何故私が小説を書き始めたのか
私は元々、音楽や美術、文学がとても好きでした。正解のない世界で、自分を自由に表現することが出来たからです。そして同時に、私の心の逃げ場となっていきました。
何か疲れたことがあっても、自分の好きな事に触れれば少し、笑顔になれました。私は音楽や美術、文学に救われたのです。
音楽は歌うことも、聴くこともとても好きでした。でも、何人もの人の前で歌うのはなんだか違いました。美術、それは私に光を与えてくれるとても大事なものです。絵を描いたり、見たりするのがとても好きで、やっぱり絵の世界は良いな。と思います。
少し現実的な話をすれば、今は絵もAIなどが描いたものと人が描いたものは多くの人に同じようなものだと言われるようになってきました。でも、私は誰かが自分の思うままに描いた絵が好きです。AIが描いたようなものではなく、誰かが自分の思うままに描いた絵には温かい心のようなものがありましたから。
私も絵を描く人間です。絵を描くことはとても好きで、別にAIの絵を否定するわけではありません。絵だけに限らず、音楽や文学などもです。
私だって、小説を書く時はAIを利用していることだってありますから。
私は絵を描くことが昔からとても好きでした。今では想像も出来ませんが、私は元々文学の長い長い小説を読むのが嫌いでした。
ですが、ある時私は一冊の小説を読みました。私はその小説の題名がどんなものだったかは思い出せません。でもその小説は、私の世界を塗り替えました。今まで長い長い小説を読むことは嫌いだったはずなのに、どんなに長い小説でも楽しく読んでいくようになっていきます。
いつの間にか、私が読んだ小説の冊数は数えることができなくなりました。一体何冊読んだのでしょうか。今だって、私は小説を手にとって読んでいます。
そして、一ヶ月に余裕で百万文字は超える読書数になっています。それほどまでに、小説というものは私自身を変えていきました。
私は、絵本を読むことも好きです。今だって、お気に入りの絵本作家さんがいます。お名前は出せませんが、絵本のイラストの温かみとその話がとても心に温かい光を与えてくれます。
いつしか、私は自分が描いた絵で。書いた小説で。誰かが少しでも笑ってくれたら。笑顔になってくれたら。泣いてくれたら。好きになってくれたら。救われたら。そうなったら良いな。と考えるようになります。
それが私の原点でした。
今音楽を聴くと、また違った物語が見えてきます。音楽にだって、物語はあるんじゃないかな...。と次第に考えるようになっていきましたから。
イラストもそうです。例えば、フィンセント・ファン・ゴッホの「ひまわり」。これはイラストというよりも絵画ですが、この作品を描くにいたるまでの物語があると思いますから。
私は、正解のない世界が好きです。誰も、それは否定できないものだと私は思います。度が過ぎたものは別として、自分を自由に表現することが出来るものですから。
人によって視点は変わり、評価も変わります。でも、やっぱり私はそんな世界がとても好きでした。
私は今、小説を書いています。何かに縛られることなく自由に表現することが出来るからです。でも、自分の書いたものに納得出来ずに改稿をすることも少なくないです。
でも、それも良いのではないかなと私は考えます。だって、「完璧」は存在しないのですから。先程も言いましたが、人によって視点は変わり、評価も変わります。誰かがその「完璧」を否定すれば、それはもう「完璧」とは言えません。
話が少し脱線しましたかね。私は、正解のない世界に出会ったことで、私自身の世界は塗り替わっていきました。そんな自分だけの世界を、表現したくなったことで行動に移しました。
それは、小説を書くということでした。いつか、私の願いが届けば良いな。届くように頑張ろう。どれだけ失敗しても、成長につなげよう。そう思っています。
それが、私が小説を書き始めた理由でした。




