ザ・ブラック・ジャムおじさん ~ロックナーさんとペケムちゃん~
先日書きました『なけなしのスタミナ』で、ブラック企業と契約する自由について、書きました。
二十世紀初頭のニューヨーク州ではパン屋が職人を一日十時間以上、もしくは週六十時間以上働かせることを禁止する規制がありましたが、これが憲法に違反していると、アメリカ合衆国最高裁が判断しました。
最高裁曰く、この規制は、職人がブラック企業と契約する自由を侵害しているとのこと。
これがロックナー判決という名で知られていて、その後、三十年以上、ブラック企業と契約する自由が守られたという、アメリカの司法の黒歴史です。
ギヨタン博士はギロチンと呼ぶのをやめてくれといい、トルコ政府はトルコ風呂と呼ぶのをやめてくれといい、世界じゅうの血のつながっていないヒトラーさんたちが改名を余儀なくされました。
ロックナーさんも同じことを言うでしょう。
ロックナーさんこと、本名ジョセフ・ロックナーは自分のパン工場で、職人を一日十時間以上働かせていました。
それは違法です。
で、具体的にどのように破っていたかと言うと、職人たちが夕方に出勤して六時間ほどかけてパン生地を用意し、敷地内の寮で仮眠、早朝に五時間かけて焼き、帰宅するという勤務でした。
十一時間働かせていましたが、連続十時間以上は働かせておらず、さらに言うと、仮眠中も賃金が発生していました。
本来なら二チーム体制でそれぞれの仕事をさせればいいのですが、ロックナーさんは一チームでやっていたのが問題でした。
ロックナーさんがBakershop act(パン屋法)の規制に引っかかっていたのは確かですが、めちゃくちゃ悪質かと言うと、そうでもありません。
少なくともアメリカ司法界に悪名として残るのは、ちょっとかわいそうな気がします。
国民が不利益を被るほどの杓子定規な自由を支持をすることは、いまだに〈ロックナー判決的〉と言われます。
国民にはブラック企業と契約する自由があると錯乱した判断をしたのはアメリカ合衆国最高裁です。
そして、アメリカ合衆国最高裁でも賛成五、反対四の僅差で競り勝っています。
九人中四人の判事はブラック企業と契約する自由がおかしいと反対していたのです。
じゃあ、どこが火元だというと、賛成意見を書いたルーファス・ペケム最高裁長官です。
でも、ロックナー判決はペケム判決ではなく、ロックナー判決として、今日も司法的クレイジーを批判するときに使われています。
ちなみにロックナーさんがBakershop act違反で受けた罰は罰金五十ドル。現在に換算すると二千ドル弱です。
手痛い額であり、自分がそんなに悪いのかと思って、ロックナーさんはニューヨーク州を相手取って裁判を起こしたのでしょう。
ただ、これから百年以上、自分の名前が労働者の敵みたいに扱われることを知っていたら、その判断はまた違ったものになっていたかもしれません。




