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桜の散りゆくとき君は何をみる  作者: 雨香


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1/1

ep1

新作です。重いです。精神的に。

命。

それはこの世界に数えきれないほどあるもの。どんなに小さくともどんなに大きくともどんなに強くともどんなに弱くとも持っている縛り。命があることにより死という縛りを課される。逃れることは出来ない。

だから我らは生きるのだ。儚くそして脆い命を最期まで。


――――――――


朝というものは、どうしてこんなにも律儀にやってくるのだろう。


望もうが望むまいが、太陽は同じように昇り、同じように街を照らす。

人の事情など関係ない。


俺は布団の中で目を開けた。


天井。

白い。


それだけだ。


目覚まし時計は鳴る前に止めた。

正確には、鳴るのを待つ意味がないからだ。


この家には、俺しかいない。


台所へ行く。

冷蔵庫を開ける。


中には昨日のコンビニ弁当の残りと、牛乳。

それだけ。


俺は牛乳を直接口に流し込む。


コップを使う意味もない。

誰も見ていないのだから。


「……」


何も思わない。


両親が死んだのは、中学二年の冬だった。


交通事故。

信号無視のトラック。


警察はそう言った。


祖父母はそれより前から弱っていて、

祖母が一昨年、祖父が去年死んだ。


俺はそれを、ただ見ていただけだ。


悲しいと思った記憶がない。


いや、違う。


多分、思わなかったんじゃない。

思えなかった。


感情というものが、最初から欠けているみたいに。


歯を磨き、制服を着る。


玄関を出る。


鍵を閉める。


それで一日が始まる。


それだけだ。


通学路には人が多い。


笑い声。

会話。

スマホ。


全部、別の世界のものみたいだった。


俺は歩く。


ただ歩く。


学校に着く。


靴箱。

教室。


全部、決められた順序。


一年二組。


俺の席は窓際の後ろから二番目。


そこに座る。


おはよー


クラスの誰かが誰かに言う。


俺じゃない。


当然だ。


俺は基本的に、誰とも話さない。


話す理由もないし、向こうも話す理由がない。


それだけ。


机に頬杖をつき、外を見る。


空は青い。


雲が流れている。


それをぼんやり見ていると、


「……ねぇ」


声がした。


俺の前の席。


女子。


振り返った。


短い黒髪。

少し大きめの目。


見たことはある。

同じクラスだから当然だ。


名前は――


確か、


「……宵月くん、だよね」


向こうが先に言った。


「そうだけど」


それだけ答える。


「やっぱり」


彼女は少し笑った。


「私、水無。水無陽菜(みずなしひな)


知ってる。


と言おうとして、やめた。


「そう」


それだけ返す。


普通なら会話はここで終わる。


だが、


「ねぇ」


水無は続けた。


「宵月くんって、いつも一人だよね」


「そうだな」

「寂しくない?」


俺は少し考える。


寂しい。


その感覚がよく分からない。


「別に」


そう答える。


水無は、少しだけ不思議そうな顔をした。


「へぇ」


それだけ言うと、前を向いた。


会話は終わり。


俺も外を見る。


また同じ時間が流れる。


一時間目。


国語。


先生の声が教室に響く。


意味のない音の連なり。


俺はぼんやりする。


そして、


「おい宵月」


呼ばれた。


顔を上げる。


先生。


「聞いていたか?」


昨日と同じ言葉。


「聞いてます」


「そうか」


先生はそれ以上何も言わない。


知っているからだ。


俺の家庭のことを。


同情。


配慮。


優しさ。


全部、どうでもいい。


授業が終わる。


休み時間。


ざわざわ。


笑い声。


椅子を引く音。


俺は動かない。


すると、


「ねぇ」


また声。


水無だった。


振り返る。


「宵月くん」


「何」

「お昼、一緒に食べない?」


予想外の言葉だった。


「なんで」


俺は聞く。


水無は肩をすくめた。


「なんとなく」


「……」


意味が分からない。


「嫌?」


「別に」

「じゃあ決まり」


水無は笑う。


それだけで話は終わった。


昼休み。


屋上。


風が吹いていた。


フェンスの向こうに街が見える。


俺は弁当を食べる。


コンビニ。


水無は隣に座っている。


手作り弁当らしい。


「ねぇ」


また水無。


「宵月くんってさ」


「何」


「楽しい?」


「何が」


「生きるの」


俺は止まる。


箸が空中で止まる。


考える。


答えは簡単だった。


「別に」


水無は少し黙った。


それから、


「そっか」


と言った。


「私はさ」


水無は弁当をつつきながら言う。


「結構楽しいよ」


「そうか」


「でもね」


水無は空を見る。


「いつ死ぬか分からないよね」


「……」


「人って」


風が吹く。


髪が揺れる。


「簡単に死ぬじゃん」


俺は何も言わない。


水無は続ける。


「事故とか、病気とか」


「……」


「昨日まで普通にいた人がさ」


彼女は笑った。


少しだけ。


「急にいなくなる」


その言葉に、


なぜか、


ほんの少しだけ、


胸がざわついた。


理由は分からない。


「宵月くん」


水無が言う。


「もしさ」


「?」


「全部なくなったらどうする?」


「全部?」

「家族とか」


「……」


「友達とか」


「……」


「生きる理由とか」


俺は答える。


簡単だ。


「何もしない」


水無は俺を見る。


「何もしない?」


「ああ」

「なんで」


「理由がないから」


水無は少し笑った。


「変なの」


そう言って、


また弁当を食べ始めた。


その日から、


水無は時々、


俺に話しかけるようになった。


理由は分からない。


でも、俺は特に断らなかった。


断る理由もないから。


それだけだった。


ただ、このときの俺は、


まだ知らなかった。


このどうでもいい日常が、


どんな形で終わるのかを。


そして、


その終わりが、


どれほど皮肉なものになるのかを。


俺は、まだ知らなかった。


――――――――


水無と昼を食べるようになってから、数日が経った。


特別な理由はない。

ただ、昼休みになると自然と屋上へ行き、水無がそこにいる。


それだけのことだ。


会話も多くない。


水無は時々話す。

俺は短く返す。


それでも水無は気にしていないようだった。


「宵月くん」


ある日の昼休み。


屋上のフェンスにもたれて、水無が空を見ていた。


「何」


「さ」


「?」


「人ってさ、なんで生きてると思う?」


またその話か、と思う。


水無はこういうことをよく聞く。


俺は弁当を開きながら答える。


「知らない」

「興味ない?」


「別に」

「そっか」


水無は少し笑う。


「でもさ」


彼女はフェンスを指で叩いた。


カン、カン、と軽い音が鳴る。


「意味なくても、生きていいと思う?」


俺は少し考える。


答えはすぐ出た。


「いいんじゃないか」

「適当だね」


「適当だ」


水無はまた笑った。


風が吹く。


フェンスの向こうに、街が広がっている。


人が歩いている。


車が走っている。


みんな、それぞれの理由で生きているんだろう。


多分。


「宵月くんってさ」


水無が言う。


「怒ることある?」


「ない」

「悲しいことは?」


「ない」

「楽しいことは?」


「ない」


水無は目を丸くした。


「全部ないの?」


「多分」

「それってさ」


水無は少し考える。


「空っぽって感じ?」


空っぽ。


その言葉は、妙にしっくりきた。


「……そうかもな」


水無は俺を見る。


しばらく黙って、


それから言った。


「でもさ」


「?」


「空っぽならさ」


「?」


「これから入れればいいじゃん」


意味が分からない。


「何を」

「いろいろ」


水無は笑う。


「友達とか」

「思い出とか」

「好きなものとか」


「……」


俺は弁当を食べる。


特に何も思わない。


「宵月くんってさ」


水無が言う。


「優しいよね」


「どこが」

「なんとなく」


「気のせいだ」

「そうかな」


水無は首を傾げる。


「だってさ」


「?」


「私の話、ちゃんと聞いてくれるし」


「……」


それは、聞いているというより、


ただそこにいるだけだ。


「普通の人ってさ」


水無は言う。


「もっと無視すると思うんだよね」


「そうか」

「うん」


風がまた吹いた。


そのとき、チャイムが鳴る。


昼休み終了。


「戻ろっか」


水無が立ち上がる。


俺も立つ。


屋上を出る。


階段を降りる。


その途中、


水無が言った。


「宵月くん」


「何」

「明日さ」


「?」

「放課後、暇?」


「暇」

「じゃあさ」


水無は少し笑った。


「帰り、寄り道しようよ」


寄り道。


そんなもの、したことがない。


学校から家に帰る。


それだけだった。


「別にいいけど」


そう答える。


水無は嬉しそうに言った。


「決まりね」


その表情を見て、


なぜかほんの少しだけ、


胸の奥が動いた気がした。


でも、


多分気のせいだ。


――――――――


翌日。


放課後。


校門の前。


水無が待っていた。


「遅いよ」


「普通だ」

「私が早かったの」


水無は笑う。


「行こ」


どこへ行くのかは聞かなかった。


理由もない。


ただ歩く。


学校の近くの商店街。


古い店が並んでいる。


駄菓子屋。


本屋。


パン屋。


「懐かしい感じしない?」


水無が言う。


「別に」

「冷たい」


水無は少し笑う。


それから、


駄菓子屋に入った。


店は狭い。


棚にお菓子が並んでいる。


子供が数人いる。


「うわー」


水無は楽しそうだ。


「これ懐かしい」


「どれ」

「これ」


小さいチョコ。


「食べたことある?」

「ない」


「え、ほんと?」


水無は驚く。


「人生損してるよ」


そう言って、


二つ買った。


「はい」


一つ渡される。


「別にいい」


「いいから」


仕方なく受け取る。


包みを開ける。


食べる。


甘い。


それだけだ。


「どう?」


水無が聞く。


「普通」


「感想薄い!」


水無は笑う。


店を出る。


夕方。


空が少し赤い。


「宵月くん」


水無が言う。


「何」


「今日さ」


「?」


「楽しかった?」


俺は少し考える。


答えは、


よく分からなかった。


でも、


「……まあ」


そう答えた。


水無は嬉しそうに笑った。


「よかった」


その笑顔を見て、


俺は思う。


もしかしたら、


この日常は、


少しだけ、


悪くないのかもしれない。


だけど。


その考えは、


すぐに否定されることになる。


人は簡単に死ぬ。


水無が言った言葉。


それが、


どれほど現実なのか。


俺はまだ、


知らなかった。


――――――――


春が近づいていた。


校庭の端にある桜の木は、まだ蕾のままだった。


固く閉じた小さな蕾。

けれどよく見ると、ほんの少しだけ色づいている。


あと少しで咲く。


そんな状態だった。


「ねぇ宵月くん」


昼休み。


屋上で水無がフェンス越しに校庭を見ていた。


「何」


俺も同じ方向を見る。


「桜ってさ」


水無は言った。


「綺麗だよね」


「そうか」


「うん」


風が吹く。


まだ冷たい風。


「でもさ」


水無は続ける。


「すぐ散るよね」


俺は何も言わない。


「咲いたと思ったら、あっという間」


水無は少し笑った。


「なんか人みたいじゃない?」


その言葉は、妙に耳に残った。


「人?」


「うん」


水無はフェンスを指でなぞる。


「頑張って生きてさ」


「やっと咲いたと思ったら」


「すぐ終わる」


俺は校庭の桜を見る。


まだ蕾だ。


けれど確かに、


いずれ咲いて、


そして散る。


それだけは決まっている。


「でもさ」


水無は言う。


「散るから綺麗なのかもね」


「……」


「ずっと咲いてたら、多分誰も見ない」


風がまた吹く。


フェンスがかすかに揺れた。


「宵月くん」


「何」


「もしさ」


「?」


「自分がいつ散るか分かってたらどうする?」


俺は少し考える。


答えは単純だった。


「何もしない」


水無は笑った。


「やっぱり」


「なんで」


「そんな気がした」


チャイムが鳴る。


昼休みが終わる。


「戻ろ」


水無が言う。


俺たちは屋上を出た。


階段を降りる。


廊下を歩く。


窓の外には桜の木。


ほんの少しだけ、


蕾が膨らんでいる。


その日の帰り道。


俺と水無は並んで歩いていた。


夕方の光。


少し赤い空。


「宵月くん」


水無が言う。


「何」


「高校ってさ」


「?」


「三年しかないんだよね」


「そうだな」


「短いよね」


「多分」


水無は笑った。


「だからさ」


「?」


「出来るだけ楽しくしたいなって思ってる」


俺は特に何も思わない。


「そうか」


それだけ答える。


「宵月くんは?」


水無が聞く。


「何」


「楽しくしたいとか思わない?」


「別に」


水無は少しだけ困った顔をした。


「ほんと不思議」


「何が」


「宵月くん」


「……」


「生きてるのに」


その言葉は、少しだけ静かだった。


そのとき、


風が吹いた。


道路の脇にあった一本の桜。


まだ咲いていない。


けれど、


一枚だけ。


ほんの一枚だけ、


花びらが落ちた。


咲ききる前に、


風で千切れたらしい。


それがゆっくり、


地面に落ちる。


水無はそれを見ていた。


「……」


少しだけ黙って、


それから言った。


「もったいないね」


俺は花びらを見る。


小さい。


薄い。


踏めば簡単に潰れる。


それでも、


ほんの一瞬だけ、


夕日に光って見えた。


その光景を、


俺はなぜか覚えていた。


その時はまだ、


何の意味もないと思っていた。


ただの花びら。


ただの風。


ただの春。


でも。


それは、


後になって思えば、


小さな前触れだったのかもしれない。


人の命が、


桜の花びらみたいに、


簡単に散るということの。


そして、


それが誰に降りかかるのか。


その時の俺は、


まだ知らなかった。


水無が、


少し先を歩く。


「宵月くん、早く」


そう言って振り向く。


夕日の中で、


水無は笑っていた。


俺は歩く。


その後ろを。


ただ、


何も考えずに。


この時間が、


いつまで続くのかなんて、


一度も考えずに。


桜はまだ、


咲いてもいないのだから。

作者の一言

私自身命については考えたりすること普段は無いのですが、最近ふと考える機会がありその時に考えたことを小説としてみました。

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