治安維持課で過ごす夜
それから、更に任意で選ばれた治安課の聴取係数名が、急遽呼び出しを受けた白銀の剣華の団長が、同じように入れ代わり立ち代わり聴取を行ったけれど、偽札紳士の言質にぶれは無かった。
逆に「いったい何度同じ話をさせるのかの?」「儂は嘘偽りなど申しておらんぞ」と紳士は憤り、果ては「何故うぬらは揃って儂をたばかるのじゃ」と主張を続け、最後は「ここは交易都市じゃよな?そうじゃと言っとくれよ」と悲し気な眼で心細げに問うてきた。
時計の短針が頂点を差そうかという時間。
僕は小用を足して、小会議室に戻るところだった。
静かだ。
必要最小限の灯りの点いた廊下は、嫌に足音が反響するせいで勢い忍び足になってしまう。
結局偽札紳士は罪状を認めることはなくて、僕らは治安維持課で夜を明かすことになってしまった。
メリッサは若い未婚女性ということもあって宿直室を使わせてもらうことになった。
女性同伴ということで急遽当直担当になったのは、朝方メリッサを引き留めた年配のご婦人だった。
「上が連続夜勤なんて言うから何かと思ったら。大変だったわね…うん、カルパッチョサンド、分かるわその気持ち」
僕ら男性陣は自由に使ってくれと小会議室をあてがわれた。毛布や飲み物が用意されていたのは有り難い。
けれど。
なんというか、既に日常の中の非日常といった居心地の悪い場所から、早いとこ解放されたい気持ちでいっぱいだった。
みんな心配してるだろうな。違う任務で郊外にでてるサディやベリンダにもギルド経由で連絡がいってるのかな。
狭くて物がゴチャゴチャ置いてある乱雑な拠点の自室のベッドが恋しくてしょうがない。
明日には拠点に戻れるのかしらん。
そんな事を考えながらロビーに差し掛かると、偽札紳士の聴取に携わった赤毛の髪の若い治安課の若者が、同僚らしき中年男と休憩スペースで立ち話をしていた。
「王都からの便に同乗した乗客にも聞き込みしましたけど、旅団の二人とおさげのギルド事務員は見かけたって証言は何件かあるんっすがねぇ、紳士を見かけたという証言は全然出てこないっす」
「まぁ大方虚言か、なりすましだろうが…嘘を付いてる感じじゃないのがなんともなぁ」
聞き覚えのある声。相手は僕を聴取したおじさんだった。
おじさんが、困ったように頭を掻く。正直、紳士をどう扱って良いものか持て余しているのがありありと見て取れた。
僕も不思議でしょうがなかった。
【交易都市】。名称こそ違えど、指している意味は商業都市と同じだ。
身なりだってそれこそ王都の上流階級のようないでたちで、技術的にはとても精巧なのに露骨にデザインが違う紙幣を持っているのも、リアリティ溢れる嘘をつく理由も全くわからない。
なにか目的があって、最初から犯罪をしでかすつもりなのだったら…もっとバレにくい工夫をするはずだ。
ギルドに連れて行かれるために一芝居打った?
何のために?
取り調べの体験をするため?
いやそんなまさか。それならもっとスマートなやり方接し方がある。取材として申し込めばいい。
治安維持課はそんな酔狂に応じるほど暇じゃないかも知れないけど、少なくともこんな形で手を煩わせるよりは真っ当な手段のはずだ。
そんな風に僕なりに合理的な推測を考えていた時だった。
「それとですね赤の舞踏ですが」
思ってもいない名称が出てきたことにドキッとした。
何でこの流れで赤の舞踏の名前が出てくるんだ?思わず耳をそばだてる。
聞こえてきたのは、俄には信じがたい言葉の数々だった。
「件の食堂との怨恨の線も洗いましたが、特に目立ったトラブルは無かったっす」
怨恨って。そんなのあるはずがない。あるわけない。どうしてそんな言いがかりみたいな事を言い出すんだ。
語尾に時々っす、を付ける赤毛の若い治安維持課の職員は、更に【旅団赤の舞踏の構成員からア拠点の住所から過去に依頼を受けたバイヤーからの評価、直近の任務内容、王都に奇形のバイコーンを搬送した時にどこに宿泊し、誰と会い、どこに立ち寄り、何時の便で王都を出発したか】まで調べ上げていた。
「旅団に怪しい点は無い、か…」
それが考える時の癖なのか、おじさんがボサボサの髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
「…明日の聴取はアプローチを変えてみるかねぇ」
おじさんの日中の朗らかな優しい様子とうって変わった冷淡な物言いに恐怖がわいてきた。
それが仕事だとわかっていても、おじさんが笑顔の裏で僕も疑っていた事実に薄ら寒い気持ちになった。
僕自身、変な紳士の騒動に巻き込まれた認識だったけど、治安維持課にとっては僕らは共犯者、疑いの対象なんだ。




