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熾火  作者: 須藤彦壱
27/27

27.

 

 

 ゆらり、と炎が揺れた。

 本堂の板の間、その真ん中に草薙伊織は跪座の姿勢を取り、腰に帯びた刀の柄に手を掛けている。その四方に二間半ほどの間をとって質素な灯立が置かれ、蝋燭に火が灯されていた。天井の照明を落としているせいで室内は暗く、明かりは蝋燭の炎だけだった。

 そらのいる場所からは草薙は蝋燭の一本を背にする形になっていて、逆光でその表情は窺えなかった。ゆっくりと呼吸を整えている間は肩が上下しているのが見て取れたが、それが止むと老人は動かない影になってしまったように気配を消してしまっていた。

「――参る」

 静謐な呟きが草薙の口から洩れた。左腕のわずかな動きで草薙が刀の鯉口を切るのがそらにも分かった。

 シャラン、と乾いて澄んだ音がした。

 ゆっくりと抜刀した草薙は、同じスピードのままで刀を一閃させ、正眼に構えると羽衣が舞うようにふわりと立ち上がった。

「……ほう」

 隣で住職が呟くのをそらは聞いた。しかし、眼前の老剣士の所作に目を奪われていて、そちらを振り向いたりはしなかった。

 草薙は剣道の型をなぞるようにゆっくりと刀を振った。その度にまだ湿ったままの着物がバサッと衣擦れの音を立てたが、草薙がどれだけ歩を進めても足音はしなかった。摺り足で、まるでレールに乗っているような滑らかな足捌きの産物だった。

 そらが剣道の演武を見るのはこれが初めてではなかった。高校の同級生に実家が剣道の道場を開いている娘がいて、彼女が名古屋で行われた大会に出るのに着いていったことがあるのだ。さして興味もない事柄に日曜日を丸々潰すことにはなったが、交通費が友人持ちな上に、荷物番と支度の手伝いの見返りが有名な喫茶店でのランチというのはそらにとっても悪い条件ではなかった。

 裂帛の気合と共に木刀を振り下ろす友人は、日頃の大人しくて静かな物腰が嘘のように、眼前の敵を斬り殺さんばかりの勢いだった。

 勿論、彼女だけがそうだった訳ではなく、他の演武者も大なり小なりそうした雰囲気を持っていた。そうでなかったのは真剣での演武を見せた、いかにも達人という感じの練達の剣士たちくらいだった。

 おまえの剣が見たい、という住職の言い草や、その後の柳生十兵衞云々の話から、そらは何となく草薙も激しい剣捌きを見せるのかと思っていた。

 しかし、草薙が練達の剣士のように淡々と技を見せているのかといえば、それも違うとそらは思った。

 蝋燭の炎を照り返し、白刃に浮かぶ刃紋がまるで陽炎のようにゆらゆらと揺れる。その動きはスーパースローモーションで再生された映像のようにゆっくりとしていて、仮にそれが実際の一撃であったなら、その切っ先をかわすのは子供でも容易なことに違いなかった。

 だったら何故、とそらは思った。その刃が振り下ろされるたびに血飛沫が飛び散るような錯覚を覚えるのか。相手の命だけでなく、己の魂の緒まで斬り散らすような殺意を感じるのか。

 そらは自分でも気付かないうちに自分の身体を掻き抱いていた。

 

 

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