように自由自在に動き回る。舌が動く度に唇の端から皮膚を伝い、白いドロリとした液体が垂れていた。
「セノ、大丈夫か?」
顔を真っ青に染め、前を見つめがなら硬直しているセノに気付いた遊月は彼女に声を掛けた。
「………」
言葉は一言も無く、セノはただ頷くのみだった。その瞳には奇怪な姿がはっきりと映っていた。
「おい。その化け物、完璧に墜ちてるじゃねーか。あれはゼロ、もう話せねーだろ」
墜ちた吸血鬼からは視線を外さず、対峙している砦と世。そんな二人の姿を見やりながら、遊月は言った。
「書類にはまだ完璧には墜ちてないって、ゼロには生っていないって明記されてたよな、砦?」
「うん。世の言う通り確かに書いてありましたよ、遊月サン。上の書類不備でしょうか……」
墜ちた吸血鬼からは視線を離さずに、二人は言う。鎌を握り直し、いつでも動く用意は出来ている。動こうと思えばすぐにでも動くことは可能だが、二人は動かない。墜ちた吸血鬼が先に動くのをただずっと集中力を持続させて、ただ待っているのだ。
「ゼロ?遊月……ゼロって」
「……ああ、墜ちた吸血鬼の最悪最終形がゼロ。ゼロ、それが彼奴の名だ」
目の前の墜ちた吸血鬼をゼロ、とそう言った遊月。その時、ゼロは両腕を振り上げ鋭い爪を振り下ろした。
それを全くの余裕の表情で交わした砦と世は、鎌を軸にして飛び上がる。二人は空中で体制を変えると頭上近くまで鎌を振り上げ、ゼロの肩に二つの鎌が左右同時に振り下ろした。それと同時にゼロの肩から深紅の血しぶきが上がる。
肩に刺さった鎌を引き抜くと、鎌を持ち替えてゼロの首を狙う。その時、ゼロの唇がぱっくりと上下に開き黄色い液体が吐き出された。それに気付いた世と砦の二人はゼロの肩を軸にして、その場所から離れる。黄色い液体が零れ落ちる度、しゅうしゅうと白い煙が生まれ、煉瓦が真っ黒に焦げて窪んでいた。
「酸だな……ったく、しゃーねーな。世、砦!お前らこっちこい」
遊月は少し離れ、対峙したままの二人を呼びつける。二人は互いに見やり、ゼロを一度見やってから遊月の元へと走り寄った。
「なんだょぉ、遊月サン」
「……お前らコイツに怪我させたらどうなるか、分かるよな?……良し。じゃあ、セノを連れて少し離れてろ」
遊月はセノの腕を掴み、世と砦の方へと突き出す。二人は遊月に言われるがままにセノの腕を掴み、飛躍して高く見下ろせるすぐ側のアパートの上に着地した。
「ちょ、ねぇ待って、遊月!」
ゼロと対峙する遊月は、セノの声に顔を上げて彼女を見上げる。その表情には余裕さえ感じられる。
「大丈夫ですよ、セノサン。遊月サンは過去の“KILLER”の中でも指折りの力を持っていましたから。遊月サンはボク達の先輩にあたる方ですし」
「だからって、一人で……遊月は二人みたいに鎌とか持ってないし…………」
「遊月サンは、道具なら持ってるよ。ボクらのこんな小さな鎌なんて比べるのも烏滸がましい程の上物。幾千、幾万もの墜ちた吸血鬼の血を沢山吸って赤い刃を持つ鎌をね」
世は鎌を両手で握り冷静な表情でそう言って、ギリギリの場所に立って下を見やる。その視線の先には、対峙したままの遊月とゼロの姿がある。
「セノサン、本当に大丈夫ですよ」
砦はそう言って、セノに笑いかけた。