悪くない人と暮らしている
「幸せな夫婦ですね」と言われるたび、私は少しずつ嘘が上手くなっていく。
それは胸が痛むような嘘ではない。
訂正するほどの間違いでもなく、説明するほどの不幸でもない。
ただ、話を終わらせるために必要なだけの、便利な嘘だ。
第一話
夫は「何か手伝おうか?」とよく聞く。
そのたびに私は、聞く前に動くという選択肢が、この家には存在しないことを確認する。
今日は夕方から雨で、洗濯物を取り込むタイミングを少し失敗した。
休日は買い物をして、帰宅して、鞄を置いたらもう鍋に火をつけている。
その横で夫はスマートフォンを見ながら、「今、何すればいい?」と聞く。
本当に何も考えていない顔だな、と思う。
それと同時に、考えていないだけで悪気はないのだとも思う。
「じゃあ、子ども見てて」
そう言うと、夫は素直にうなずく。
それで済むなら、まあいいか、と私は包丁を握り直す。
夫はいい父親だ。
子どもの話をちゃんと聞くし、声を荒げない。
私よりも根気強く、同じ絵本を何度でも読む。
だから余計に、私は文句を飲み込む。
不満を言えば、どこかで帳尻が合わなくなる気がするからだ。
夕飯ができて、子どもが先に食べ始める。
夫は「美味しそうだね」と言ってから箸を取る。
その言い方が、少しだけ他人行儀に聞こえる日がある。
たぶん、夫にも不満はある。
口にしないだけで、私の顔色や言葉の端を見て、何かを感じ取っているはずだ。
私は最近、よく黙る。
疲れていると説明するのも面倒で、機嫌が悪いと思われるのも嫌で、結果として無言になる。
夫からすれば、扱いづらい妻だろう。
もしかしたら彼は、
「昔はもっと笑っていた」
とか、
「何を考えているのか分からない」
とか、そんなことを思っているかもしれない。
でも、それも聞かない。
聞けば、答えなければならなくなる。
食後、夫は子どもを風呂に入れる。
私はその間に洗い物をする。
役割分担は、今日も問題なく回っている。
湯気の向こうで、子どもの笑い声が聞こえる。
それを聞きながら、私は安心する。
同時に、なぜか少しだけ腹が立つ。
この人は、悪くない。
私も、きっと悪くない。
それなのに、どちらも少しずつ、何かが足りない顔をしている。
言葉にしない不満を、互いに相手のせいにしないまま、今日も一日が終わる。
夫は風呂から上がって、「先に寝てていいよ」と言う。
私は「うん」と答える。
たぶん、夫も同じように思っている。
この暮らしは、間違ってはいない。
ただ、完璧でもない。
だから私たちは今日も一緒にいる。
悪くない人と、悪くないまま暮らしている。
第二話
子どもが生まれる前、私たちはほとんど喧嘩をしなかった。言い合いになりそうな気配を、どちらも器用に避けていたからだと思う。
夫は穏やかで、私の話をよく聞いた。私はそれを、相性がいいということだと信じていた。
二人目の寝かしつけを終えた夜、夫が小さくため息をついた。聞こえないふりをしようと思えば、できる程度の音だった。
「疲れた?」そう聞くと、夫は少し間を置いてから、「まあね」と笑った。
その笑い方が、子どもが生まれる前と少し違う。前は、疲れていても余裕があった。今は、余裕があるように振る舞っている。
たぶん夫は、いい父親でいようとしている。私と同じように。
私が家のことを考えている間、夫は仕事のことを考え、それでも家に帰れば、父親の顔に切り替える。
その切り替えが、うまくできない日もあるはずだ。
夫は、私が何も言わないのを助かっていると思っているかもしれない。責められないことを、理解されていると勘違いしているかもしれない。
逆に、何も言われないことを、怖いと思っている可能性もある。
私たちは、喧嘩をしないまま親になった。喧嘩の仕方を知らないまま、二人の子どもを育てている。
夫は子どもを抱き上げながら、「大きくなったな」と、誰にでもなく言った。
その声には、嬉しさと同じくらい、追いつけていない感じが混ざっていた。
もしかしたら夫は、仕事も家庭も、ちゃんとやっているのに、どこかで減点され続けているような気分なのかもしれない。
私が黙るたびに、彼は答えのないテストを受けている。
「昔みたいに、もっと話したほうがいいのかな」夫がぽつりと言った。
私は一瞬、返事に迷ってから、「今は眠いね」と言った。
それ以上の言葉を出せば、何かが壊れる気がした。
夫は「そうだね」と言って、電気を消した。暗闇の中で、背中が少し遠く感じる。
たぶん夫も、不満を持っている。それが私なのか、生活なのか、自分自身なのか、まだ名前がついていないだけで。
それでも明日になれば、私たちはまた協力して一日を回す。
喧嘩しないことが、優しさだった頃を、どちらも覚えたまま。
第三話
それは喧嘩というほどの出来事ではなかった。声を荒げたわけでも、ドアを強く閉めたわけでもない。ただ、少しだけ、予定が狂った。
休日の朝、夫が言った。「今日、昼から少し出かけてもいい?」
「どこへ?」と聞くと、「美容室。すぐ帰るよ」と答えた。
すぐ、という言葉を、私は頭の中で分解する。何時間なのか。夕方までなのか。子どもの昼寝と重なるのか。
「じゃあ、午前中に買い物行ってくるね」そう言うと、夫はほっとした顔をした。その表情が、少しだけ引っかかった。
買い物から帰ると、二人の子どもが同時に泣き出した。一人は眠くて、もう一人は空腹で。私はとりあえず下の子を抱き、上の子の背中をさすりながら、「ちょっと待ってね」と何度も言った。
その間、夫は時計を見ていた。時間が気になるのは分かる。でも、その視線が、私ではなく“外”に向いているのが、なぜか腹立たしかった。
「何時に出るの?」できるだけ普通の声で聞いたつもりだった。
「そろそろ」夫は靴下を履きながら答える。
「子ども、今ちょっと大変なんだけど」それは事実で、責めるつもりはなかった。ただ、共有したかっただけだ。
夫は一瞬止まってから、「……じゃあ、遅らせようか?」と言った。
その言い方が、まるで私が無理を言っているみたいで、私は少しだけ、声の温度を落とした。
「いい。行ってきて」
夫は迷いながら、でも結局、出かける準備を続けた。私はその背中を見ながら、昔の私なら、笑って手を振っていただろうと思った。
「俺、最近ちゃんとやってると思うんだけど」玄関で、夫が言った。
それは、責めでも抗議でもない。確認だった。
私はすぐに返事ができなかった。ちゃんとやっている。間違いなく。
「うん、やってるよ」そう答えた声が、思ったより低かった。
夫は何か言いかけて、やめた。代わりに「ありがとう」と言って、靴を履いた。
ドアが閉まったあと、家の中が急にうるさくなった。子どもの泣き声と、生活音と、私の中で整理されていない感情。
私たちは、初めて喧嘩をしなかったことを、少しだけ後悔した。
言えばよかったのか。言わなくてよかったのか。その答えは、まだ出ない。
夕方、夫は約束どおり帰ってきた。手には小さなケーキがあった。
「ごめんね」それは今日のことなのか、それとも、もっと前からのことなのか。
私は「ありがとう」と言って、ケーキを冷蔵庫に入れた。
それ以上の言葉は、今日の私たちには重すぎた。
第四話
昨日の朝のことは、ほとんど忘れた。夫が出かける前に言った「俺、最近ちゃんとやってると思うんだけど」も、私がぶっきらぼうに答えた声も、冷蔵庫にしまった小さなケーキも、すべて、日常のノイズに飲み込まれてしまった。
子どもたちは元気に騒ぎ、テレビの音が重なり、洗濯機が回り、電話が鳴る。気づけば、あの小さなもやもやはどこかに飛んでいった。
夫は昨日のことを覚えているだろうか。私は覚えていない。彼も覚えていないに違いない。
朝食の準備をしながら、私は心の中で確認する。昨日は、あったのか、なかったのか。
子どもが食卓で手を伸ばし、牛乳をこぼす。私は笑いながら拭く。夫も「もう!」と言いながら手伝う。
あの微妙なやりとりも、今ではただの昨日の一コマに変わった。笑いに紛れて消えた、不満とも優しさともつかない瞬間。
夕方、夫が仕事から帰ってくる。「今日は遅かったね」と私が言うと、夫は「疲れた」とだけ答える。お互い、昨日のことを持ち出す気はない。
昨日、何かあったのだろうか。いや、何もなかったのだと思う。そうやって、私たちは日々を回す。
この家では、大小の小さな摩擦が、いつの間にか空気のように消えていく。言葉にする前に、忘れるか、笑うか、どちらかだ。
それでも、生活は滞りなく続く。夫は悪くないし、私も悪くない。不満はあるかもしれないけれど、それは小さな陰でくすぶっているだけ。
だから今日も、子どもたちの笑い声と、夕飯の匂いの中で、私たちは何事もなかったかのように、隣に座る。
悪くない人と、悪くないまま暮らしている。
この作品で描いたのは、特別な事件でも、大きな喧嘩でもありません。
ただ、日常の中で起こる、微妙なズレや小さな不満、そして笑い。
夫は悪くない。
私は悪くない。
でも、生活の中で小さな毒がくすぶり、互いに小さな工夫を重ねている。
子どもを守るため、笑顔を絶やさないため、
そして何より「悪くない人」と暮らしているという事実を守るために。
読者のみなさんが、この作品を読み終えたあと、
自分の生活の中にある「小さな不協和音」や「笑ってごまかす日々」に重ね合わせて共感してもらえたら嬉しいです。
明日もまた、微妙にずれた日常が続く。
でも、それも悪くない。
そんな小さな肯定を、この作品の余韻として残します。




