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団長二人の見解

 暗い気持ちを抱えて小会議室に戻ると、褐色の肌に小鬢に白いものがちらほら見える年頃の、誰が見てもまごうかたなき美形の中年と、しょぼくれたおっさんが、デスクを挟んで腰を下ろして膝を付け、額をくっつけんばかりに談義していた。

 白銀の剣華団長とうちの団長だ。

 剣華団長は、戻って構わないのだけれど、【商業都市内で問題が起きたとき各旅団は率先して此の対処にあたる】という旅団規約を行使して、自発的に残ったのだ。


「おう、戻ったか」

 とドアの側に佇んで俯く僕に気付くと、ウチの団長が手を挙げて、空いている隣の椅子をポンポンと叩いて座るよう促してきた。

 とかく団長は陽気だ。

 治安維持課にとって僕も団長も被疑者候補なの、気付いているんだろうか。


「件の紳士が、女将さん食堂を訪れたのは何か問題を起こすためだった、と仮定しよう。それなら、食事に異物を混入させる方が効果は高い。しかし紳士はそうしなかった。商業都市の評判を貶める目的にしては行動が不自然極まりないうえに、やり口がお粗末なんだ」

「確かに。それで自分がしょっぴかれてりゃ世話ねぇやな」


「それに、紳士の一連の供述、誰が聞いても同じ答えしか返ってこない。【王府から交易都市にやってきた。名前はエヴェナリエ家のアクアータス】の一点張りだ」


 ウチの団長が眉をひそめた。

「それは喋っていい話なのか?」

 低い、鋭い声音。ロビーでの治安維持課職員のやり取りを聞いた直後の僕には、過失を咎める詰問のように感じられた。団長、自分も被疑者候補なの、気付いてたんだ。

「旅団同士の情報共有だよ」

 顔色を変えず、動じることなく剣華団長が返した。そうして、団員からの差し入れだといって受け取った荷物の中から、付箋の貼られた、よその世界からやってきた男、少しズレた世界線、見知らぬ隣の世界といった、思わず眉に唾を着けたくなるようなタイトルタイトルの書籍を数冊、机の上に並べて置いた。

「なんだこりゃ。お前こんなもん嗜むクチだったか?」

 露骨に胡散臭い表情を見せて疑いの眼差しを向けるうちの団長に、剣華団長がにこやかに笑って返した。

「団員にこの手の与太が好きな子がいてね。紳士の話を現実と仮定した推論を立ててみるのもありなんじゃないかと思ったんだ」

 そうして、付箋紙のついたページをめくりめくり、現実と少しずれた世界の可能性とそこを行き来した人の記述があることを語った。驚いたことに、随分昔からそういった事例があって、濃霧の日に現れて、密室から消えていた怪人、といういささか怪談めいた記述に始まり、知らない世界を探訪した体験談、近年には王都で思考実験の論文も発表されたらしい。


 商業都市のようで商業都市じゃない、似て非なる異なる世界。日常が日常じゃない世界。想像もつかない。


「 つまり、あの御仁の頭の中には歴とした世界があって、我々の現実が間違っているという認識を持っている、と」

「そう考えると、出所不明なのにやたら精巧な偽札も色々つじつまが合う、と思わないか?」



 このとき初めて僕は偽札紳士に同情の念を抱いた。もとの世界でのアクアータス紳士の身分や立場、交友関係は知らないわからないけれど、紳士の知ってる誰もが全て「見知らぬ赤の他人」となってしまっている。あの偽札も、紳士の世界では流通していただろう紙幣のはずだ。

 もし自分がそんな所に放り出されたら正気を保っていられるかしらん。商業都市のようで商業都市じゃない、似て非なる異なる世界。日常が日常じゃない世界。

 サディやベリンダ、赤の舞踏団の構成員が、顔なじみのメリッサが「あんた誰」「お前なんて知らんぞどこの何者だ」と冷たく言い放ってくる。

 ここにいる団長が、 剣華団長が「赤の舞踏なんて旅団はねえよ」「旅団というのはなんだい?」と気の毒な視線を向けてくる。

 偽札に刷られていた記号、あれが文字だとしたら。誰も読めないから身分証は一切役に立たない。

 自分が自分であると証明できるものが何もない。

 想像を絶する恐怖だ。想像しただけで泣きたくなってきた。



「濃霧にまかれると知らない世界に出てしまう、その説自体は魅力的だわな。実際今朝の商業都市はすげぇ霧だったし。けどよ、流石に飛躍し過ぎだろ。そんならあの紳士がこの手のいかれた研究の第一人者で、わざわざ「そのずれた世界からやってきた」体で周囲の反応を見るための演技を続けているって方がまだ現実的だ」

 うちの団長の反証を聞かされた剣華団長がううーん、と天を仰いでため息を吐き、がっくり肩を落とした。

「その条件さえ無ければこれですんなり説明がつくと思って、敢えて見ないふりをしていたんだけど…駄目か」指摘された点は剣華団長も同じ疑問を抱いていたようだ。


「しっかしお前も物好きだよ」

 ウチの団長が呆れたように吐き捨てると、頭の後ろで手を組んで、天井を見上げた。

「俺ならこんな厄介事治安維持課に丸投げしてバックレるぞ、なんで旅団規約まで持ち出して首を突っ込む?」


「君には恩があるからね、返せるときに返してるだけだよ」

「そんなもん返さなくていいから、その分他人にじゃんじゃん施せ。恩義は巡り巡る天下の廻りモンだ」







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