治安維持課の見解
非合法組織サルーン・ギルドに所属する旅団と違って裏でなんか仕切ってる要はヤクザ、暴力団、極道さん
違う世界から来た紳士の件は朝方に急転直下を迎える。
実のところ中年も赤毛も早い段階で旅団赤の舞踏と紳士は無関係だろうと目星はつけていた。
赤毛の裏取りはその確認でもあった。
そして、治安維持課の男たち二人は、お互い口には出さなかったが、それぞれ、「紳士は、真実よく似た世界からやってきた人物だと信じざるを得ない」認めたくないが認めざるを得ない、そんな複雑な葛藤を抱えていた。
例えば食事。
通常、パンは煮物なり焼肉なり総菜を乗せて食する。ジャムは湯に溶いて飲む。
紳士は、迷うことなくパンを手でちぎり、ジャムを塗って口に運んだ。煮物は単品で咀嚼し、ジャムを溶くべき白湯はそのまま口にした。その迷いのない『間違った食事の摂り方』から、そうすることが正しい、そんな意志すら感じた。
紳士の身に着けている洒落た金ボタンの黒いスーツ。不思議な手触りで、長時間椅子に座って取り調べを受けていたのに、膝裏に全く皺が付いていなかった。
シャツのボタン。見慣れない加工の虹色を帯びた光沢のうっすら透けた不思議な素材。
南方特産の調度品の螺鈿細工に似た色味に近いが、こんなボタン、「扱ってないものは不老不死の妙薬と惚れ薬だけ」と謳われる商業都市でも見たことが無い。
決定的だったのは、紳士が所持していた身分証明書だ。
この世界の身分証明書は、手のひらサイズの小冊子だ。いつどの都市または地方で誰と誰の間に生まれたか、髪や瞳の色、黒子の位置、幼少時の怪我の治療痕などの身体的特徴が細かに記されている。
紳士が提示したのは、偽紙幣と同じく、見慣れない記号が文字のような規則性を思わせる配置で並んだ、透き通った材質のごく薄い板だった。
この薄板はガラスと違って曲げればしなるし、割れることがなかった。
これ以上ない物的証拠だ。
しかし、実際問題、事実女将さん食堂は無銭飲食という損害を被っている。
紳士の背後にギルドに反目する非合法組織サルーンがいる可能性も棄てきれない。贋札も割れないガラス板も、引退した名技術師が偶発的に制作した一点モノの可能性だって否定できない。
読めない記号も同じだ。文字の規則性から類推して、在野の言語学者がふざけて創造した独自言語かも知れない。どんな荒唐無稽な仮説であれ、無いと言い切れない以上潰せるものは潰す。
治安維持課の立場から「紳士は通常と異なる世界よりやってきた来訪者である。よって偽造通貨使用罪、無銭飲食には当たらない。かつ身元不詳の存在として無罪放免です」と報告するわけにいかないのだ。
そこに、黒髪をきっちり編み込んだヘアスタイルの女性事務員が、贋札紳士の食事を持ってきた。
「やぁおはよう」
中年がにこやかに片手を挙げ、ご苦労さんと言い添える。
対する事務員は大変ぶっきらぼうに「おはようございます」と返し、部屋の扉を開ける。
狭い、窓の無い部屋は、無人だった。
留置室だから、内側からは開かない仕組みになっているのに、紳士は煙のように蒸発したのだ。




